Can A.I. Be Pro-Worker?
AI は労働者の味方になれるか?
As fears of mass unemployment grow, three leading economists advocate some policies to shift the focus from job displacement to job enhancement.
大量失業の懸念が高まる中、3 人の著名エコノミストが雇用の削減から雇用の強化へと重点を移す政策を提唱している。
By John Cassidy March 2, 2026
ここ数週間、ウォール街で驚くべき出来事が起こっている。大手 AI 開発企業が自社モデルの新バージョンや、その上に構築する新しい業務ツールを次々と発表している。それを受けて多くの投資家が、多くの企業の株価を下落させている。数千億ドル相当の価値が吹き飛んだ。規模も大きく収益性も高い企業が標的である。それらの企業の事業や労働者は AI によって完全に代替されるとの懸念が広がっている。セールスフォース( Salesforce )やワークデイ( Workday )といったエンタープライズソフトウェア企業、クラウドストライク( CrowdStrike )などのサイバーセキュリティ企業、チャールズ・シュワブ( Charles Schwab )やレイモンド・ジェームズ( Raymond James )などの資産運用会社など、あらゆる企業が打撃を受けている。先週初めに、さほど著名でない金融調査会社シトリニ・リサーチ( Citrini Research )が AI の影響に関する長文のリポートを出した。AI がもたらす将来的な経済・雇用リスクを警告する「思考実験( thought exercise )」としてウォール街で大きな注目を集め、株式市場に更なる動揺を与えた。シトリニは、2028 年までにホワイトカラー労働者の失業率が急上昇し、消費支出が圧迫され、アメリカ経済は金融危機と不況に突入すると主張する。
先週末に多くのアナリストがシトリニのシナリオに疑問を投げかけると、市場は下落分をいくらか取り戻した。しかし、今回の大きな株式市場の価格変動は、ウォール街だけでなくその他の市場にも流布している AI に関する 2 つの仮説の力が強力であることを示している。1 つは、AI という新技術があまりにも強力で、経済を根底から変革するだろうという仮説である。もう 1 つは、人間によって設計されたにもかかわらず、AI はもはや独自の力を持ち、その進歩は形を変えたり方向転換したりできないという仮説である。つまり、私たちは皆、AI アルゴリズムとその内部構造の奴隷である。その仕組みはその開発者自身にとっても謎に包まれている。
考えてみると、2 つめの仮定は恐ろしく、かつ非歴史的( ahistoric )である。MIT のエコノミストのダロン・アセモグル( Daron Acemoglu )とサイモン・ジョンソン( Simon Johnson )は、2023 年に出した共著「技術革新と不平等の 1000 年史( Power and Progress: Our Thousand-Year Struggle Over Technology and Prosperity )」のペーパーバック版で、以前の経済革新から学んだ教訓は「テクノロジーの進化を止めることはできないが、それを形作ることはできる」ことだと指摘している。初期のイギリスの縫製工場では、多くの女性や子どもが不衛生な環境で 1 日 12 時間以上働いていた。工場法が制定されたことによって、労働時間が短縮され、労働条件も改善された。また、アメリカを含む多くの国では、労働組合の台頭が重要な役割を果たした。技術主導の生産性向上が賃金上昇や雇用給付の拡大に繋がった。従業員の利益増が経営者側のさらなる利益増に繋がった。良い例がある。1950 年にゼネラルモーターズ( General Motors )と全米自動車労働組合( United Auto Workers )が合意した 5 年間の賃金契約であるデトロイト条約( Treaty of Detroit )である。これは自動車産業に良い循環をもたらした。その後の高い生産性と利益をもたらす礎となった。
アセモグルとジョンソンはそれぞれの分野の権威であり、2024 年のノーベル経済学賞をシカゴ大学のエコノミストのジェームズ・ロビンソン( James Robinson )と共同受賞した。アセモグルとジョンソンは、MIT の著名エコノミストのデビッド・オーター( David Autor )と共著したブルッキングス研究所( Brookings Institution )の新しいリポート「労働者に有利な AI の構築( Building pro-worker AI:未邦訳)」の中で、AI を前にして人間が無力であるという思い込みに異議を唱えている。AI は雇用を奪うものではなく「人間の専門知識の力を拡大するもの」として機能すると反論している。「未来のテクノロジーを形作る上で、人間は主体性を発揮できるし、多くの選択肢がある」とアセモグルは MIT スローン・マネジメント・レビュー( MIT Sloan Management Review )誌に書いている。「未来は変えることができる。勝者と敗者は決まっていない。利益、コスト、生産性だって変えられる」。
AI を労働者の利益のために活用する例として、アセモグルらのリポートはフランスに拠点を置く多国籍企業シュナイダーエレクトリック( Schneider Electric )が開発した電気工事士アシスタント( Electrician’s Assistant:略号 EA )に言及している。主に電気技術者の業務を支援するためのアプリである。もし電気工事の際に難しい問題に直面した場合、大規模言語 AI モデルであるこのアプリに情報と画像を入力する。アプリは状況を把握し、問題の解決のための推奨事項を提案する。双方向のやり取りができる。また、電気工事士が作業報告書を作成するのも手助けする。検証では報告書作成作業にかかる時間が半減したことが明らかになっている。アセグモルらは、「電気工事士アシスタントに類似したツールの開発は直ぐにでも開発可能だろう。おそらく配管工や建築請負業者や医療従事者など、専門職や職人を支援するためのアプリの開発は容易である」と主張する。
なるほどこれは心強い話である。しかし、どれほど典型的な例なのだろうか?「電気工事士アシスタント」のような例がある一方で、AI が既に仕事を奪っている、あるいは少なくとも大規模なレイオフの口実として利用されている例も存在する。先週、決済・金融サービスを提供するテック企業ブロック( Block:旧 Square )は、AI が仕事を代替できるという理由で、総勢 1 万人の従業員のうちの 4 千人を解雇すると発表した。企業が大規模レイオフを行わずに AI プログラムを導入したケースでも、従業員に力を与えるのではなく、監視や強制に利用されることが多い。Amazon は、従業員育成・パフォーマンス追跡プログラム( Associate Development and Performance Tracker program )を導入している。倉庫や配送車両には常時監視カメラが設置されている。これらは好ましく思えない事例である。先週、バーガーキング( Burger King )は、AI 搭載の新しいヘッドセットを試験運用していると発表した。それは店舗従業員が「 please 」や「 thank you 」をきちんと言っているかを確認するためにも使用される。
MIT の 3 人のエコノミストは、この問題の根深さを十分に理解している。「 AI を労働者にとって有用なツールとして開発することに投資している大企業は皆無である」とアセモグルは語る。事態の改善を図るため、彼らは、税法の変更、AI セクターでの競争の促進、労働者に AI 開発への直接的な関与を与えることなどを含む、一連の政策提言を行っている。重要な提案の 1 つは、連邦政府がその財政力(研究助成金の提供者、あるいは新規システムの購入者及びユーザーとして)を駆使して、労働者に有利な形の AI の開発を推進するというものである。例えば、アメリカの GDP の約 25% を占める医療と教育の分野では、政府(連邦および地方レベル)はハイテク製品の主要な購入者であり、この立場を生かして労働者の能力を強化する AI アシスタントの開発を要求することができる。先週、私はオーターに電話をし、このリポートについていろいろと質問した。彼は AI アシスタントには活躍する機会がいくらでもあると指摘する。看護師がより高度な医療業務を遂行するのを助けたり、教師が生徒に個別のサポートを提供するのを助けたりすることができる。「納税者として私たちは AI 開発に資金を提供する立場である。また、AI を駆使する立場でもある。また、私たちの子供や孫のためになる AI を開発する立場でもある」とオーターは語る。「政府が AI を掌握すべきだと言っているのではない。ただ、AI の開発の方向性を決定する力を持つべきだと言っているのである」。
理論的には、税制を変えることで、 AI 開発者や AI 利用者に影響を及ぼして方向性を好ましいものに変えることができるのかもしれない。企業が投資判断を行う際、チャットボットなどの省力化システムを新たに導入するという選択肢と、新規労働者を雇用しつつ既存労働者を再訓練するという選択肢の 2 つが存在する場合が多い。現行の税制は、資本所得に対する低い税率、加速償却スケジュール( Accelerated depreciation schedules:固定資産の購入初期に、定額法よりも多額の減価償却費を計上する会計手法)を特徴としており、多くの企業が新規雇用よりも AI 投資に傾いている。「新規投資が極めて有利な一方で、労働者は非常に不利な立場に置かれている」とオーターは指摘する。この状況を変える 1 つの方法は、資本課税を強化し、労働税を引き下げることである。そうすれば、税制はより中立的になるだろう。オーターは、より抜本的な選択肢が他にもあると指摘する。しかし、政治的には困難な選択肢であると釘を刺す。それは、労働ではなく消費に課税することである。検討する価値があるという。
アセモグルらのリポートの中で特に目を引いたのは、「専門知識の盗難の抑止」という章である。「現在、AI 企業はウェブサイト、ソーシャルメディア、YouTube 、新聞、Wikipedia 、ブログから自由にコンテンツを掻き集め、膨大な情報を統計的に再結合して、その結果へのアクセスから膨大な収益を上げている」との記述がある。「作家、ジャーナリスト、ビジュアルアーティスト、ミュージシャン、翻訳者、その他数え切れないほどのクリエイターが、何の報酬も受け取れないのに、自分の作品をトレーニングデータとして勝手に使われている。これは窃盗である」。オックスフォード大学のエコノミストであるマクシミリアン・ケイシー( Maximilian Kasy )が最近出版した著書” “The Means of Prediction(未邦訳:予測の手段の意) ”では、この窃盗を中世の地主による共有地の囲い込みになぞらえている。これは地主に大きな利益をもたらしたが、多くの小規模農家の生活が破壊された。「インターネット上の膨大な情報の多くが囲い込まれている。勝手に再構築したものが私有財産として人々に転売されている」とオーターは述べる。「これは財産権の大規模な再分配である」。一部の企業が自社従業員のパフォーマンスを AI モデルの訓練データとして活用していることから、この窃盗の問題はインターネットの域をはるかに超えるものであるとリポートには書かれている。「いずれ自分の代替となる可能性のある見習いを喜んで教育し訓練する労働者などいない。しかし、多くの企業が従業員の専門知識を活用して自動化システムを構築しようとしている。まさにこのようなことが起きているのである」。
この問題に対処するため、アセモグルらのリポートは「労働者が自らの能力と創造的成果を所有することを支援する新たな法的枠組みが必要である」と論じている。これは良い案に思えるが、現実的にはどうなのだろうか?1 つの例として出版業界について考えてみたい。アンスロピック( Anthropic )社は、多くの作家や出版社が提起した著作権侵害に関する集団訴訟を解決するために 15 億ドルを支払うことに同意した(多くの作家と同様に、私もこの和解に基づいて訴訟を起こしたことがある)。しかし、こうした訴訟は、非常に限定的な解決策に過ぎない。というのは、認知労働者( cognitive worker )のほとんど(医師、教師、弁護士、コンサルタント、会計士、ソフトウェアプログラマーなど)の専門知識は著作権で保護されていないからである。梱包作業員、運転手、建築作業員、その他のブルーカラー労働者が持つ身体能力も同様である。現実には、ロボティクス企業( robotics companies )がそれらの模倣に躍起になっている。
こうした広範な財産収奪と窮乏化の脅威には、より広範な政策対応が必要である。オーターは 2 つの案を提案する。1 つは AI によって職を失った労働者のための賃金保険( wage insurance )である。もう 1 つは、普遍的な基礎資本基金( basic capital endowment )である。彼の提案を詳しく説明したい。前者はオバマ政権が実施した貿易調整政策に着想を得たもので、AI によって解雇されて低賃金の仕事に就かざるを得なくなった労働者は、連邦政府から一時的な賃金補助を受けられるというものである。後者の普遍的な基礎資本基金は、すべての人が利用できるものである。出生時には、政府が資金を提供する投資口座が付与される。この口座は、最終的には十分な規模に成長し、労働力の提供に依存しない補足的な収入源となることが期待されている。
こうした類の提案は左派の一部で長らく支持されており、資産ベースの再分配( asset-based redistribution )と呼ばれることもある。最近では、ドナルド・トランプが 2025 年ワン・ビッグ・ビューティフル・ビル法案( the One Big Beautiful Bill Act of 2025 )において、2025 年 1 月 1 日から 2028 年 12 月 31 日の間に生まれたアメリカ人を対象に、税制優遇の投資口座を設けたのだが、おそらくこの提案の骨格を盗用した部分もあるだろう。ただし、実効性には疑問符が付く。連邦政府が 1,000 ドルを拠出するわけだが、人々の生活と所得に真の影響を与えるには、普遍的な基礎資本基金はトランプが提案する口座よりもはるかに規模を大きくする必要がある。その財源は大規模な富の集積に対する増税によって賄われるのが相応しいと考えられている。オーターは資金調達の詳細に言及していないが、私たちの会話の終わりに、AI の登場以前から明らかである現代のアメリカ経済に関する 2 つの事実を指摘した。それは、富の所有が極端に集中していること(上位 1% の裕福な世帯が総資産の 30% 以上を所有している)、そして資本の所有者ではなく労働者に帰属する国民所得の割合が急激に減少していること( 2000 年以降で約 10ポイント低下した)である。
AI は現状のままでは、こうした 2 つの傾向を加速させ、不平等、福祉、民主主義に憂慮すべき影響を及ぼす可能性が高い。オーターらの提案がこの課題への対処に十分かどうか疑問視するのは容易である。オーター自身も「包括的な解決策( omnibus solution )」はないことを率直に認めている。しかしながら、少なくとも彼らは正しい問題に取り組んでいる。♦
以上
- 1
- 2