実録!アメリカのCPI算出の礎となるデータは労働統計局の調査員によって人知れず行われている!

Secret Mission Dept.  October 31, 2022 Issue

Among the Undercover Inflation Trackers
CPI算出の基礎データは、お忍び調査員が奮闘して集めている!

By Katia Savchuk  October 24, 2022

 先日、ミッチェル(Mitchell)という名の男が、アメリカで生活することがいかに高コストになったかを記録するために旅に出ました。カリフォルニアのワインの生産地の地元密着型の食料品店に入りました。彼は、名刺をチラッと見せて、その店の店長に「労働統計局から来ました」とつぶやきました。

 ミッチェルは、タブレットを見ながら一番最初に売場の10番通路に行きました。彼は探していた目標に近づきつつありました。探していたのは、黒砂糖の2ポンド入りの袋でした。彼は、チェックリストを見ながら、「粒状、バラ売り、オーガニックでない、ナショナルブランド、濃い茶色の純粋なサトウキビ糖」とつぶやきました。 彼は以前と変更点があると指摘しました。「袋に再封可能なジッパーが付いている。以前売られていた袋には無かった。」と、つぶやきながら、 彼は価格を入力しました。3.49ドルでした。「8月には3.29ドルだった。」と彼はつぶやきました。

 ミッチェルのような調査員がいるおかげで、私たちは物価の動向を正確に知ることができます。今年の夏にインフレ率が40年ぶりの高水準に達したことを認識できているのもある意味では調査員のおかげですし、9月に物価が1年前より8.2%上昇したことを認識できているのもそうです。彼のような調査員は他にたくさんいます。基本的にはパートタイムの仕事で、毎月300人以上が雇われています。「エコノミック・アシスタント(economic assistant)」と呼ばれていて、酒屋や自動車修理工場や歯科医院やペットサロンなど、75の都市エリアにある約2万8,000ヶ所の店舗に出向いて調査を実施しています。調査員たちは、カテゴリーごとに価格等を調査しています。カテゴリーは、「生の牛ロース肉」等細かく分かれています。それぞれ、数セント値上がりしているとか、正味重量が数オンス減っている等をチェックしています。消費者物価指数は、基準時点でバスケット(消費者が購入する代表的な材・サービスの組み合わせ)を固定し、それを購入するのに必要な価格の変化を計測し指数化したものです。調査員が、その指数を算出する元となるデータを収集しているのです。

 ミッチェルのような調査員にとって、機密保持は職務の一部となっています。ミッチェルは、平凡な政府機関のための調査という職務を黙々とこなしています。調査に行った現場では、彼が苗字を明かすことはありませんし。亡くなった飼い犬の名前を明かすこともありません。彼は、他に本業があるのですが、それを明かすこともありませんし、年齢を明かすこともありません(おそらく50代だと思われます)。

 彼は、誰にも自分のパソコンの画面を見せません。彼は言いました、「私は、喫茶店にいる際も、店内の防犯カメラがパソコン画面を捕らえないように細心の注意を払っています。」と。彼が調査する品目や商品名やブランドなどは、極秘です。彼は言いました、「秘匿すべき情報を漏らしてしまった場合には、厳しい処罰が科されます。刑務所行きとなることもあります。」と。

 店舗等が消費者物価指数の調査に応じるか否かは任意です。価格等のデータが漏れてしまうと競合他社に有利に働く可能性があるため、機密保持は非常に重要です。ミッチェルは言いました、「私たちはインフレを厳密に測定しています。」と。彼は、ホンダ車にペットボトルの水やカロリー補給用のバナナや日焼け止めなどの必需品を積んで店舗等を巡回しています。

 砂糖の調査をした後、彼は、ソノマ郡のストリップモール(北米で一般的なショッピング センターの一種。小規模なものが多い。道路沿いに店舗が一列に並んでおり、直接店の前に駐車できる)にある別の食料品店へ行きました。彼は14品目の価格を調査し、パソコンに登録しました。売場の陳列棚から1品1品取り出して価格を調べました。オーガニックのケチャップが3ドル48セントで価格の変更は無いことを確認し、原材料や正味重量に変更がないかを調べました。次にレモンペッパーの価格を調べました。30セント値上がりして4ドル49セントになっていました。原材料のチェックもし、ニンニクとタマネギが入っていることを確認しました。ほとんどの調査アイテムの価格は変わっていませんでした。フランスパンは3ドル99セント、チョコレートサンドイッチクッキーは6ドル29セント、ゼラチンは17ドル49セントで、いずれも価格は据え置かれていました。

 ミッチェルが調査している商品とサービスの種類は、国勢調査局(Census Bureau)が行っている消費者支出調査(Consumer Expenditure Survey)で地域住民が頻繁に使っているとされたものが選ばれています。調査対象となる品目は随時入れ替えられており、時と共に変化しています。もし、ある商品が永久に市場から姿を消した場合には、ミッチェルは似たような商品を代替品とし、その商品の価格動向を調べます。そうは言っても、特に高級車や衣料品は、代替品を探すのは容易ではありません。例えば、彼がブラウスの価格動向を追跡調査している場合、在庫は数か月ごとに入れ替わってしまうので、同じ品の価格を追跡するということは不可能になります。次に調査を実施する時は、前回と異なって半袖のブラウスの価格を調べなければならないかもしれません。その際には、同じブランドのもので、似たデザインのものの価格を調べることとなります。

 ミッチェルはさまざまなところに価格を調べに行きますが、もっとも楽しいのは、映画館に行く時です。逆に最も緊張するのは、家賃の調査のために個人の家の扉をノックする時です。彼は言いました、「何年かに一度、どうしようもなく調査されることを毛嫌いする人がいるんですよ。」と。

 ミッチェルは、自分の仕事が華やかではないことを認識しています。しかし、同時に非常に重要な仕事であるということも理解しています。というのは、調査結果が、金利や税率区分や学校給食への補助金額を決める際の参考となるからです。CPIの数字は、社会保障給付、退役軍人年金、フードスタンプの支給額を決める際にも参考とされますので、8千万人近い人々の収入に直接影響を及ぼします。ミッチェルが言っていたのですが、彼は、価格調査の仕事のついでに店でセール品を購入することは絶対に無いそうです。しかし、時々、隣の州であるオレゴン州まで車で行って買い物をすることもあるそうです。そこでは消費税がかからず買い物代が少なく済むからです。彼は言っていました、「いつも洗濯用洗剤なんかはオレゴン州で買いだめしているよ。」と。

 彼は毎月の物価の動向をそれなりに把握しているわけですが、決してそれを口外することはありません。彼は言いました、「絶対に口外してはダメなんですよ。それが最大のタブーなんですよ。」と。彼の同僚にサムという者がいます。サムが好んで言うジョークがあります。それは、労働統計局の分析官が「グラスの半分は空か、それとも半分まで満ちているか?」と聞かれた時に何と答えるか?というものです。分析官は、自分の感想や見通しを述べることはありません。どの分析官に聞いても必ず「16オンスが入るグラスに水が8オンス入っている。」と答えるそうです。 ♦

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