21世紀に間に合いませんでした!? ようやく空飛ぶクルマが実現化されそう!

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 ピボタル社のシミュレータールームはカーペットが敷かれ、休憩用のソファ1 つ、スナックテーブル 1 つが置かれていた。シミュレーターチェアーは回転するのだが、1 軸の回転のみで、要するに機体の上昇を再現するために機首が上下するだけだった。イーヴィートル( eVTOL )の中にはプロペラを 2 組( 1 組は揚力用、もう 1 組は推力用)使用するものもある。他には、傾斜機構を使用するものがある。ヘリコプターのローターを前方に回転させてプロペラにしたようなものである。ブラックフライはそのどちらでもない。機体全体が 90 度近く後方に倒れ、ロケットを発射するような形で浮き上がる。地上約 40 フィート( 12 メートル)で機体を水平に戻すと、翼が揚力を生み出す。そのとき初めて、機体がまるで空中に浮いているかのように見え始める。

 私の最初のインストラクターはチャーリー・ブッシュビー( Charlie Bushby )だった。物腰柔らかで、上品なアクセントと洗練されたローファーを履き眼鏡をかけた英国人パイロットである。彼はブラックフライを一度も操縦したことがなかった。というのは、体重制限をオーバーしていたからである。しかし、彼は私に言った、「 2 週間、顧客のそばにいてトレーニングを見守ります。ここで飛行を体験することは、顧客が常に抱いていた夢なのである」。通常、ここでのカリキュラムは、チェックリストの使い方など、ごく基本的なことから始まる。しかし、この訓練は個人ごとにオーダーメイドされ、きめ細やかな配慮がなされている。ブッシュビーはできるだけ早く私を模擬飛行に導きたいと考えていた。

 私はパイロットチェアーに座り、バーチャルリアリティヘッドセットを装着し、ジョイスティックを力強く握った。ブッシュビーが事前にインストラクションしてくれたのだが、一般的に飛行機の操縦では、急激な操作は避けてより滑らかな操縦をしたほうが機体がよく反応するという。彼はシミュレーターをセントラルパークから始まるようにセットし、始動時の一連の手順を指示した。浮上してホバリング状態になると、パイロットチェアーが急に後ろに傾き、それから水平になった。た。心地よい追い風を感じながら、バッテリーが満タンであることを確認し、ミッドタウンを抜けて南方に向けて飛び、古ぼけたパンナムビルの廃墟となったヘリポートを通り過ぎ、イーストリバーを越えた。ブルックリンの私のマンションの方向に向かった。見覚えのある通りや建物が多かったが、いずれも上空から間近に見たことなどなかったので、ちょっと不思議な感覚がした。

 現時点では、マンハッタンから自分で空飛ぶクルマに乗り込んで自宅に帰ることは不可能であるし、当分の間は実現しそうにない。まず、地上のインフラがまだ整っていない。ビル等の屋上に着陸すれば良いと考える者がいるかもしれない。しかし、スランは難しいと考えている。「適切な形の屋上が必要で、そこにはフェンスが付いている必要がある。他の者が立ち入りできないようにしないといけない。」と彼は言った。「非常にコストがかかる」。規制当局はなかなか許可しないだろう。都市環境において空飛ぶクルマを実用化し運用しようとすると、クリアすべき官僚機構が何層もある。空域を監督する連邦航空局( FAA )や、地上を監督する自治体などである。自治体の規則は非常に厳しい。つい最近まで、サンフランシスコ市は市内でのヘリコプターの着陸をほぼ完全に禁止していた。ペイジが投資した企業の 1 つであるウィスク( Wisk )社の首席デザイナーのウリ・ツァルノツキー( Uri Tzarnotzky )は私に言った、「現実には、誰もがヘリコプターが頭上をバンバン行き交う状況になることは望んでいない。ユーチューブのコメント欄を見ると、ニンバイイズム( NIMBYism )と呼ばれる抗議活動が優勢である」。(ニンバイイズムとは「私の裏庭ではやるな」ということを主張するものである)

 ブラックフライは、管制空域(空港の近くや一定の高度以上)や人口密集地域上空では飛行できず、商用に使用することもできない。強風や小雨の中での飛行もできない。現在のところ、バッテリーによる制約があり最大飛行時間は約 25 分である。降下する際にも制御のために電力を消費するので、バッテリーをより長持ちさせるのも至難の業である。同社の最新モデルは約 20 万ドルである。ピボタル社の CEO のカークリンは、顧客について「一般化するとすれば、白人で 50 代以上の男性である」と語った。ブッシュビーは、ピボタル社の顧客層は 「ある程度の資金があり、管理されていない空域がたくさんある場所に住む者」に絞られると予測する。「マイアミはダメだが、ルイビルなら問題ないかもしれない」。

 「ビジネスとして考えると、レクリエーションとしての用途を過小評価してはいけない。」とカークリンは言った。「オフロード系の輸送機器を扱うポラリス・インダストリーズ( Polaris Industries )の主力商品はスノーモービルであるが、数十億ドル規模の年商を誇っている。空飛ぶクルマの用途は決して少なくないと想定する。例えば、ブドウ畑の調査などに使うこともできる。また、カリフォルニア州中部に住むある顧客は、牧場から製造工場までの 12 マイル( 19 キロ)の道のりを飛ぶことで時間を短縮したいと考えていた。ピボタル社は近隣住民に危険を及ぼさないような飛行プランを作成した。もっと野心的な顧客もいる。「熱狂的に当社の製品を気に入った父娘がいたのだが、アメリカ大陸を横断したいと言っていた。」とカークリンは言った(なお、同社はそれを思いとどまらせた)。ピボタル社の最初の顧客であるティム・ラム( Tim Lum )はワシントン州のノース・カスケード国立公園内に住んでいる。彼の友人の 1 人はちょっと離れた尾根の上に住んでいた。距離は歩いて 40 分、空飛ぶクルマで 2 分であった。彼が言うには、最初の数回のフライトでは、町の住人や牧場主の何人かが保安官に通報したという。ある日、彼は近くに住む住人の 1 人を空飛ぶクルマで訪ねた。というのは、その人物が監視用ドローンだと信じているものの狙撃を計画していると聞いたからである。すると、 その住民は「あなただったの?」と言った。

 カークリンは、ブラックフライは今のところ富裕層向けの娯楽機でしかないと認識している。しかし、キティホークでライト兄弟が開発した飛行機を見て、60 年後にボーイング 707 が登場するとは誰も予想しなかったことを思い出して欲しい。空飛ぶクルマの開発はまだ端緒についたばかりであり、同様に急激な進化を遂げる可能性がある。「古代の戦争に用いられたチャリオット( chariot:戦闘用馬車)まで遡って考えて欲しい。さまざまな交通手段が同様に長足の進化を遂げたわけだが、アーリーアダプター(新しい商品、サービス、ライフスタイルなどを、比較的早い段階で取り入れる傾向のある者)はどんな者が多かったのか?いつの時代でも資金力のある者だった。では、最初の自動車を買ったのは誰か?やはり金持ちだった。巷では自動車は「金持ちのおもちゃ」と揶揄されていた。」とカークリンは言った。「今の私たちは映画”ウォール街( Wall Street )”のマイケル・ダグラス( Michael Douglas )である。彼が手に持っていた携帯電話はレンガのように巨大だった」。『ウォール街』のマイケル・ダグラスであり、ビーチで巨大な携帯電話を手にしている」。レングは、人々はいずれ空飛ぶクルマに慣れて違和感を抱かなくなるだろうと予測する。そして少しづつ規制も緩くなっていくであろう。それは、旅客機が普及する際にも起こったことである。新しいものが普及する際には、いつの時代にも壁がある。レングは、飛行機と言えば 1 人乗りの機体が当たり前のパラレルワールドを想像して欲しいと言う。「そこで、『500 人乗りの飛行機を作りたい、重さは 100 万ポンド、離陸時に 40 万ポンドの燃料を積んで、大都市上空を飛行させる』と言ったらどうなるだろう。きっと誰も相手にしてくれない」。

 今のところ、ピボタル社は潜在顧客は男性のみと考えているようである。カークリンが私に語ったのだが、同社はピチピチのフライトスーツを着たユーチューブの女性インフルエンサーから引き合いがあった際に、次に開発されるモデルのほうが彼女のニーズに合うと示唆して、「やんわりとお断り」したという。同社はすべての顧客の機体の使用状況を監視している。機体に損傷を与えたり、バッテリーをいじったりする顧客は、すぐに使用禁止措置を課される。

 シミュレーターで訓練するのは非常に楽しかった。しかし、途中から徐々に VR 酔いを感じるようになった。突然感じることもあった。しかし、カーペットに横になっている暇はなかった。ブラックフライのフライトコントロールは比較的簡単なビデオゲームのようで、直感的に操作できた。しかし、危険度は高く、認知的負荷はかなり大きい。モーターの温度とバッテリーレベルを常に監視しなければならない。それを怠ると、機体が「地上への制御不能な降下( uncontrolled descent into terrain )」と呼ばれる状態に陥ってしまう。これらが閾値が近づくと、機体は動揺し、警報音が鳴り響き、色付きの警告表示が出る。黄色は急いで着陸しろという意味で、赤は至急着陸しろという意味である。紫は赤いノブを引いて機体ごとレスキューするパラシュートを起動させろという意味である。誰も赤いノブを引いたことはない。同社の推定では、高度 160 フィート( 49 メートル)以下では役に立たないという。私のフライトでは、110フィート( 34 メートル)を超えることはなかった。それにもかかわらず、同社は私が赤いノブの引き方を知っていることを保証しなければならなかった。

 ブラックフライは離陸する時と同じように着陸する。鳩が下降する時のように、機体をほぼ 90 度後ろに傾けて抗力を生じさせる。この姿勢では、パイロットは下の地面を見ることが難しい。プロスペクトパークのロングメドーと呼ばれる草地に静かに着陸しようとして、私は巨木に激突した。ブッシュビーは平然としていた。「その内に君も本当にニューヨーク上空を飛べる日が来るかもしれない。」と、彼は楽観的に言った。それから 3 日間、私は練習のために早めに到着した。様々な計器( GPSや高度計)の機能が失われた場合の復旧方法、そしてジョイスティックが故障した場合の対処法などを覚えた。余談だが、右のジョイスティックの機能が失われた場合の手順は左のジョイスティックを起動させることであり、両方のジョイスティックを失った場合の手順はそれが起こらないことを祈ることであった。訓練最終日のシミュレートフライトの最後に、私は退役軍人のロブ・ドリア( Rob Dreer )にテストをしてもらった。彼は主任フライトインストラクターで、アフガニスタンとイラクでドローンを操縦した経験がある。3 時間後、ドリアから最初の実飛行の許可が出た。まるで私を戦場に送り出すかのように、彼は厳粛になった。彼は私の子供たちの写真を見ていた。「本物のパイロットになるための重要な節目は、自分 1 人で飛行することである。」と彼は言った。「明日、あなたはそれを経験するでしょう。そうすればもう一人前の飛行士である」。それから彼はシミュレーターの場所をヨセミテ( Yosemite )に設定した。私はハーフドーム( Half Dome )とエルキャピタン( El Capitan )の間をゆっくりと静かに周回しながら心を落ち着かせようとした。