21世紀に間に合いませんでした!? ようやく空飛ぶクルマが実現化されそう!

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 アメリカの空飛ぶクルマを研究する企業はシリコンバレーに集中しているが、この業界の暗黙のモットーは 「ゆっくり動いて何も壊さない( Move slowiy and break nothing ) 」というものである。未来の空中移動技術に関してはさまざまなアプローチがあるが、ベータ・テクノロジーズ( Beta Technologies )という企業はまず貨物物流と軍事用途に焦点を当てることにした。これらの分野では、追加のインフラを構築する必要がないし、安全であることを乗客に納得させて搭乗させる必要もなく、イーヴィートル( eVTOL )の運用を改良することができる。1 月の寒く曇った日に、私はベータ社の CEO であるカイル・クラーク( Kyle Clark )に会った。場所は、バーモント州サウスバーリントン( south Burlington )の格納庫を改装した同社の研究開発施設である。クラークは背が高く、活動的な性格で、自身のことを「大柄のろくでなし」と評していた。薬指には指輪のタトゥーがあった。ところで、連邦航空局( FAA )は、女性の 5 パーセンタイルから男性の95パーセンタイルまでの全ての乗客の体格に対応することを義務づけているが、巨漢のクラークの身体に対応しようとするとベータ社は対象を男性の 99 パーセンタイルまで拡大しなければならなかった。「現在の飛行機が飛んでいるのは、ほぼ 2 次元の世界であると言える。」とクラークは言った。「高度3万2,000フィート( 9.8 キロ)で 3,000 マイル( 4,800 キロ)を飛ぶ大型旅客機でさえ、事実上ほとんど水平飛行である。だから、空飛ぶクルマの開発にしのぎを削る多くの企業は、離陸時や着陸時のために 3 次元の世界の研究をしなければならないのである。それはなかなかタフな課題である」。

 クラークは子供の頃、空を飛ぶことだけが夢だった。誕生日とクリスマスのたびに、彼は飛行機をリクエストした。両親は非常に寛容だったが、思春期のクラークがガレージで超軽量機を作り始めると、母親は部品の山に火をつけた。彼女は DIY で飛行機を作ることを許可しなかった。ハーバード大学の 3 年生であった 2001 年にクラークはプロアイスホッケーのワシントン・キャピタルズに入団した。彼は契約金を飛行訓練のために使った。数年後、大学に戻った彼は、パイロットが体圧で操縦できる飛行機の原案を詳述した論文で表彰された。その論文は、空港から運転して出られる空飛ぶバイクについても論じていた。彼が最初に設立したのは電力変換装置類を製造する企業であったが、それを売却した時、彼はセスナ 1 機と部分的に組み立てられたキット機 1 機を購入した。後に彼は自力で後者を完成させた。

 2017 年にバイオテクノロジー企業の創業者であるマーティン・ロスブラット( Martine Rothblatt )は、クラークと会った。そして、医療施設間で臓器を移動させられて、環境にやさしく、コスト効率のよい手段が必要であると告げた。彼は急いでバーリントン空港に駆けつけ、オフィスを借りようとした。ほどなくして同空港は、以前は除雪装置が保管されていたが使われなくなった格納庫をクラークに貸した。当時、研究者が 8 人いるだけだったが、自分たちで部品の設計から組み立てまでしなければならなかった。クラークのリーダーシップの下、彼らは 10 カ月でイーヴィートル( eVTOL )のプロトタイプを完成させた。最初の資金調達ラウンドで、同社は 3 億 6,800 万ドルを調達した。「毎日、私は廃業に追い込まれる原因は 2 つあると言っている。お金がなくなることと、当社の機体が死亡事故を起こすことである。」とクラークは言った。「そして、そうならないようにするために我々は全力を尽くしている」。ベータ社には現在 600 人以上の従業員がおり、そのほとんどは地ビール工場の外にあるドッグパークからふらりと入ってきた人たちのようである。同社のパイロットの 1 人は、他の機体に随伴して観察する追跡機に私を乗せてくれたが、以前は副業で操縦インストラクターをするピザ屋の配達員であった。クラークは当初から、エンジニア全員が操縦方法を習得することを望んでいた。彼は、全く操縦を知らない者が着陸装置を上手く設計できるはずがないと考えている。彼は、元戦闘機パイロットを社内講師として雇った。そうしたことによって、従業員の士気は高まった。「飛行機が好きで好きでたまらないという者は、どんな特典やボーナスよりも、その情熱によって駆り立てられるのである。」と彼は言った。ある社員は、最初の面接でクラークからヘリコプターの操縦方法を教わったという。

 サウスバーリントンからニューヨーク州プラッツバーグ( Plattsburgh )にあるベータ社の研究施設までは、フェリーでの移動も含めて車で約 1 時間半かかる。飛行機では 12 分である。その日は 1 月で寒かった。クラークは「美しい日」と表現したが、空は鈍色で、気温は氷点下だった。私たちは同社が保有するセスナ機に乗り込んだ。機体が上昇する際に私はスマホを取り出して、眼下のシャンプレーン湖( Lake Champlain )に張った氷の割れ目の模様を撮影した。「どう?もし車に乗っていたら、絶対に写真なんて撮らないしょ。」と彼は言った。向こう岸にある滑走路が見えるようになると、クラークは機体をゆっくりと降下させ始めた。着陸すると、彼は私がリラックスしていることを確認した。「ところで、今のはノーフラップランディングだったんだ。」と彼は言った。

 冷戦時代に作られたと思しき白い格納庫でクラーク率いる研究チームは忙しく作業をしていた。同社のイーヴィートル( eVTOL )はアリア( Alia )と名付けられた。形状はホッキョクアジサシという鳥の骨格を彷彿とさせる。金魚鉢のようなコックピットを備えている。私には汚れはなく無傷に見えたが、クラークは「フロントガラスについた虫を掃除しておくべきであった。」と言った。宅配大手の UPS 社がすでにアリア 150 台も注文しており、配送センターと倉庫間の配送に使用する予定である。他の潜在的顧客の多くは、認証が容易な通常離着陸型の機体に興味を示していた。そこで、クラークたちはリフトプロペラを無くして、他はほとんど同じ形の 2 番目のモデルを製作した。同社の機体の売りはサステナビリティだけではなかった。モーターで駆動するが、それははるかに低い温度でも作動するし、パフォーマンスが落ちることもほとんど無い。電動飛行機は飛行コストが桁違いに安く、いずれ開発されるであろう大容量バッテリーに交換すれば、さらに性能が向上する。ヘリコプターのように、ほとんどどこにでも着陸できるが、コストは非常に安く、騒音も少ない。アフリカのサハラ以南の道路がほとんどない地域では、血液や医療物資の輸送にすでにドローンが使われている。しかし、医師や何百ポンドもの医療機器を乗せることはできない。

 クラークによれば、彼は最近、アメリカ空軍と 1 億ドル規模の契約を結んだという。電気自動車は、前線での活動の燃料供給ラインへの依存度を低くする可能性がある。近年、アメリカ国防総省は、燃料費だけで年間 100 億ドル以上を費やしている。ある調査によれば、イラクとアフガニスタンにおけるアメリカ人の死傷者の半数以上は、戦闘員ではなく、燃料や水の輸送に携わる者だったという。ある国防総省幹部は、離島で電気自動車がソーラーパネルを使って「燃料補給」できるようにしていくと話していた。分散化された太平洋戦域を実現できるという。垂直離着陸機は、滑走路のない遠く離れた場所への物資輸送にも使えるであろう。先日、アメリカ空軍はベータ社の機体を使って犠牲者を運び出せるか試してみた。全く問題なく運び出せた上、旧来の方法で 1,600 ドルかかった燃料代を 5 ドルの電気代に置き換え可能であることを発見した。

 セスナ機に戻ると、「今度は君が操縦する番だ。」と、クラークは私に向かって言った。私はペダルに足をかけ、滑走路に進入する時に、方向舵を上手く動かせるか確認した。そこで彼は私に少しスロットルを上げるように指示した。離陸速度に達すると、彼は私に機首を上げるように指示した。私は両翼が空気に押し上げられているのを感じた。彼は機体を右にバンクさせるよう指示したが、私は興奮していたのか、迎角を危険なレベルにしてしまったかもしれない。「失速しないように、少し機首を下げたほうが良い。」と彼は言った。そこで彼が私に問うたのは、操縦を続けるか否かということであった。私は、もう止めたいと答えた。私が訓練を修了していて操縦する資格を有していることを彼は認識していた。しかし、今回のチャレンジは私には荷が重すぎたかもしれないことを認めた。初めて同社の資金を調達できた時、彼は私に言った、「資金を調達する際に感じたのは、交通渋滞の上を飛び越える技術を実用化して欲しいという期待が凄まじく大きいということである。当社は間違いなく期待に応えられるだろう。しかし、現実的には課題を一つ一つ地道に潰していくしかない。いずれ、当社は都市部での空飛ぶクルマの実用化を実現できるであろう」。戻る途中で、かつて彼がアイスホッケーをしていた小さな湾の上を横切ったのだが、彼は下を覗き込んだ。「もし 2 月下旬だったら、氷の上に着陸することができる。」と、彼は言って微笑んだ。彼は、安全だと思うし、必要ならば着陸しても問題ないだろうと言った。しかし、今日は必要ないから止めるということになった。