人工心臓開発の歴史 心臓の完璧な代替品を作ることは無理なのか?

最後の望み シンカーディア社、ビバコア社が承認申請準備中の人工心臓

シンカーディア社の技術者たちは、古いテクノロジーを維持し続けていますが、それを進歩させる必要があることも認識しています。私がツーソンを離れる前に、ビリャソンはシンカーディア社が開発している次世代の人工心臓について話してくれました。その人工心臓は、完全に患者の体内に収容できる大きさで、新たに設計したバッテリー駆動の人工心肺ポンプを使用します。アビオコアと同様で、ワイヤレスで外付けの機械は不要です。同時に、旧来から使っていた既に米食品医薬品局による承認済みという利点がある自社製造のSPUSを使っています。その人工心臓は、新しい部分と既存のものを組み合わせたハイブリッド型と言えます。シンカーディア社はその人工心臓を素早く開発して早期に市場に投入することを望んでいましたた。ビリャソンによると、新しい人工心臓は信頼性が高く、死ぬまで恒久的に移植しておける可能性がありました。今まで人工心臓を移植されていた人たちより少しだけ重篤でない人たちへの移植が増える可能性があります。
 私はバッド・フレイジァ程ではありませんが、沢山の人工心臓を見てきました。ビリャソンの新しい人工心臓は、とてもシンプルで独創的であると感じました。しかし、シンカーディア社の技術者は忙しそうでした。人工心臓を製造して、販売もして、現在販売している人工心臓の改良も行って、年間百件以上の人工心臓の移植に対応しなければなりませんでした。それで、新型の人工心臓の開発に取り掛かる時間を捻出するのは難儀でした。彼らは、3Dプリンターでプロトタイプをいくつか作成し、投資家に説明して回り、資金提供を募りました。
 セリトスのビバコア社の研究チームには、過去から受け継がれてきた独自の技術や強みを持っているわけではありません。逆にそうしたものが無いので自由な発想が生まれるのかもしれません。私が訪問した時、全員でレストランに週一回のチームランチに行っているところでした。彼らは、そのレストランにとっては大人数でしたが、人工心臓の開発をしているにしては少人数でした。ティムズはテーブルの一方の端に座って、その近くには、電気技師のニコラス・グレートレックスが座っていました。
 私は尋ねました、「まもなく自社で開発した人工心臓が移植されることになりますが、どんな気分ですか?興奮しますか?心配ですか?どうです?」と。
 顎髭を生やした技術者のマティアス・クラインハイヤーは言いました、「移植される瞬間が近づけば近づくほど、いろんなことが心配になってきて、何をすべきなのかを考えています。私は、この人工心臓は設計した通りに稼働するということを確信していますが、それでもやはり不安になることもあります。」と。彼は人工心臓のバックアップシステムを担当しています。バックアップのバックアップのバックアップ・・・と何重ものバックアップが為されています。
 ティムズは言いました、「グレートレックスを最初の人工心臓を移植される患者の所へ行かせ、近くにいさせるようにします。」と。
 グレートレックスは言いました、「ええ、行く予定になっていますよ。」と。
 ティムズは言いました、「何か問題が発生した場合でも、すぐに対応できます」と。
 私は、今より20歳若いティムズが父親と一緒にガレージで作業していた頃を想像してみました。一旦この会社から人工心臓が出荷されれば、患者に移植され、臨床試験を経て、最終的には市場に投入されるでしょう。そうなると、その人工心臓の設計は無闇に変えることが出来なくなります。改良を加えたくても厄介な承認手続が妨げとなるからです。
 グレートレックスは言いました、「承認された人工心臓しか移植できないのです。改良は加えられません。今回も次もその次も・・・ずっと同じ人工心臓を移植しなければなりません。私なら、出来ればそんな人工心臓は移植されてくないですね。」と。周りにいた者たちは笑いました。しかし、グレートレックスの顔は笑っていませんでした。
 人工心臓を必要としている患者が、技術革新が起きるくらい長期間待てる場合、人工心臓を設計する技術者たちは判断の難しい問題に直面します。それは、移植を急ぐと人工心臓が未成熟なものになる可能性があるということです。また、逆に完璧な人工心臓を目指すと手遅れになってしまう可能性があるということです。オフィスに戻って開発中の人工心臓についてティムズと話しました。ワイヤレスで充電可能な心臓をすぐに設計するのであれば、投資家はもっと多くの資金の提供を申し出るでしょう。しかし、ティムズは資金提供を断りました。そして、ワイヤレスで充電出来る機能は次にバージョンアップを行う際に盛り込むことにしました。彼は言いました、「当社は人工心臓が人体内で適切に稼働することを確実にすることに資金を投じたいのです。当社は試験飛行段階です。一度に沢山の機能を盛り込んでしまうと、墜落しかねません。」と。ワイヤレス充電機能を盛り込まないということは、重大な決定でした。これまで下してきた数々の設計上の決定の中で最も重要なものだと彼は思っていました。その決定の結果として、開発した人工心臓が広く普及しないのであれば、全ての努力は水の泡に帰するかもしれません。ティムズは言いました、「私は駆動系のことは考えたくもありません。しかし、いずれ手を付けなければならないでしょう。」と。今のところ、まだ手は付けられていません。
 グレートレックスが、研究室にて彼らが特に誇りに思っている革新的技術について説明してくれました。人間の心臓は胴体内に収まっているので、身体の動きに合わせて形や大きさを常に変えています。身体が活動し運動すると、血流速度は変化します。横に寝ると遅くなり、立ち上がると早くなります。筋肉に酸素を供給するために、走ったりジャンプしたりすると更に速くなります。そうしたことは、ビバコア社の磁気浮揚式ローターに課題をもたらします。体が動いたり止まったりすると、血流が増したり減ったりしますが、ローターのディスクは血管壁方向へ押されてしまいます。血流が変化するとローターの位置が変わるようでは具合が悪いのです。無重力状態のように血管内で浮揚して、どんな状況でもその位置が保持さるのが理想的です。
 グレートレックスはホワイトボードに図を描いてくれました。そして、開発中の人工心臓に搭載された精巧な磁力制御システムの概要を説明してくれました。それによって、人工心臓が周囲の状況を感知して対応することが可能となります。ティムズは独力で、流体力学が絡んで非常に難易度が高かったのですが、対応を可能にするプログラムを組みました。現在、人工心臓の開発に取り組んでいる技術者は、デジタル技術を活用しています。しかし、以前の技術者は利用不可能でした。
 グレートレックスは、ローターの1つを私に手渡しました。光沢のある金色のチタンでできており、直径数インチのコイン型でした。研究チーム内ではその色について不満の声が多く、最終的な完成版では、チタンの色は灰色にするようです。私はそれを手に取ってみました。片側には、中央付近に8つの金属製の枝が集まって突き出ていました。反対側には、8つの湾曲した三角形の帆のような形状のものが縁にちりばめられていました。ローターの表面には機械で磨いたり加工した際の跡が見られました。
 グレートレックスは言いました、「そのローターを他の人に見せても、誰一人としてそれが人工心臓の一部であると分かる人はいないでしょう。」と。
 私はそれに光を当てて写真を撮りました。それは見慣れない物体でしたが、少し魅力的に見えました。それは生物学なものではありません。でも、なぜか無機質な感じもしませんでした。それは、進化を続けて洗練された唯一無二のものでした。♦  以上