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過去の多くの作家たちが集中することの美徳についてどんな考えを持っていたとしても、悲観論者は今や問題は違うと主張するだろう。まるで私たちが本を読んでいるのではなく、本が私たちを読んでいるかのようである。TikTok は特にこの点に長けている。あなたがスクロールするだけで、アプリはあなたの行動から、そしておそらくあなたのスマホから採取した他の情報も加味して、何があなたを夢中にさせるかを学習する。「ときどき冷や汗をかいて目を覚ますことがある。私たちは世界に何をもたらしたのだろうと悩むことがある」と iPhone の共同開発者であるトニー・ファデル( Tony Fadell )は語る。
クリス・ヘイズ( Chris Hayes )は基準として、 1850 年代のエイブラハム・リンカーン( Abraham Lincoln )とスティーブン・A・ダグラス( Stephen A. Douglas )の討論を挙げている。2 人は奴隷制という重大なテーマについて 3 時間にわたって公開で論戦を交わした。ヘイズは、その討論の内容が非常に複雑で階層的であったことに驚嘆している。「括弧で囲まれた節が多くあったり、文の冒頭で何かが予告され、しばらく放置されてから後でそこに話が戻ってくるという構成」が随所にあったと語る。彼は、リンカーンとダグラスの討論を聴いていた聴衆が持っていたであろう「純粋な集中力」を想像し賞賛している。
この討論会の聴衆は大人数だった。今日の有権者は同じような討論会に大挙して押し寄せるだろうか?それはないだろうとヘイズは言う。現在では情報は 「これまで以上にこま切れ状態で」で提供され、「集中力を持続することがますます難しくなっている」。ヘイズはこうしたことをしばしば目にしてきた。ケーブルニュースの舞台裏を明かす彼の記事には、多くの思慮深いジャーナリストが、離れていく視聴者を引き留めようと必死になって自らを卑下している様子が描かれている。派手なグラフィック、大きな声、素早い話題の変更、刺激的なストーリーを好んで使う。まるで犬をおびき寄せるために鍵をジャラジャラ鳴らすようなものである。視聴者がアプリからニュースをより多く得るようになっており、テレビ局のプロデューサーはその鍵を揺らすのがより難しくなっている。
こうした状況は、ある意味では私たちの責任である。システム全体が私たち自身の選択によって動いているからである。しかし、その選択は必ずしも自由であると感じられるものではない。ヘイズは、自発的な注意と強制的な注意を区別している。選択によって私たちが集中するものもあれば、心理的に強制されているように感じられ無視することが難しいものもある。デジタルツールによって、オンラインプラットフォームは後者を利用し、私たちの高次の欲望ではなく、不随意的な衝動に対処している。アルゴリズムは私たちが望むものを提供するが、哲学者の故ハリー・フランクフルト( Harry Frankfurt )が言ったように、「私たちが本当に望むもの」は提供しない。
本当に欲しいものを手に入れるのではなく、欲しいものを手に入れる。それが現代のスローガンになるかもしれない。ヘイズは、人間の低俗な本能に狙いを定めるのは企業だけではない、と指摘する。ソーシャルメディアのユーザーも即時のフィードバックにアクセスできるため、何が注目を集めるのかということを学んでいる。数年前、ドナルド・トランプ、イーロン・マスク、カニエ・ウェストにはほとんど共通点がなかった。今や彼らは宣伝活動にのめり込むという点で、ほとんど同じ人格になった。いずれも注目を浴びたいだけの人物に変貌してしまった。そして、私たちは彼らから目をそらすことができなくなっている。
ヘイズは、私たちが本当に注目すべき気候変動に「人々の関心がまったく向けられていない」という痛ましい現状を憂いている。「この惑星で最も危惧すべき事象が目に見えず、無臭で、無味であり、実際には人類に明確な害を及ぼさないということが常に問題であった」と、作家で活動家でもあるビル・マッキベン( Bill McKibben )はヘイズに語った。地球温暖化の問題はカニエ・ウェストとは正反対であると言える。私たちは注意を払うべきことに注意を払っていないのである。
この問題は「関心資本主義( attention capitalism )」と呼ぶものである。産業資本主義( industrial capitalism )が労働者の肉体に及ぼすのと同じ非人間的影響を消費者の精神に及ぼすとヘイズは主張する。関心資本主義で成功した者たちは、魅力的な素材で私たちの注目を引きつけるわけではない。スロットマシンのような仕掛けで繰り返し私たちの注目を奪うことに成功しているだけである。彼らは私たちを個人ではなく眼球と捉えており、「私たちの心にひびを入れ」て私たちを痙攣させるのである。「私たち自身の心をコントロールする力が損なわれる」とヘイズは主張する。「私たちが経験している変化の規模は、最もパニックに陥っている批評家が理解しているよりもはるかに大きい。その変化の影響から逃れられる者はいない」。