Baseball Is for the Losers
敗者に目を向けるのも野球の楽しみである
As two moneyed titans vie for a championship, it’s time to pour one out for the vanquished.
2 大金満球団が優勝を目指して争っているが、今こそ、敗者のために乾杯すべき時である
By Nicholas Dawidoff October 26, 2024
1.今年もワールドシリーズが始まる。ワクワクが止まらない。
ベースボールシーズンは秋の夕暮れの沈む光の中でクライマックスを迎える。さわやかな天候は心を躍らせる。まもなく長いシーズンの決着がつく。今年は、どのチームが優れているかということだけでなく、優れたプレーヤーの対決にも注目が集まっている。アーロン・ジャッジ( Aaron Judge )、フアン・ソト( Juan Soto )、大谷翔平( Shohei Ohtani )、ムーキー・ベッツ( Mookie Betts )らが覇を競う。彼らの能力は頭抜けている。ニューヨーク・ヤンキース( New York Yankees )とロサンゼルス・ドジャース( Los Angeles Dodgers )のラインナップには他を凌駕するものがある。
久々の東西名門対決である。ヤンキースとドジャースは最も伝統と実績があり、資金力の豊富なチームである。ワールドシリーズが始まって以来、それぞれ 41 回と 22 回ワールドシリーズに進出している。金曜日( 10 月 25 日)に今年のシリーズが始まるが、両チームは過去に 12 度対戦し、ヤンキースが 8 度勝利している。しかし、ドジャースは直近の 8 年で 4 回ワールドシリーズに進出している。メジャーリーグには 30 チームあるわけだが、高額年俸上位 26 人の内、8 人が両チームに所属している。
ア・リーグ、ナ・リーグの優勝決定シリーズで敗れ去ったのは、野心的な球団経営を続けているクリーブランド・ガーディアンズ( Cleveland Guardians )とニューヨーク・メッツ( New York Mets )である。両チームのファンは、ポストシーズンが始まると、シーズンは終わったと宣言する傾向がある。メッツがワールドシリーズで最後に優勝したのは 1986 年、ガーディアンズは 1948 年である。しかし、どのチームを応援していても、この美しく風変わりなゲームを楽しむことはできる。負け続けているチームを応援している者でさえ、楽天的に楽しむことができる。
クリーブランドのダウンタウンのオンタリオ・ストリート( Ontario Street )にあるプログレッシブ・フィールド( Progressive Field )でア・リーグ優勝決定シリーズ第 3 戦が行われた。野球ファンなら、結構楽しめたのではないか。ニューヨークで行われた第 1、2 戦はヤンキースが勝った。第 3 戦はガーディアンズが 3 対 1 でリードしていた。ガーディアンズはガーズ・ボール( Guards Ball )を身上としている。ガーディアンズ式スモール・ベースボールのことである。ジェーン・オースティン( Jane Austen )時代の将校の規則ではない。年配の野球観戦者におなじみの、単打で出塁して、バントや走塁でランナーを進めて得点を上げ、長所である投手力で守り切るというディフェンスをベースとする戦術である。現在は対照的に、ホームラン、三振、四死球を重視するスタイルが流行している。俊敏性と芸術的なフィールディングで知られる殿堂入りしたショートストップのオジー・スミス( Ozzie Smith )は私に言った、「今なら、私のようなプレイヤーはドラフトで指名されないだろう」。ガーディアンズならきっと彼を指名するだろう。ガーディアンズは、ヤンキースやドジャースよりも資金力で大きく劣っている。そのため、比較的無名の選手を集めて、プレースヒッティング( place-hitting:守備の弱い所や野手のいない所をねらってヒットを打つこと)、走塁、固い守備を重視し、接戦に持ち込んで強力なリリーフ投手陣で逃げ切ることを身上にしている。
ガーディアンズの誇る強力なリリーフエースのエマニュエル・クラセ( Emmanuel Clase )がブルペンから登場し、ヤンキースのセンターのジャッジと対戦した。「彼が登板したら、チームの誰もがゲームの展開を見ようともしなくなるんだ」とガーディアンズのDH、デビッド・フライ( David Fry )はクラセについて語った。「ゲームが終わったのと同じだと思っているから、ベンチ内はおしゃべりに夢中になるんだ」。クラセの今シーズンの自責点は 5 だった。圧巻の数字である。しかしながら、ジャッジは侮れない。身長 6 フィート 7 インチ( 204.2 センチ)、17 インチ( 日本規格では 35 センチ相当)のスパイクを履き、今年はリーグ最高の強打者であった。クラセは時速 100 マイル( 160.9 キロ)の速球を投げ込んだ。ジャッジはそれをライトフェンスの向こうへ打ち返した。次に登場したのは、ジャンカルロ・スタントン( Giancarlo Stanton )である。三振かホームランと評されることの多いスラッガーである。現役選手の中で最も多くのホームランを放ち、最も多くの三振を喫している。身長 6 フィート 6 インチ( 201.2 センチ)で木こりのような上腕二頭筋を持つ。ボールに彼のバットが叩きつけられると、メロンに斧を打ち込んだような音がする。クラセはカッター( cutter:真っスラ)を投じて、その音を耳にすることとなった。強く叩かれたボールはセンタースタンドを越え、ダウンタウンの高層ビル方向に消えた。「ベンチでは誰もが動転していたよ」とフライは言った。「だけど、『今度は我々が彼を助ける番だ』と思ったんだ」。
ヤンキースは 9 回にも 1 点を追加し、クリーブランドのスタンドは悲しみに包まれた。そのとき、ガーディアンズの縁の下の力持ち的存在で ”ビッグクリスマス” があだ名のジョンケンシー・ノエル( Jhonkensy Noel )がピンチヒッターとして登場した。2 アウトランナー 2 塁の場面で、ノエルはノースポールアベニューに向けて同点に追いつく場外ホームランを放った。スペイン語のラジオ中継で実況担当のラファ・エルナンデス=ブリート( Rafa Hernández-Brito )は歓喜して、「フェリス・ナビダッド!( Feliz Navidad:スペイン語のメリークリスマス)」を連呼した。5 対 5 で迎えた 10 回、フライが 2 アウトランナー 3 塁の場面でバッターボックスに入った。シングルヒットが出れば勝つ場面である。しかし、彼はホームランを放った。「気を失いかけたよ」と彼は言った。
これは、野球史上最もドラマチックで意義深いゲームの 1 つである。ヤンキースのアーロン・ブーン( Aaron Boone )監督は、「伝説的な名ゲーム 」と呼んだ。しかし、ノエルにとってはそうではなかったようである。ゲームが終わった後、彼はにこりともせず、「特別なことは何も無かった」と語った。「今日のゲームは終わった。また明日もゲームがある」。翌日のゲームでも、クラセは終盤のリードを守りきれなかった。延長 10 回にソトが放ったホームランによってヤンキースは勝利した。シリーズに終止符が打たれた。ソトは野球の才能に溢れている。バッターボックスではプロボクサーのように、体を揺らしてボールに食らいつく。彼は、変化球をことごとくファウルし、忍耐強くピッチャーのハンター・ギャディス( Hunter Gaddis )の変化球攻めに対処した。ようやく待っていたファストボールが来た。「失投をずっと待っていたんだ…. . . それを上手く捉えることができたよ」とソトは言った。クリーブランドにとっては、今年も打ちのめされた年となってしまった。