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新年が明けて数週間後、アンスロピックの幹部たちは、交渉の雰囲気が変わったことを感じ取った。明確なきっかけとなる出来事はなかったが、グロックの進出が不吉な予兆のように思えた。昨年 12 月に国防総省は、イーロン・マスクのエックスエーアイ( xAI )を軍・国防関係者限定の生成 AI プラットフォーム GenAI.mil に追加すると発表した。機密ネットワークに入れる AI 企業はアンスロピックだけだったが、その中にクロードは含まれていなかった。このプラットフォームの立ち上げには、マスクが DOGE で側近に任命したギャビン・クリガー( Gavin Kliger )が一部関与している。かつてクリガーはヘグセスを「切実に必要な戦士」と称賛していた。xAI の代表は、グロックがGenAI.mil に追加されることで、将来的に機密情報を扱う作業効率が爆発的に向上すると指摘した。
新年早々にマスクはヘグセスをスペース X の本社に招いて話し合った。当時、女性の写真を元にグロックが生成したポルノ画像が溢れかえっていて炎上騒ぎが起こっていたが、ヘグセスはグロックの導入を発表した。彼は、「国防総省は戦争に役立たない AI モデルは採用しない」と述べる。ニュースメディアのセマフォー( Semafor )は、これはアンスロピックへの明確な批判だと指摘した。ちょうどそのすぐ後のことであるが、政権中枢の人物の 1 人にパランティア社の関係者から電話があった。その人物によると、アンスロピックの 1 人が、ベネズエラのニコラス・マドゥロ( Nicolás Maduro )大統領を拘束した直近の軍事作戦におけるクロードの役割について、いろいろと質問してきたという。この質問は、好奇心からのものではなく、反抗的な態度の現れであるとみなされた。なお、アンスロピックは、これらの出来事に関する連邦政府の見解に異議を唱えている。
国防総省は質問を許容しないくらいだなら、指示されることも断じて受け入れないだろう。交渉を間近で見ていた政権高官によると、マイケルはアモデイに対して質問したことがあるという。それは、改良型クロードとその想定される弾道ミサイル迎撃能力(飛来する攻撃の識別、捕捉、無力化)が、中国からの極超音速ミサイルの集中砲火からアメリカ本土を守る唯一の手段となった場合、どうするかということである。そもそもこの仮説的なシナリオには疑問符が付く。というのは、精密ミサイル防衛システム( precision missile-defense systems )に頼る方が、しばしば出鱈目な答えを生成する大規模言語モデルよりも、おそらく安全な賭けだからである(大規模言語モデルはこれまで、「 strawberry 」という単語の中の「r」の数を数えることすらできなかっ。この高官がリークした話であるが、アモデイは国防総省関係者に対し、質問されたシナリオのような事態になれば、自ら電話に出て国防総省の問い合わせに対してアドバイスを送る用意があると保証したという。高官は私に言った。「意味がわからない?ミサイル迎撃のための猶予はたった 90 秒しかないんだから!」。なお、アンスロピックはこの話は事実ではないと強く否定している。
国防総省とアンスロピックの間に残っていたわずかな善意は、すぐに完全に崩壊した。2 月 14 日にアンスロピックは政府の要求を受け入れなければ契約が解除される可能性があると告げられた。翌日、右派活動家のローラ・ルーマー( Laura Loomer )がこのスクープをツイートした。国防総省の匿名の情報源によると、「国防総省の多くの高官は、アンスロピックをサプライチェーンのリスクと見なすようになり始めており、すべてのベンダーと請負業者に、アンスロピックの AI モデルを使用していないことを証明するよう求めるかもしれない」とのことだった。このような差別は、これまでファーウェイ( Huawei )やカスペルスキー( Kaspersky Labs )のような、敵対的な外国政府と関係のあるインフラ企業にのみ適用されており、国内企業では前例がなかった。また、政府がアンスロピックをサプライチェーンのリスクと指定するという脅しが、限定的なものなのか広範なものなのかは不明だった。もし前者であれば、防衛請負業者が政府のワークフローでクロードを使用することを禁止することになるだろう。これならアンスロピックは影響を受けるだろうが、耐えられる範囲である。後者の場合は、政府と取引のある企業がクロードを一切使用することを禁止する形となる。影響を受けて同社は消滅するしかない。
国防総省は、アンスロピックに 2 月 27 日金曜日の午後 5 時 1 分までに同省の提案を受け入れるか否かを決めるよう求めた。拒否した場合の結果は依然として不明確だった。同社をサプライチェーンのリスクと宣言することも、国防生産法( Defense Production Act )を発動して同社を部分的もしくは全面的に国有化することもできる。これは明らかに矛盾している。クロードは国家にとって重要な資産であると認めつつ、同時に、隔離に値するほど危険と見なしているわけだから。期限前日の木曜日( 2 月 26 日)に、アモデイはこれまで通りレッドラインを越えることは拒否するとの声明を出した。数時間後、マイケルはツイッターで、「アモデイは神のように尊大に振る舞う嘘つきだ」とツイートした。