ワクチン超速開発中。しかし、ワクチンが全てを解決するわけではない。
SARS-CoVー2ウイルスとそれが引き起こす感染症COVID -19に立ち向かう方法はたくさんあります。ウイルスが世界中に拡散することに制限をかけることができます。また、特に、介護士や医療関係者等の危険と背中合わせの人々が感染しないようにする障壁を構築することもできます。新たに感染者の症状が悪化するのを防ぐ治療法を考案することもできますし、重篤な感染者に対しての治療法を確立することもできます。ウイルスに関してこうした様々な取り組みをすることで、伝染する速度を緩めて致死率を下げて、現在のパンデミックの状況を変えることができるはずです。
ワクチンはそうした取り組みの中の最初の取っ掛かりとなるものです。ワクチンは、ウイルスが人々の間に感染するのを妨げます。WHO(世界保健機関)によると、世界中で少なくとも170件のワクチン研究が行われています。CDC(米疾病対策予防センター)は、この秋にも2つのワクチンが、すぐに使用の準備が整う可能性があると考えています。なぜなら、その2つのワクチンは全く新しい方法で作られるからです。過去10年で開発された方法で、今までのどんな方法と比べても段違いの速さです。これまでワクチン開発者は病原体を分離し、卵や細胞内で増殖させた後、弱毒化か無毒化して、あるいは毒素のみ取り除いたウイルスを患者に注射することで、持続的な免疫力を獲得することを目指していました。ウイルスの種類ごとに、それ専用のワクチンの開発が必要であり、その開発には何年もかかりました。そうして開発された結果はさまざまで全てが上手くいくわけでありませんでした。今日、ワクチンの開発において、ワクチンの「プラットフォーム」(あるいは「配送車両」と呼んだ方がよいかもしれません)を早く作れるようになるという進化がありました。「プラットフォーム」というのは、さまざまな乗客を運ぶ運搬車のようなものです。以前は、1種類のワクチンを作るためには、そのワクチン専用の運搬車を設計し作る必要がありました。現在開発中のワクチンでは、SARS -CoV-2ウイルスの遺伝物質を、無害で事前に設計されたウイルスに載せるようになっています。モデルナ社が開発しているワクチンの場合には、メッセンジャーRNAに載せます。そういった手法ですので、以前とは異なり比較的簡単に人間の細胞に運ぶことができるようになっています。
その「プラットフォーム」を使用して、モデルナ社は独自にワクチンを開発しました。mRNA-1273です。ウイルスの遺伝子配列を確認してから42日しか経っていません。同社はフェーズ1の臨床試験を完了するのにわずか6か月しかかかりませんでした。これまでは、フェーズ1臨床試験は通常3〜9年かかりました。ジョンソン&ジョンソン社とワクチンに取り組んでいるハーバード大学助教授ボリス・ジュエルグは次のように説明しました、「優れた「プラットフォーム」があれば、基本的にどんな抗原でもそれに載せることが出来ます。安全性の観点から、「プラットフォーム」になる物質が既知のものであるのは素晴らしいことです。」と。それでも、ワクチンがどのように開発されたとしても、それが安全で効果があることを証明するのには時間がかかります。米連邦政府のワクチンの取り組みを主導している人々でさえ、トランプ政権が策定したスケジュールは非常に楽観的で非現実的であるということをほのめかしています。ラリー・コーリー(国立衛生研究所の支援による数々のワクチン臨床試験を指導している)は言います、「ワクチンが効くかどうかが分かるのは、7月の最初の臨床試験開始から7か月かかる可能性が高いでしょう。そこから単純に計算すると、最速でも、来年の2月までは、意味のある結果は出ないということになります。」と。”Operation Warp Speed(オペレーション・ワープ・スピード)”というワクチン開発プログラムの責任者であるモンセフ・スラウイによると、大統領選挙投票日の11月3日までにワクチンが承認される可能性は、非常に低いとのことです。(スラウイは、もし安全でないワクチンや効果のないワクチンであっても承認するような政治的圧力が感じられる場合には、さっさと辞任すると述べています。)
ワクチンが有効になったからと言って、新型コロナとの戦いが終わるではありません。ジュエルグは言います、「十分な供給が出来るようにするのは非常に難しいことです。たとえ安全で効果的なワクチンが現れたとしても、直ぐに医者に行けば接種してもらえるようになるわけではないのです。」と。CDC(米疾病対策予防センター)は、臨床試験の結果が早急に出されて良い結果であったとしても、最初はたったの数百万回分のワクチンしか確保できないだろうと公表していました。これは、集団免疫を生み出したり、パンデミックによる経済的、社会的混乱を根本的に変えるには全く十分な数ではありません。さらに、先述のファイザー社とモデルナ社の開発中のワクチンは、いずれも摂氏0度以下での保管が必要です。そういったワクチンの供給と保管は容易なことではありません。(モデルナ社のワクチン摂氏はマイナス4度で、ファイザー社のワクチンは摂氏マイナス94度での保管になります。2回の接種が必要で、数週間間隔を空ける必要があります。)
もちろん、最終的には、米国がコロナウイルスを克服するためには、十分な数のワクチンを確保できると確信できるようにしなければなりません。ファウチは、一般の人々がワクチンに関してどういった認識をしているのかを心配していると言います。ファウチは言いました、「私は”ワープスピード”という言葉自体好きではありません。その言葉は、間違ったイメージを醸し出していて、何かとても性急な感じがします。性急と聞くと、誰でも安全性を疎かにしているのではないかと疑います。人々は、安全でない未熟なものが世に出てくるんじゃないかと心配しているんじゃないでしょうか。」と。”Operation Warp Speed”の本質は、製薬会社のリスクを軽減することにあります。”speed”とは、連邦政府が承認もされない内にワクチンを買い上げると約束した行動の素早さを表現したものです。それにより、もし、出来上がったワクチンが安全で効果的なものであれば、人々がワクチン接種を受けられるようになるのが、4~6カ月も早まるんです。その効果は絶大です。
新型コロナのパンデミックの前でさえ、米国では多くの政治家や有名人が、ワクチンに対して安全性を疑問視し懐疑論を唱えていました。近年、ワクチンを忌避する人が増えており、多くのアメリカ人が効果が証明されているワクチンに対しても疑念を抱いています。(ワクチン忌避が広がっているため、2019年、米国のはしか患者数はここ数十年間で最多でした。)新しいCOVID -19ワクチンが出来たとしても、何年にもわたる安全性に関するデータはありません。スローン・ケタリング記念がんセンターの薬物政策専門家ピーター・バッハは言います、「ワクチンが人々に信頼されるためには、時間が必要ですし、ワクチンを接種した人に後々何にも問題が発生しない証拠が必要です。たとえ、有効なワクチンが出来たとしても、長期的な安全性データなしには子供に予防接種をしないという非常に合理的な決定を下す親はかなり多くなるでしょう。それは、驚くべきことではありません。」と。最近の世論調査では、ワクチンが安価で簡単に入手できたとしても、米国人の3分の1から半分はコロナウイルスの予防接種を受けないことを選択することが示唆されています。ワクチンが部分的にしか効果がない(全員に効かない)場合、複数回の接種が必要な場合、免疫がどのくらい続くかが不明な場合は、もっと接種希望者は減るでしょう。一部の人だけがワクチン接種を受ける場合、即座の集団免疫の獲得という概念ははかない夢でしかありません。
そうした状況からすると、たとえ特効薬となる完璧なワクチンが直ぐに出来たとしても、即座に状況が劇的に改善するような可能性は低いのかもしれません。バッハは言いました、「ワクチンが現在のパンデミックの状況を急速に変えてくれると望むということは、最も起こり得ないことを望んでいることになります。COVIDワクチンだけに私たちの未来を賭けることは出来ません。」と。それでも、部分的に効果的なワクチンが部分的に採用される場合でも、接触者追跡調査やソーシャルディスタンスと組み合わせることで、大きな違いを生む可能性があります。予防接種を受けた人は誰でも罹患する可能性が低くなります。そしてウイルスを他の人にばら撒く可能性も低くなります。ワクチンの有効性によりますが、ワクチンを接種した人は安心してゆっくりできるかもしれません。ウイルスの勢いを、少しだけでも遅くすることが出来るかもしれません。