重症者用に免疫調整剤の開発が待たれる。
医師にとって、提供できる治療法がほとんど無い状態で、患者がゆっくり衰弱して死に至るのを見ることほど苦痛なことはありません。この春、私はルースという(仮名)女性を治療しました。彼女は年配でしが、若々しい精神を持っていました。初めて診断した時、彼女は自宅で療養したほうが良いのではないかと思いました。というのは、彼女の症状は軽度でしたし、既往症はほとんど無かったからです。私が彼女に問題なく歩けるか尋ねると、彼女は歩けるどころか踊れるくらいだと答えました。しかし、翌朝までに、彼女の症状は急変しました。息苦しくて、長い文章はしゃべれない状態でした。日に日に、呼吸が困難になり、血中酸素濃度も低下し、それに伴って体中の炎症のレベルが急上昇しました。彼女は錯乱状態になり、いくつかの臓器が停止し始めました。私は彼女の息子に電話しました。息子は長い間画話していないと言っていましたが、彼女は延命治療を望んでいなかったことは知っていると言いました。息子は、彼女が酸素マスクから浅い息を漏らし目を閉じたのをフェースタイムで見ながら、別れを告げました。泣いていました。
COVID -19で死亡した患者の剖検は、SARS -CoV-2ウイルスが多くの様々な臓器に入り込んでいることを明らかにしました。様々な臓器の中でも、最初に侵入されるのは肺です。二酸化炭素と酸素を交換する気嚢と肺胞にそのウイルスは複雑に入り込みます。病状が進行すると、そのウイルスは肺全体に広がります。それに必死に反応し、大量に免疫細胞が身体中に放出されます。それがウイルスと戦いますが、同時に身体にもダメージを残します。これが、この感染症の第2段階の始まります。肺胞は非常にデリケートですので、免疫系の攻撃を受けると膜が傷つきます。それで、死んだ細胞やタンパク質からなる体液が気道に漏れ入って閉塞を引き起こします。多くの肺胞は機能しなくなり、外から酸素を取り込むことが出来なくなります。この第2段階の後半の段階においては、ウイルスの複製を抑制する薬はもはや役に立ちません。ファウチは言いました、「初期の段階では、ウイルスを撃退しようとすることは重要なことです。しかし、病状が悪化してしまった後の段階では、ウイルスが暴れようがあまり関係ありません。免疫系が制御不能になっていることが問題なのです。」と。
免疫調整薬はウイルスの複製を止めるわけではありません。身体にダメージを残すような過炎症を抑制しようとします。免疫調整薬がCOVID -19の第2段階の患者に効く可能性があるという証拠は増えています。最も広く知られている例は、安価なジェネリックステロイド剤デキサメタゾンです。免疫系の働きを迅速かつ強力に抑制します。パンデミックの初期には、ステロイドが有用であるか有害であるかは明らかではありませんでしたが、6月に英国で行われた研究で、デキサメタゾンが重症のCOVID -19感染者に大きな効果をもたらすことが分かりました。挿管された感染者の致死率は3分の1になり、酸素吸入をしているが人工呼吸器は使用していない場合では致死率は5分の1になりました。現在、米国の医療機関では、重症のCOVID -19感染者には必ずデキサメタゾンを投与しています。米国で致死率が下がっている要因の一部はデキサメタゾンにあると思われます。今求められているのは、より多くのより良い免疫調整剤です。
ハーバード大学の助教授マイケル・マンスール(感染症専門医)は、コロナウイルスと免疫系との複雑な関係を解明する研究をしている多くの研究者の1人です。マンスールは、感染初期段階から免疫暴走段階に移るのは何時なのかを解明しようとしています。マンスールは言います、「適切なバランスを見つけるためには、針に糸を通すような細かな作業が必要です。」と。COVID -19の感染者には、サイトカインと呼ばれる数十の免疫シグナル伝達分子の急増が様々な段階で見られます。サイトカインは警告サインとして機能し、どこで免疫反応を開始すべきかを伝えます。どのサイトカインが破壊的な免疫反応を引き起こしているのか突き止めて、そのサイトカインを抑制する薬剤が必要です。マンスールは言います、「ステロイド剤が選択肢になると思うかもしれません。しかし、ステロイド剤は、全てを抑制してしまうので選択肢にはなり得ません。そうではなくて、免疫系の特定の部分だけを選択的に抑制出来るような治療薬を見つけようとしています。」と。
マンスールの研究チームは、インターロイキン-6という厄介なサイトカインだけを阻害することによって、感染者に免疫暴走が起こるのを防げないか研究しています。IL-6は、強力な炎症を引き起こすことが知られています。血管炎や関節リウマチなど、多くの自己免疫疾患に関与しています。中国の21人の患者を対象とした小規模な実験で、IL-6阻害剤のトシリズマブという薬を患者に投与しましたが、炎症の鎮静化と呼吸機能の改善に著しい効果がありました。マンスールの研究チームは、ボストンの7つの病院の数百人の患者を参加させてランダム化比較治験を実施しました。トシリズマブか偽薬をランダムに割り当てて投与しました。今年後半には結果が分かるのではないかと期待されています。つい最近の他のIL-6阻害剤に関する実験2件では、結果は芳しいものではありませんでした。しかし、たとえトシリズマブには効果が無いと判明したとしても、マンスールはCOVID -19を終息させるためには免疫系の暴走を抑える治療薬が重要になると確信しています。
免疫系を調節(抑制)する方法はたくさんあります。既にさまざまな免疫調整剤があります。複雑なメカニズムで機能しています。それぞれの免疫調整剤はそれぞれ異なった働きをします。マンスールは、今回の感染症に免疫調整剤を使用できれば、非常に有用だろうと推測しています。何年にも渡って非常に多くの免疫調整剤が開発されてきました。乾癬、多発性硬化症、クローン病などの自己免疫疾患の治療に使用されています。それらの薬は名前の末尾が「mab」で終わります。「mab」は”monoclonal antibody(単クローン抗体)”の略です(リジェネロン社が開発したウイルス中和抗体薬と異なり、これらの薬はウイルス自体ではなく、免疫系の一部分を標的とします)。インフリキシマブ、アダリムマブ、トシリズマブ、トラスツズマブ;、ウステキヌマブ、カナキヌマブ等があります。マンスールは言います、「既に沢山の種類が存在しています。ゼロから新たにCOVID -19の為だけの免疫調整剤を開発をする必要はないと思います。既に安全で薬効の分かっている薬がいくつもあります。それらに様々なテストをして、どれが最適であるかを調べる必要があります。」と。
ルースのような感染者は、COVID -19が進行していく中で、ある一線を越えてしまったと言うことが出来ます。そうしてある一線を超えてしまうと、自分自身の免疫系が身体を攻撃し始めます。この感染症では、そうした段階になってしまうと、ウイルスの複製は問題ではなく、人間の免疫系が問題で治療法がありません。免疫調整剤が出来れば、効果は非常に大きいでしょう。