Beyond the Booster Shot
ブースターショットを超えて
Could a “broad spectrum” booster increase our immunity to many pathogens simultaneously?
生ワクチン(弱毒化したウイルスが原料)を接種することによって、幅広い病原体に対する免疫力が高まります。その現象を「訓練免疫」と言います。
1.BCGワクチンを接種すると、結核以外の感染症に対する免疫力も強くなる?
1921年にフランスの科学者アルベール・カルメットとカミーユ・ゲランの2人によって、世界で初めて結核ワクチンが開発されました。そのワクチンはBCGワクチンと名付けられました。長期に渡って世界で最も頻繁に接種されているワクチンです。接種が開始されてすぐに、そのワクチンは絶大な効果を発揮しました。BCGワクチンには結核菌に似た菌が含まれており、結核菌に対する免疫防御力を高めます。ところで、カルメットが1931年に発表した論文に記していたのですが、出生後すぐにBCGワクチンを接種した赤ん坊は、原因は特定できなかったものの、乳幼児期死亡率が約75%も低いことが判明していました。死亡率がそれほど下がるということは、結核を防ぐこと以上に大きな恩恵でした。カルメットは、2つの可能性があると考えました。1つは、結核は一般に考えられている以上に蔓延しているという可能性です。もう1つは、BCGワクチンが結核を防ぐ以外にも大きな恩恵をもたらしている可能性です。その論文には、「結核だけでなく、幼い子供に特有の感染症に対する免疫も高めている可能性がある。」との記述がありました。
当時、BCGワクチンが乳幼児の死亡率を下げる現象について、どうしてなのかを説明できる者は1人もいませんでした。1950年代になるとポリオワクチンが開発されました。ポリオワクチンも乳幼児の死亡率を著しく下げました。2人のウイルス研究者、マリーナ・ボロシロワとミハイル・チュマコフ(2人は夫婦であった)は、ソ連でアルバート・サビンが開発した経口ポリオワクチン(通称OPV)の臨床試験を行ったのですが、その際にそのワクチンがポリオだけでなく他の多くのウイルス感染症の発生を抑えていることを発見しました。ボロシロワは、インフルエンザの流行する季節が来る度に、自分の子供たちに経口ポリオワクチンを接種するようになりました。また、彼女は過去3年間にポリオや他の感染症のワクチンを接種した者の医療記録を調べました。実に30万人以上のデータを調べたのです。その結果分かったのは、それらのワクチンを接種した者は、急性インフルエンザや呼吸器感染症にかかる確率が約70%も低いということでした。彼女は、ある種のワクチンは複数の病原性ウイルスに対して効果を発揮する可能性がある、と論文に記していました。なお、彼女の息子のコンスタンチン・チュマコフは、現在FDAのワクチン開発審査局で研究開発担当ディレクターを務めています。彼は言いました、「ワクチン接種をしたおかげかどうかは分かりませんが、インフルエンザにかかったことは一度もないですね。」と。
1978年、スウェーデンのある団体が、医学博士号を持つ人類学者ピーター・アーベイを西アフリカのギニアビサウ共和国に派遣し、その国の子どもの死亡率が高い原因を調査させました。翌年、首都ビサウのある地区で麻疹が発生し流行しました。それで、アーベイは子どもたちへのワクチン接種を開始しました。彼がその効果を測定したところ、その地区の子供たちの死亡率は半分程度に下がっていました。ワクチン接種によって麻疹の発生が抑制されたことが死亡率の低下に貢献していたわけですが、それだけで死亡率が半分程度まで下がるわけではありません。彼は現在でもビサウにいるので、そこからビデオ通話で私と話しました。彼は言いました、「とても衝撃的な体験でした。何が起こったのかを理解するために、私はここに留まっています。」と。
アーベイは1984年に初めて調査結果を公表しました。その後、バングラデシュ、ベナン、ブルンジ、ギニアビサウ、ハイチ、セネガル、ザイール(現コンゴ民主共和国)など10箇所で行った詳細な調査の結果も発表しました。どこにおいても、概ね同様の結果が出ていました。それ以降も、アーベイや他の研究者によって、BCGワクチンや経口ポリオワクチンや麻疹ワクチンを低所得国で広範に接種すると、ワクチンの標的となる感染症ウイルス以外で死ぬ者も大幅に減少したという報告が続々となされました。アーベイはギニアビサウで乳幼児を対象としたランダム化臨床試験を行い、BCGワクチン、経口ポリオワクチン、麻疹ワクチンには、いずれも病原体を切り刻んだ断片ではなく、生きた細菌やウイルスが入っており、それが乳幼児の死亡率を30%も減少させていることを発見しました。その研究で、彼はデンマークで最も医学研究に関して権威のある賞であるノボ・ノルディスク賞を受賞しました。世界保健機関(WHO)が招集した研究者が、アーベイらが収集したデータを調査し、BCGワクチンと麻疹ワクチン等は、対象となる感染症の発生を防ぐだけでなく、それ以上に乳幼児の死亡率を減らすと結論付けました。その研究者たちは、2016年に医学誌”イングリッシュ・メディカル・ジャーナル”に論文を載せたのですが、「さらなる研究を進める必要がある。」と記していました。
私たちがワクチンの仕組みを説明する時には、分かりやすくするために、次のように説明することが多いのではないでしょうか。「ワクチンを接種することによって、抗体とT細胞は、特定の侵入者を認識して攻撃できるようになり、その侵入を防ぐことが出来るようになる。」というような形が実際には多いのではないでしょうか。しかし、ワクチンが開発されてから何十年も経って分かってきたのは、ワクチンは特定の感染症に対して効果があるだけではないということです。いくつかのワクチンは、私たちの前に現れるほとんど全てのウイルスに対して効果を発揮しているように見えます。特定の感染症以外に対しても効果があるということは、人間の免疫システムをより強固にしているということでもあります。つまり、ワクチンを接種するということは、クロストレーニング(1つの種目にとらわれず、複数種目の運動を行うこと)をするようなもので、その後しばらくの間は、免疫システム全般がより強固になるのです。
ワクチンのそうした効果がどの程度あるのかは、研究がまだ不十分なこともあり、完全には解明されていません。カナダの新型コロナ対策タスクフォースのトップでトロント大学の前学長の医学博士デビッド・ネイラーは、「1つの生ワクチンを摂取することで、他の複数の感染症の病原体に対する免疫も得られると考えることは、直感的には誤っていると感じなくもありません。」と私に言いました。彼は続けて言いました、「一般的には、長年にわたって、1つの生ワクチンは1つの感染症にのみ効果があるという概念が医学界では支配的であったように思われます。」と。それでも、もし、ある種のワクチンが広範囲の感染症に対する免疫をもたらしていることが明らかになり、その仕組みが解明されれば、その利点はもっと生かされるようになるでしょう。理論的には、新たな感染症のウイルスが発生した際に、それに効くワクチンが開発されるまで、既存のワクチンを使うことで新しい感染症のウイルスの感染拡大を防げるかもしれません。実際に、新型コロナのパンデミックが発生した際に、ネイラーはその戦略を採用していました。2020年の秋に、彼は自分自身に帯状疱疹ワクチンを接種していました。