バイデノミクスを評価する有権者はいない!バイデン政権の経済施策は成果の割に評価されないのは何故?

The Financial Page

A Longtime Biden Adviser Gives a Final Defense of Bidenomics
バイデン大統領の経済顧問によるバイデノミクスの評価

Jared Bernstein, the outgoing chair of the Council of Economic Advisers, says that Donald Trump is inheriting a strong economy, but with less freedom to maneuver than he had during his first term.
退任する大統領経済諮問委員会のジャレッド・バーンスタイン委員長は、ドナルド・トランプは好調な経済を引き継ぐが、最初の任期の時よりも行動の自由度は低下していると指摘する。


By John Cassidy January 20, 2025

 11 月 6 日以降、多くの批評家がジョー・バイデンの経済政策がドナルド・トランプが大統領選で勝利した理由の 1 つであると指摘してきた。大統領選後に出てきた様々なレポートは、有権者を失望させた物価上昇に焦点を当てているものがほとんどである。違う意見もなくはない。先週末にアトランティック誌( The Atlantic )のジョナサン・チャイト( Jonathan Chait )記者が指摘しているのは、中西部の製造業を刺激するために多額の費用をかけたバイデンの施策は労働者階級の民主党支持者を取り戻すことに失敗したということである。Vox (アメリカのインターネットニュースサイト)のディラン・マシューズ( Dylan Matthews )は、バイデンが政策目標に優先順位をつけ、取捨選択することができなかったと批判した。それが「バイデンが在任中に国内政策で永続的な遺産を残すことなく、大統領選で苦杯を舐めた」原因であると指摘した。

 アメリカでは、ジミー・カーター( Jimmy Carter )やジョージ・H・W・ブッシュ( George H. W. Bush )のように、1 期だけ務めた大統領は、政策上の成果の一部が重大なものであったとしても、失敗作として片付けられてしまう傾向がある。たとえば、カーターはエネルギー省と教育省を創設したという功績を残している。また、ブッシュは企業や富裕層に対する広範な増税を断行したが、彼以降の共和党大統領でそれをした者はいない。しかし、バイデンの在任期間を失敗作の一言で片付けることには問題がある。再出馬を決断したことやガザへの対処ついては賛否両論あると認識しているが、グリーンエネルギーとグリーン製造業の成長に助成金を出すことで低炭素経済を実現しようとしたバイデン政権の取組みは活気的なものである。また、雇用と GDP の伸びに関する記録は輝かしいものである。労働省が発表した 12 月の雇用統計によると、先月はさらに 25 万人もの雇用が創出されている。バイデンが当選してからの累計で見ると、 1,750 万人以上となり、失業率は 4.1% まで低下している。昨年第 3 四半期の GDP は 3.1% と非常に高い伸びを示し、アトランタ連銀が算出している GDPNow によれば、第 4 四半期の成長率は 3% に達する見込みである(実際の初期推定値は今月末に発表される予定である)。

 先週、私はバイデン政権で大統領経済諮問委員会の委員長ジャレッド・バーンスタイン( Jared Bernstein )に電話をした。退任を控えた時点での彼の考えを聞いた。彼は 69 歳であるが、すでにオフィスの片付けを終えたと語り、その中にはバイデン大統領が「バイデノミクス( Bidenomics )」の看板の下に立っている写真も含まれている。その看板は、現在、彼の自宅のトレーニングルームのエアロバイクの横に掛けてある。当然のことながら、彼はバイデンの実績を肯定的に捉えようと躍起になっていた。その日の朝、彼はホワイトハウスから北に 6 ブロックほどのところにあるシンクタンクのブルッキングス研究所( the Brookings Institution )の討論会で講演していた。このイベントは、議会が毎年更新を義務付けている大統領経済報告( ERP:Economic Report of the President )の 2025 年版の刊行を記念して開催されたものである。バーンスタインは講演の中で、雇用と成長という点で、アメリカ経済は「数年にわたって最も楽観的な予測をも上回っている」と主張した。また、2022 年 6 月にインフレ率が 9.1% まで上昇したことを「 40 年ぶりの急激なインフレ」であることも認めた。トランプ政権 2 期目の経済政策についてアドバイスを送ったつもりなのだろうが、彼は貿易政策に関しては「中道( middle way )」が望ましいと主張する。

 過去の民主党政権とは一線を画し、バイデン政権はトランプ大統領が第 1 期政権時代に導入した中国製品に対する関税を維持し、半導体チップやその他のハイテク製品の対中輸出に対して独自の新たな制限を課した。バーンスタインは、中国の輸出攻勢がアメリカの労働者を脅かしているという理由でこれらの制限を擁護し、国家安全保障の問題にも対処した。また、彼が指摘するように、中国からの輸入が減った分、メキシコやベトナムなどからの輸入が増えた。彼がトランプ大統領に直接言及することはなかった。しかし、バイデン政権は「貿易赤字はスコアカードであり、それが大きくなれば負けである」というような還元主義的な見方を否定してきたという。

 対談の中でバーンスタインは、トランプが 2 期目の大統領選で掲げたポピュリズム的な選挙公約を強く批判した。公約には輸入品への一律関税や不法滞在労働者の大量送還などが含まれている。「的を絞った関税は有効だが、全面関税はそうではないと思う」と彼は言った。「大量強制送還は、特に建設業などの労働供給に影響を与えるだろう。全面関税、大量強制送還、そして連邦準備制度理事会の独立性の毀損という 3 つ の組み合わせは、多くのエコノミストが指摘しているように、猛烈なインフレを引き起こす可能性がある」。

 バーンスタインは 2008 年に当時副大統領であったバイデンのアドバイザーを務め始めた。バイデン政権発足と同時に大統領経済諮問委員会に加わり、2023 年 2 月に委員長に就任した。リベラルなワシントンの経済政策研究所( the Economic Policy Institute )で長年エコノミストとして活躍した彼は、1990 年代に同僚の経済学者ローレンス・ミシェル( Lawrence Mishel )とともに、賃金、不平等、失業、医療保険などを追跡した著書「 State of Working America (働くアメリカの現状)」を出し、それに関して 2 年ごとに貴重な報告書を残して名声を博した。彼が私に言ったのだが、労働問題や不平等への関心がバイデンが彼を顧問に選んだ理由だという。「公平公正なアメリカ経済、それが常に私とバイデン大統領を結びつけてきた」と彼は言った。

 バーンスタインにバイデンの実績の中で最も誇れるものは何かと尋ねた。彼が挙げたのは、連邦準備制度理事会( FRB )がインフレ率を目標の 2% に戻すために金利を大幅に引き上げたにもかかわらず、完全雇用を維持したことである。「インフレ率を下げるためには、失業率がもっと高くなることを受け入れなければならないと言うエコノミストがほとんどだった」と彼は言った。「それは、私たちが受け入れたくないトレードオフであった」。ブルッキングス研究所での講演でバーンスタインは、失業率が低いことの利点は非常に大きいと指摘した。労働市場が好調であれば、雇用主はより多くの求職者から選抜して雇用できるようになるし、様々な職種の労働者が職に就きやすくなる。また、労働力獲得競争が激化すれば、企業は生産性向上のための投資を行うよう促される。また、労働市場の逼迫で労働者の賃金交渉力が強化されることも大きいという。労働者の交渉力を高めることは、バイデノミクスの中心的な要素であると彼は言った。「彼は労働組合を支持する大統領であり、ピケットライン( picket line )での交渉に直接乗り出した初めての大統領でもある」。

 バイデンの労働問題に対する関心は歴代大統領の中でも極めて高かった。先日も全米鉄鋼労働組合( the United Steelworkers union )の幹部の要請を受けて、日本製鉄による US スチール( U.S. Steel )の買収を阻止した。しかし、バイデン在任中に民主党は労働組合の組織化を容易にする PRO 法( Protecting the Right to Organize Act of 2021:団結権保護法案 )の可決に必要な 60 票を集めることができなかった。当時、民主党は上院で僅差で多数派を維持していたわけで、体たらくと言わざるを得ない。また、連邦最低賃金(現在でも時給 7.25 ドル) を引き上げることもできなかった。労働組合に対するバイデンの姿勢よりも影響が大きかったのは、就任後 2 年間に議会を通過させた 4 つの大きな法案であるとバーンスタインは指摘する。彼は前例のないものだとして称賛している。

 大統領経済報告にも記されているのだが、2021 年の 1.9 兆ドル規模のアメリカ救済計画法( American Rescue Plan Act )は 、中低所得家庭への 1 人あたり 1,400 ドルの現金支給を含んでおり、家計を潤した。超党派で可決した 1.2 兆ドル規模の 2021 年のインフラ投資・雇用法( Infrastructure Investment and Jobs )は、州や地方レベルでの建設プロジェクトを急増させた。電気自動車やバッテリー、その他のグリーンテクノロジーメーカーに補助金や助成金を支給した 2022 年の 8,910 億ドル規模のインフレ削減法( Inflation Reduction Act )は、製造業への投資を急増させた。半導体製造の国内化を促進するための 2022 年の 2,800 億ドル規模の CHIPS・科学法( CHIPS and Science Act )も同様である。工場建設は 2024 年に記録的な水準に達し、いくつかの新しい施設は既に稼働している。台湾セミコンダクタ・マニュファクチャリング・カンパニー( Taiwan Semiconductor Manufacturing Company )のアリゾナの最新鋭工場はその 1 つである。「いずれ歴史が公正に評価してくれるだろうが、インフレの一時的な高騰はバイデンの永続的な遺産にはならないだろう」とバーンスタインは語った。「バイデンの最大の遺産は、彼が言うところのボトムアップ・ミドルアウト施策(貧困層支援による下支えと中産階級支援による購買力強化)の採用と、アメリカに新たな製造業を生み出した投資計画であろう」。

 多くの有権者は、バイデンのこうした取り組みを評価していない。それどころか、食料品から自動車保険料、住宅ローンまであらゆるものが高騰したことを非難した。インフレ率が急騰して以降、多くのエコノミストが、その主な原因が新型コロナによるサプライチェーンの混乱にあるのか、それとも連邦政府の歳出増による旺盛な需要にあるのかについて議論してきた。「私はバイデン政権の財政政策に合格点を与えたくない」とバーンスタインは言った。「需要増と供給不足が同時に起こった。この 2 つがインフレの主因であったことは間違いない」。しかし、バーンスタインはこの点を認めた上で、バイデンがアメリカ救済計画法を可決するなど積極財政に打って出たことは、新型コロナパンデミックからの景気回復を確実なものにするために必要なものだったと擁護した。「新型コロナの脅威が過ぎ去ってもはや誰も覚えていないかもしれないが、当時は景気下ブレのリスクが極限まで高まっていた」と彼は指摘した。「思い出して欲しいのだが、アメリカで新型コロナの感染が拡大し始めた時、ほとんど誰も予防接種を受けていなかった」。また、バーンスタインは別の指摘もしている。それは、当時の先進各国の間では財政出動政策が大きく異なっていたにもかかわらず、インフレ急上昇時の累積的な物価上昇はどの国もほぼ同じレベルだったということである。「これは、アメリカ救済計画法が不当に非難を受けていることを示している」と彼は言った。

 以前にも書いたが、私はこの分析にほぼ同意する。FRB の利上げが需要に大きな影響を与える前の 2022 年後半にインフレ率が低下し始めたという事実も、それ以前のインフレ率高騰の主な原因が供給の停滞にあったことを強く示唆している。しかし、私がバーンスタインに聞いたのは、物価高騰がアメリカ人の購買力を削ぎ、相当な苦難と怒りを引き起こしていることを、もっと早い段階でバイデン政権が認識するべきだったということである。例えば、なぜバイデン政権は物価上昇に対抗して国民に情報を提供する取り組みを調整するためにインフレ対策チームを発足させなかったのか?この質問に対して、「私たちは、インフレを抑え込むために、サプライチェーン不具合対応タスクフォースを立ち上げた。これは非常に効果があった」と彼は少し不満げに答えた。「民間セクターと協力して、サプライチェーンの混乱を解消するために多くの仕事をした」。彼はまた、バイデン政権がガソリン価格を安定させるために戦略石油備蓄を管理したこと、メディケア( Medicare )が巨大製薬会社と薬価交渉をする権限を持つべきだという原則を確立したこと、銀行の当座貸越やクレジットカードの延滞に対する高額な手数料などの高額な「ジャンクフィー( junk fees:企業が実際に要する経費に関係なく消費者に請求する法外な費用)」を取り締まったことを思い出させた。

 卵や肉をはじめとする食料品価格が高騰したわけだが、これが大きく影響したわけではない。バーンスタインが指摘したのだが、バイデン政権が適切な策を講じれば食料品の価格は下がったと考える有権者が少なからずいた。「そんなことは不可能だった」と彼は述べた。資本主義体制下では、食品部門を含め、連邦政府が価格にほとんど影響を与えられない経済分野がたくさんあるという。「エネルギー、医療、ジャンクフィーのみが、政府が変化をもたらすことができる分野であった。そこについては十分な手を打った」と彼は述べた。「食料品は対処不可能だ」。

 再選を目指すトランプは、もちろん食料品価格に的を絞って攻撃した。直近では、トランプはこの姿勢を転じて食料品価格の引き下げは「非常に困難」だと認めるようになった。バーンスタインは、新大統領は前大統領に引き続きインフレに対処する必要があるが、直面する課題は他にも山積していると示唆した。トランプが記録的な雇用の増加と世帯所得の増加を伴う好調なアメリカ経済を引き継ぐとはいえ、過去 8 年間の経験から、経済的な意味での制約が 2017 年の就任時よりもはるかに多い。「当時は、今よりももっと自由に振る舞えた」とバーンスタインは言った。

 トランプが初めて大統領に就任した 2017 年 1 月のインフレ率は 2.5% で、その後の 5 カ月で FRB の目標値を下回る 1.6% まで低下した。失業率は 4.8% と低かったわけで、結局のところ、当時のアメリカ経済にはまだかなりの余力があったのである。2007〜 08 年の世界金融危機以降、連邦債務は急増したが、国債の金利は 3% 程度と低く、ほとんどの投資家は財政見通しをあまり懸念していなかった。このような環境下で、当時のトランプは、減税、移民大量送還、保護主義を含む経済政策に取り組むための余裕がかなりあった。

 バーンスタインが指摘するのは、現在の経済環境は 8 年前と大きく異なっているということである。インフレ率は低下しているものの、依然として FRB の目標インフレ率を上回っており、直近ではわずかに上昇している。アメリカ経済はフル稼働か、それに近い状態である。過去数カ月の間に、30 年物国債の利回りは 4% 以下から 5% 近くにまで上昇した。これは大きな上昇である。エコノミストの意見は分かれている。しかし、バーンスタインは、これは FRB の政策に関する不確実性、インフレに対する懸念、あるいは関税や不法移民大量強制送還の影響、財政見通しに対する懸念を反映している可能性があると主張する。原因が何であれ、債券市場は半年前には存在しなかったプレミアムを織り込み始めている。

 いずれも必ずしも差し迫った危機を示唆するものではないわけで、多くの市場参加者は、トランプ第 2 次政権の発足による経済的見通しについてポジティブな見方を維持している。しかし、トランプ大統領が関税、減税、移民政策について完全に選挙時に掲げた公約を実行しようとした場合には大きな懸念が残る。金融市場と FRB がどのように反応するかについては、読めない部分が多い。ブルッキングス研究所( the Brookings Institution )での講演で、バーンスタインはトランプ政権の経済顧問の何人かと話したことを明らかにした。その内容について尋ねたところ、バーンスタインは詳細について言及することはなかったが、「彼らは我々バイデン政権から強いアメリカ経済を引き継ぐことを認識していると思うし、高インフレや高金利にするのは避けたいと認識しているのは確かである。彼らは経済運営を慎重に進めたいと考えていると思う」と語った。本当にトランプ大統領は慎重に進めたいと考えているのだろうか?今後の数週間でその答えは出るであろう。♦

以上