新型コロナの次に発生する人獣共通感染症の予測は可能か?無理無理!動物種は無限で、ウイルスは変異し続けるから

2.

 ジェームス・バングラ(James Bangura)は、2014年にシエラレオネでエボラ出血熱の感染が発生した後、PREDICTプロジェクトに加わりました。彼に当時のことを尋ねると、「非常に恐ろしかった。」と答えました。バングラは、エボラ出血熱で3人の友人や同僚を亡くしたそうです。彼はシエラレオネの保健衛生省の調査を主導する立場で、エボラウイルスの拡散状況を監視しました。その功績で大統領より勲章を授与されました。その翌年に、PREDICTがシエラレオネで調査研究を開始したのですが、彼はすぐにそれに加わりました。

 バングラの研究チームは、ジマーマンの研究チームと同様に、コウモリ、げっ歯類、人間以外の霊長類から人間に感染する可能性のあるウイルスを探しました。通常は2週間ほど遠征に出かけて、その間に40〜80匹の動物からサンプルを採取していました。2016年に、バングラらは洞窟や森林ではなく、人間が住んでいる住居に潜んでいた新種のエボラウイルスを発見しました。それは、シエラレオネのボンバリ地区でした。それぞれ十数キロ以内の距離にあった3つの小さな村の4匹のコウモリが宿主でした。それで、ボンバリ・エボラウイルスと命名されました。発見された時点では、そのウイルスが人間に感染するのか、あるいは人間同士で感染が広まるのかは不明でした。人間に感染した例も確認されていませんでした。バングラは言いました、「新しい種類のエボラ出血熱を発見したことは、私のキャリアの中で最大の功績でした。それに気を良くして、もっと新種のウイルスを見つけてやろうと躍起になりました。」と。2020年に、バングラの研究チームは、初めて西アフリカのコウモリから、マールブルグ(Marburg)ウイルスを発見しました。マールブルグウイルスによる感染者が発生したのは、過去に15回です。その中でもっとも感染が拡大したのは、2004年から2005年にかけてのことです。アンゴラで発生したのですが、感染が確認された252人の内の9割が死亡しました。PREDICTは、バングラがマールブルクウイルスを発見した後、コウモリと接触することは危険であると広報しました。また、動物のウイルスのサンプル調査をもっとするようにしました。スピルオーバー(人獣共通感染症)の発生を防ぐことが目的でした。

 PREDICTプロジェクトは、コロナウイルスを含む人獣共通感染症が発生しそうな場所を示すホットスポットマップを作成しました。そうしたマップは他でも作られています。オックスフォード大学の研究者や新興感染症を研究するNGOであるエコヘルス・アライアンス(EcoHealth Alliance:動物、環境を保護するという使命を掲げたアメリカを拠点とする非政府組織)などが作っていたのですが、人獣共通感染症を対象としたものが作られたことはありませんでした。そうしたマップは、過去の人獣共通感染症の発生事例とその際に収集したデータを分析して推定して作成したものです。マップを作る際に重視していることは、たくさんあるわけですが、動物種の分布にも注目しています。人獣共通感染症を予測する際には、コウモリの存在を常に気にかけなければなりません。SARS-CoV-2は、間違いなくコウモリが媒介したものだと推定されています。SARSやMERSに人間が感染した際にも、同様に媒介した動物がいました。センザンコウです。ノースカロライナ大学のウイルス専門家のティモシー・シーハン(Timothy Sheahan)は私に言いました、「コウモリは、さまざまな点でコロナウイルスの宿主として非常に優れています。」と。研究者の中には、コウモリは進化の過程で、ウイルスに感染しても炎症が激しくならないように進化してきたと指摘する者もいます。カリフォルニア大学デービス校獣医学部の比較病理学者で、PREDICTの研究を主導したこともあるトレイシー・ゴールドスタイン(Tracey Goldstein)が指摘していたのですが、PREDICTでは、多くのコウモリを分析してきた実績があるのですが、調査したコウモリの種類ごとに数個の新種のコロナウイルスを見つけることができたそうです。

 世界には、1,400種以上のコウモリが存在しています。コウモリは実に哺乳類の5分の1を占めています。全てのコウモリを合わせると、数千種類のコロナウイルスの宿主であると推測されています。その内のいくつかは人獣共通感染症を引き起こす可能性があると推測されています。UCデイヴィス校の疫学者で、2020年1月から9月の間にPREDICTのプロジェクトの研究の1つを主導したクリスティン・ジョンソン(Christine Johnson)は私に言いました、「コウモリは、想像以上に種類も個体数も多いのです。コウモリはげっ歯類と似ている部分もあります。コウモリは、人間の近くに棲息しています。普通の住宅や教会やレストランなどに巣を作ります。果物などを食べて、他の動物が認識できるように唾液でコーティングした残骸を残し、ヤシの樹液に尿をかけます。また、コウモリは貴重なたんぱく源や薬として食されることもあります。コウモリはアジアにたくさんいるようなイメージがありますが、世界中に棲息しています、ヨーロッパにも北アメリカにも生息しています。2009年には、メリーランド州の鉄道のトンネル跡に棲息していたコウモリから新種のコロナウイルスが発見されました。

 科学者は起こった現象を遡って調べて、原因を特定しようとすることがあります。感染症専門家の場合は、新たな感染症が発生すると、感染者を起点として調査を開始し、何から感染したのかを1つ1つ遡って調べていきます。そうして、感染者を苦しめたウイルスの発生源となった動物を特定しようとします。2012年に初めてMERSの感染が確認されたのですが、サウジアラビアで1人の男性がインフルエンザやその他の一般的な感染症の検査で全て陰性だったにもかかわらず、突然謎の呼吸器疾患を発症して死亡していました。そこで、アメリカ保健省はコロンビア大学のウイルス学者イアン・リプキン(Ian Lipkin)に、その男性から発見されたウイルスの調査を依頼しました。すぐにリプキンは、エコヘルス・アライアンス(EcoHealth Alliance:新興感染症から人、動物、環境を保護するという使命を掲げた、アメリカを拠点とする非政府組織)の獣医師で感染症研究者のジョナサン・エプスタイン(Jonathan Epstein)に連絡を取りました。エプスタインとリプキンは研究チームを組織してサウジアラビアを訪れ、その男性が住んでいた町まで行きました。そして、現地の人にそのあたりでコウモリが生息している場所を尋ねました。なかなか特定できなかったのですが、いくつかの廃墟が怪しいことが分かりました。それらは、朽ち果てた砂岩でできた建物で地下室がありました。

 エプスタインらは、感染を完璧に防げそうな防護マスクを装着し、廃墟の探索を開始しました。「まるで遺跡の発掘をしているような感じでした。」とエプスタインが言っていました。ある廃墟では、コウモリの干からびた死体が見つかりました。また、砂の中にラクダの骨があるのを偶然発見したりしました。いくつも廃墟をしらべたのですが、どこも2、3匹のコウモリがいるだけでした。探索を開始して3日目のことでしたが、ある地下室には数百匹のコウモリが潜んでいました。それで、その中を検索することにしたのですが、感染防止の観点から、デュポン社製のタイベック・スーツ(Tyvek suits)を着て、マスクの上にヘルメットという重装備で中に入りました。「大当たりでした。」とエプスタインは言いました。エプスタインは、ハープトラップ(harp trap:四角いフレームの中に細い縦糸が無数に張ってあり、この部分にコウモリがぶつかると糸に引っかかり下の捕獲袋へ落下する罠)を仕掛けました。その罠は、エコロケーション(反響定位 :コウモリ・イルカなどが超音波によって物体の存在を測定する能力)で回避できないものでした。たくさんのコウモリがその罠に飛び込んできて、捕獲袋に落ち始めました。わずか10分か20分で、エプスタインは50匹のコウモリを捕まえました。また、エプスタインらは、例の亡くなった男の家も訪ねていて、そこで飼われていたラクダや羊やヤギについてもサンプルを採取していました。近くの廃墟にいたコウモリの糞から、新種のウイルスのゲノムの一部が検出されました。リプキンの研究チームが、そのウイルスがラクダの体内にも存在していることを発見しました。それによって、そのウイルスは、コウモリとラクダが媒介したことによって人間に感染が広がったという可能性が示唆されました。このウイルスの感染拡大によって、約900人が亡くなりました。それは、感染した者の3分の1でした。

 この逸話は、人獣共通感染症発生の予測が可能ではあるものの、決して容易ではないということを示しています。もし、MERSウイルスをもっと早く発見できていれば、こんなに死亡者が出る前に有効な対策を実施することができたかもしれません。(後になって分かったことなのですが、例の男性が亡くなる数カ月前にヨルダンでMERSウイルス感染者が大量に発生していたことが判明しています)。しかし、事前にMERSの感染爆発を予測することはできませんでした。予測するためには、そのウイルスを宿しているラクダかコウモリを見つけなければなりませんでしたし、また、そのMERSウイルスが重症度が高いものであることを認識する必要もありました。そうした予測は非常に難易度が高いもので、ほぼ不可能と思われます。それは、干し草の山から針を見つけるようなものではなく、干し草の山の中から最も尖った干し草を探すようなものです。しかも、その干し草の山自体が、どの大陸にあるかも分からないのです。