The Dangerous Paradox of A.I. Abundance
AIの過剰がもたらす危険なパラドックス
Silicon Valley envisions artificial intelligence ushering in an era of economic plenty. But what if the benefits are largely confined to corporations and investors that own the technology itself?
シリコンバレーは、人工知能が経済的豊かさの時代をもたらすと予測している。しかし、その恩恵が主にテクノロジー自体を所有する企業や投資家に限定されていたらどうなるか?
By John Cassidy January 12, 2026
2024 年初頭にメンロパーク( Menlo Park )に拠点を置く大手ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツ( Andreessen Horowitz )のゼネラルパートナー、アニッシュ・アチャリヤ( Anish Acharya )は、「 AI はいかにして豊かな時代をもたらすのか( How AI Will Usher in an Era of Abundance )」と題した論文をオンラインに投稿した。それ以来、そしていや、 それ以前から、シリコンバレーの様々な人々がこの言葉を軽々しく口にしてきた。昨年夏、イーロン・マスク( Elon Musk )はテスラ( Tesla )の新しいミッションステートメントに「持続可能な豊かさ( sustainable abundance )」という表現を付けくわえた。つい先日、クリスマス休暇中のことであるが、マスクは「持続可能な( sustainable )」という単語を「素晴らしい( amazing )」に置き換えた。「より喜びに満ちている( more joyful )」ことを適切に表現するためだという。
確かに、「豊かさ( abundance )」は決して新しい概念ではない。それこそ聖書にも頻繁に登場する。しかし、経済的な文脈でこの概念を最初に用いた人物の 1 人がカール・マルクス( Karl Marx )だと知れば、シリコンバレーの面々の中にも驚く者が少なくないはずである。1875 年に執筆された「ゴータ綱領批判( Critique of the Gotha Program )」の中で、マルクスはブルジョア的生産様式( bourgeois mode of production )、すなわち資本主義( captalism )は、「共産主義社会のより高度な段階においてのみ完全に超越したものとなる。それは生産力が個人の全面的な発展とともに増大し、協同富裕の源泉がすべてより豊かに( abundantly )流れ出るようになった後のことである」と論じている。
マルクスの著作の多くと同様に、この一節も様々な解釈がなされてきた。しかし、これを字面どおりに解釈すると、経済が非常に高い生産量と生産性のレベルに達して新たな社会を組織する可能性が生まれるまでは共産主義は不可能だと示唆しているように思われる。たしかに、AI がさらに強力になり、AI ベースのテクノロジーがより広く普及すれば、生産性が飛躍的に向上し経済成長がもたらされるだろう。多くの人工知能開発者や推進者が主張する通りだろう。「 12 ~18 カ月以内に 2 桁成長がもたらされる」とマスクは先月 X に記している。「応用知能( applied intelligence )が経済成長の指標となるならば(そうあるべきであるが)、5 年以内に 3 桁成長も可能である」。
マスクやサム・アルトマン( Sam Altman )をはじめとするテック業界の大物たちがこぞって AI の経済的可能性を喧伝している。それには利己的な理由がある。彼らの企業は AI に巨額の資金を注ぎ込んでいる。しかし、多くのエコノミストは、はるかに控えめな影響しかないと予測している。ゴールドマン・サックス( Goldman Sachs )は、10 年間で AI の導入により世界の GDP 水準が約 7% 上昇する可能性があると予測している( 7% は成長率ではない)。ペン・ウォートン・バジェット・モデル( the Penn Wharton Budget Mode:ペンシルベニア大学ウォートン校が提供する経済分析モデル)は、もっと控えめである。アメリカでの GDP 押し上げ効果はわずか 1.5% と試算している。私は昨年にも指摘しているのだが、いくつかの調査によって多くの企業がこれまで行ってきた AI 投資からほとんど、あるいは全く利益を上げられずに苦戦していることが明らかになっている。AI バブル懸念は間違いなく高まっている。
とはいえ、何が起こるか確実に理解している者は誰もいないわけで、少なくとも豊かさ( abundance )シナリオを検討する価値はある。昨年の記事で、ハーバード大学のコンピューター科学者で OpenAI でも働いているボアズ・バラク( Boaz Barak )は、「 AI は毎年ある一定の質を持つ新しい労働者( a number N(t) of new ‘workers’ that have a certain quality Q(t))を経済に注入すると見なすことができる」と指摘する。バラクは、GDP と労働力と資本の投入を関連付ける簡単な方程式を使用して、AI が 1 千万人の AI 「労働者( workers )」を生み出せば GDP が 4% 増加すると計算している。しかし、この方程式では AI 労働者が 1 億人増えれば、GDP は約 50% 上昇する計算になる。これらの数字は単なる計算上のものでしかない。現実世界では AI の影響は自動化できる仕事の数によって制限される、とバラクは指摘する。それでも、バラクの用いた計算式が示唆することは少なくない。
※訳者注:①” a number N(t) “は、時間 t に応じて変化する数を表す。② ” workers “は人間に限らず、モデルやエージェントなどの比喩的な意味。③” a certain quality Q(t) ”は、ある品質 Q(t) を持っている」という条件付き。Q(t) も時間 t に応じて変化する品質や能力を表す。
AI が経済成長を大きく加速させないかもしれないわけだが、さて、雇用や賃金にどのような影響を与えるのだろうか。非常に大きな問題である。ここで重要な点は、AI が主に人間の労働を補完するものなのか、それとも代替するものなのかということである。例えば、AI によってオフィスワーカーが業務をより迅速かつ効率的に遂行できるようになれば、彼らの賃金は上昇する。多くの既存の雇用が維持される。それだけでなく、AI エージェントとの連携に長けた人材には高給の新たな職が創出される可能性がある。先日の記事で、Google DeepMind の政策開発・戦略責任者であるセブ・クリエ( Séb Krier )は、 「将来の労働者はおそらく知能のオーケストレーターとして機能し、AI の活動を監督するようになるだろう」と主張している。長期的には、AI は他の革新的技術と同様に、現在私たちが想像できないような新しい仕事や職業を生み出す可能性もある。
しかし、AIエージェントが最終的に人間の介入なしに事実上すべての認知タスクを実行できるようになれば(これは AI 推進派が喧伝している未来であるが)、多くの労働者が職を失い、多くの企業が新しい労働者の採用に消極的になる可能性がある。OpenAI の ChatGPT、Google の Gemini、アンスロピック( Anthropic )のクロード( Claude )などのモデルの能力が進化していることを考えると、5 年以内に AI がホワイトカラーの初級職の半分を奪う可能性があるという Anthropic の CEO 、ダリオ・アモデイ( Dario Amodei )の予測を完全に無視するのは賢明ではない。経済の他の分野では、何が起こるか誰にもわからない。しかし、他の分野でも AI とロボット工学( robotics )の融合が進めば、どうなるだろうか。自動運転車( autonomous vehicles )がすでに一部で配備されている自動車業界ではタクシー運転手やトラック運転手が影響を受け始めている。同様の影響を受けるのはブルーカラー労働者だけにとどまらないだろう。
「多くの仕事が消滅するのは明らかである。しかし、それを置き換えるほど多くの仕事が生まれるかどうかは明らかではない」と、生成 AI の基盤となるディープラーニングモデルの先駆者の 1 人、ジェフリー・ヒントン( Geoffrey Hinton )は先月のカンファレンスで述べた。「これは AI の問題ではない。私たちの政治システムの問題である。生産性が大幅に向上した場合、その富はどのように分配されるのか?」AI の豊かさが現実のものとなった場合、これが中心的な問題となる。
直近のサブスタック( Substack:クリエイターがニュースレター・メルマガを簡単に作成・配信し、読者からの有料購読で収益化できる、アメリカ発のメディアプラットフォーム)の論文で、スタンフォード・デジタル・エコノミー・ラボ( the Stanford Digital Economy Lab )のエコノミストのフィリップ・トラメル( Philip Trammell )とテック系ポッドキャスターのドワルケシュ・パテル( Dwarkesh Patel )によるものがある。指摘しているのは、標準的な経済理論では、資本を投入すると労働者の生産性と賃金は上昇するが、報酬逓減の法則が働くため、さらなる資本投資のメリットは減少するということである。この「調整メカニズム( correction mechanism )」により、労働者と資本家に分配される収益の全体的な割合は、時間の経過とともにほぼ一定に保たれる。しかし、AI があらゆる業界で労働力の代替品となり、潜在的な労働力不足が生産のボトルネックではなくなる場合、調整メカニズムによる効果が消失し、資本家の所得が無限に上昇する可能性がある。資本を持つ者のみが経済活動から大きな分け前を受け取ることになるという。このプロセスはどこまで進むのだろうか?「 AI によって資本家に真の労働者の代替物が授けられれば、ほとんどすべてのものが、その移行期に最も裕福な者たち、あるいはその子孫の手に渡ることになる」と、トラメルとパテルは述べている。
トラメルとパテルは、自分たちの分析を 2014 年のトマ・ピケティ( Thomas Piketty )の著書「 21 世紀の資本( Capital in the Twenty-First Century )」に関連付けている。ピケティは、資本主義の世界において一定の条件下では格差の拡大は避けられないと主張する。この問題に対処するため、ピケティは富に対する世界的な課税を求めた。トラメルとパテルが主張するのは、ピケティの悲観的な分析はこれまで当てはまらなかったものの、「将来についてはおそらく彼の言うとおりになる」ということである。また、彼らはピケティが提案している課税による解決策を支持している。「富裕層が前例のないほど慈善活動を行わないと仮定すると、資本(または少なくとも資本所得)に対する世界規模で高度に累進的な課税が、格差の極端な拡大を防ぐ唯一の方法となる」と書いている。ちなみに、この課税は世界規模でなければならないと 2 人は主張している。なぜなら、資本家が生産にそれほど労働者を必要としないのであれば、資本は現在よりもさらに流動的になり、国レベルの課税を逃れることができるからである。
トラメルとパテルの論文は既にオンライン上でさんざん批判を受けている。その主な理由は、資本家が労働者を完全に代替可能であるという仮定が非現実的であるという点である。ポートランドに拠点を置く国際法経済センター( International Center for Law & Economics )の主任エコノミスト、ブライアン・アルブレヒト( Brian Albrecht )は、AI が労働者に取って代わるプロセスには長い時間がかかると予想する。その移行期間中は「標準的な経済原則( standard economic principles )」が適用されると主張する。一方、クリエが主張しているのは、AI が人間の労働者よりも安価に、あるいは効率的に何かをこなせるという事実だけで、必然的に AI が人間に取って代わるわけではないということである。「たとえ AI モデルが人間と同じ曲を生成でき、ロボットの方が人間より速く走れるようになっても、人々はコンサートやオリンピックを楽しむために多額のお金を払うだろう」と彼は書いている。
これらの主張にはもっともな点もいくつかある。しかし、いずれも AI がもたらす豊かさは一部の資本家にのみ届くという基本的なパラドックスには異論を唱えていない。AI によって生産性が向上し、潜在的に豊かになる一方で、企業が労働力を資本に置き換えることが容易になる。その結果、労働者に振り向けられる配分は減少する。多くの場合、労働者は職を失うことになるかもしれない。明らかに労働者にとって悪影響である。企業にとっても問題となる可能性がある。多くの人が安定した賃金収入を得られなくなるわけだが、そんな世界で AI エージェントやロボットが生産する商品やサービスを誰が購入するのだろうか? 消費者支出は経済の主な原動力である。「需要が落ち込めば顧客が減る。人々がさまざまな製品を買う余裕がなければ、最も効率的な AI 主導のビジネスでさえ成功しない」と、シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネス( University of Chicago Booth School of Business )のエコノミスト、アレックス・アイマス( Alex Imas )は数日前にオンラインサイトで述べている。
アイマスがこの問題への解決策として挙げているのは、「資本の所有権をより広く共有すること」である。彼が推奨する方法は、政府系ファンド( sovereign wealth fund )を設立し、そこが AI 革命の恩恵を受ける企業の株式を取得し、国民に配当を分配することで所得を創出するというものである。そうすれば全体的な需要を押し上げられる。彼は、これは富裕税( wealth tax )の導入より優れていると主張する。富裕税の導入で賃金補助やユニバーサル・ベーシックインカム( universal basic income )の財源を確保できるかもしれないが、富裕税にはイノベーションと成長を阻害する側面もあるからである。
これらの主張はいずれも、AI 経済についての最終的な結論とみなされるべきではない。論者の誰もがそう主張していないだろうと私は確信している。しかし、これらの議論は、豊かさや所得と富の分配の問題が、未来の経済についての議論の中心へと着実に移行していることを示している。マルクスが 150 年以上前にこれらの問題を提起した場所ではないところ、過去には急進的な議題とは無関係であったアメリカという国においてさえ、このことが問題と認識されつつある。マルクスが思い描いたポスト資本主義の豊かな世界は、資本の所有が社会化され、誰もがその報酬を分かち合う世界である。人々はもはや工場労働者や農民など、1 つの生産活動に限定される必要がなくなる。朝には狩りをし、昼には魚釣りをし、夕方は牛の飼育をし、夕食後に批判に興じる」ことができるとマルクスは「ドイツ・イデオロギー( The German Ideology )」に書いている。
ソ連と中国が築いた社会主義国家においても、この生産と労働の関係の抜本的変革という構想は実現されなかった。しかし、非共産主義的な形でジョン・メイナード・ケインズ( John Maynard Keynes )が 1930 年に発表した論文「わが孫たちの経済的可能性( Economic Possibilities for Our Grandchildren )」の中には、この構想の思想が生き続けている。ケインズはマルクスとその理論には全く関心がなかった。彼が信じていた未来は、技術革新による生産性と所得の向上がもたらされ、最終的には人々の労働時間が減り(例えば 1 日 3 時間)、残りの時間をもっと楽しいことに使えるような経済体制である。この「余暇と豊かさの時代( age of leisure and of abundance )」において、所有物としての金銭への執着は「ある種不快な病的状態( somewhat disgusting morbidity )」と認識されるようになる。「資本蓄積の促進に極めて有効( tremendously useful in promoting the accumulation of capital )」であるという理由で残されてきた多くの「不快な( distasteful )」社会慣習や経済慣行は、最終的に完全に廃棄っされる。
ケインズの楽観的なビジョンも現時点では実現していない。しかし、ケインズやマルクスの著作を読んで分かるのは、現代のエコノミストや未来学者( futurists )の発想が、2 人よりはるかに貧弱なことである。印象的でさえある。AI の普及に関する議論がどのような結末を迎えるか分からない中で、彼らが提起していることがある。それは、技術進歩の究極的な目的、そして誰がその恩恵を受けるのかという根本的な問題である。それらはケインズやマルクスも提起していたことである。これは間違いなく良いことである。♦
以上
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