アメリカのオピオイド危機に朗報?依存性の低い鎮痛剤(ジュルナボクス)の誕生!

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 痛みは千差万別である。断続的に感じられたり、チクチクしたり、刺されるように感じたり、痺れたり、つねられるとか引きつるような感じがしたり、焼けるような感じがすることもある。痒みを感じることもある。目がくらむほどの痛み、とてもじゃないが耐えられない痛み、あるいは不快な痛みである場合もあり、さらに、放散したり、締め付けたり、引き裂かれるように感じる痛みもある。痛みの強さもさまざまである。穏やかであったり、かなりの苦痛であったり、気の狂いそうな場合もある。さて、他人の痛みを理解することは、他人の夢を理解することと似ている。夢を見た人がそれを伝えるために適切な言葉を探すとしよう。しかし、どんなに言葉を尽くしたとしても正確に伝えることは不可能である。1971 年に心理学者のロナルド・メルザック( Ronald Melzack )は、痛みを他者に伝える際の不明瞭さを少しでも軽減したいと考えた。そこで、痛みの表現語を考案した。彼が考案したマギル痛み質問票( McGill Pain Questionnaire:略号 MPQ )は現在でも使用されている。78 語から成り、20 のグループに分かれている。さらに、強さを表す 5 語と、一過性、断続性、持続性などの痛みと時間の関係を表す 9 語が含まれている。フリードリヒ・ニーチェ( Friedrich Nietzsche )は自分を苦しめる片頭痛を表現する際に MPQ にある表現は使っていない。彼は言った。「私は自分の痛みに名前をつけ、『犬( dog )』と呼んでいる。それは正しく犬と同じだからである。決して去らないし、常に気になるし、いつ何時襲ってくるかわからないし、興味を惹く存在でもある。また、クレバーである」。

 痛みを表す用語は、その根本的な原因と相関関係がある場合が多い。痛みの原因が異なれば、その緩和方法も異なる。椎間板ヘルニア( slipped disk )にはステロイド注射が、転倒による怪我にはタイレノール( Tylenol )が、片頭痛( migraine )には暗室が、腹痛( stomach ache )には湯たんぽが効果的であろう。ただし、腹痛が虫垂炎( appendicitis )によるものである場合には、より根本的な治療法が必要となる。古代人も私たちと同じように、痛みをさまざまな側面から分析していたことが知られている。これも私たちと同様であるが、すべての痛みに同じ治療法が効くわけではないことも知っていた。1 世紀のギリシャの古代都市アナザルバス( Anazarbus )の医師ディオスコリデス( Dioscorides )は、股関節痛( hip pain )には油に浸した羊毛に山羊の糞を塗りつけたものを当てることを推奨した。麻酔( anesthesia )にはマンドレイクの根( mandrake root )を煮沸したもの、もしくはメンフィス石( Memphitic stone )を砕いたものが使え、片頭痛( migraines )にはバラの軟膏( unguent )をこめかみと額に塗ると良いと勧めていた。プリニウス( Pliny )は、歯痛の際にモグラの歯が痛みの緩和剤として有効であると報告している。そのおよそ 1800 年後、ニーチェ( Nietzsche )は片頭痛の治療として両耳にヒルを当てられた。

 これらの治療法や薬は効果が皆無とは言わないが不完全なものであった。完全な治療薬の発見は偶然であることが多かった。19 世紀までは、痛みや発熱はサリチル酸ナトリウム( sodium salicylate )で治療されていたが、この薬は吐き気( nausea )や耳鳴り( ringing in the ears )を引き起こすことがあったため、フリードリヒ・バイエル社( Friedrich Bayer & Co )の 1 人の化学者がサリチル酸ナトリウムに似た成分を試してみる価値があると考えた。その人物はアセチルサリチル酸( acetylsalicylic acid )の合成に成功し、アスピリン( aspirin )と名付けた。他の鎮痛剤もいくつか開発された。いずれも偶然の産物であった。1886 年、2 人のドイツ人医師が、発熱を伴う寄生虫に感染した患者の治療にナフタレン( naphthalene )を試すことにした。寄生虫には全く効果がなかったが、熱は下がった。2 人の医師は薬剤師が誤って間違った物質を投与したことに気づいた。後にその物質が特定されたことがアセトアミノフェン( acetaminophen )、つまりタイレノール( Tylenol )の開発につながった。てんかん( epilepsy )治療薬であるカルバマゼピン( carbamazepine )も、元々は三叉神経痛( trigeminal neuralgia )を治療するために開発されたものである。三叉神経痛の痛みは頭に斧を突き立てられたようと表現され、自殺したくなるほどの痛み( suicide pain )を伴う。

 今日の医師は、痛みとその原因を様々な方法で分類している。それらの分類はしばしば重複している。関節リウマチ( rheumatoid arthritis )には炎症性疼痛( inflammatory pain )が付きものであるが、同時に慢性疼痛( chronic pain )もある。坐骨神経痛( sciatica )など神経の損傷や機能不全がある時には神経障害性疼痛( neuropathic pain )に襲われるが、親指でドアを閉めるときに感じる痛みは侵害受容性疼痛( nociceptive pain:組織の損傷または損傷の危険性があるときに、侵害受容器が活性化されて生じる痛み)である。手術や骨折や火傷などで感じる痛みは急性疼痛( acute pain )である。しかし、がんやがん治療に伴う痛みは別のカテゴリーの痛みである。がん等の痛みへの標準的な対処はオピオイド( opioids )によるものである。というのは既存の薬剤では痛みが十分に緩和されない傾向があるからである。

 痛みの種類に合った鎮痛剤で対処しないと効果は無い。それどころか問題が発生する。オピオイドとオピエート( opiates )は特に厄介な問題を引き起こす。人類がいつからアヘン( opium )を使ってきたかについては、歴史家の間でも意見が分かれるところである。比較的初期の資料と言えるのは、10 世紀のペルシャの博学者アル・ラーズィー( al-Razi )の記述である。「私は驚くべき話を聞いたことがあるが、その中に次のようなものもある。ある医師が…痛風( gout )に、コルヒチン( colchicum )を 2 ミスカル( mithqals:1 ミスカルは 4 グラム)、アヘン半ディルハム(dirham:重さの単位 )、砂糖 3 ディルハムで調合した薬を処方した。この薬は 1 時間以内に効くと言われているが、私はそれを検証する必要がある」。19 世紀のイギリスの随筆家トーマス・ド・クインシー( Thomas De Quincey )は、「 Confessions of an English Opium-Eater(邦訳:阿片常用者の告白)」の中でアヘンチンキ中毒( laudanum addiction )の体験を赤裸々に語ったことで有名である。その第 1 章は「オピオイドの快楽」で、続く第 2 章は「オピオイドの苦痛」と題されている。彼は痛みについてより深く、快楽についてはより魅惑的に記している。今日では、オピオイド系のパーコセット( Percocet:アセトアミノフェンとオキシコドンを主成分とする鎮痛解熱薬)やバイコディン( Vicodin:ヒドロコドンとアセトアミノフェンを配合した麻薬性鎮痛薬)は急性疼痛にしばしば処方されている。緩和作用が非常に優れている。また、約 5 千万人のアメリカ人が影響を受けていると推定される慢性疼痛( chronic pain )でもよく処方されている。これは少し厄介である。というのは、あるメタ分析( meta-study:複数の研究結果を統合・分析する手法)で、これらの薬剤はそのような疼痛には特に効果がないという結論が出ているからである。神経障害性疼痛( neuropathic pain )にもあまり効果がない。痛みを最も効果的に治療する方法を考える際は、プラセボ( placebos )の少なくない有効性も考慮する必要がある。臨床試験の患者は痛みの日記をつけるように求められることがあるが、日記をつけること自体が痛みの強さを和らげ、気分を改善できることもわかっている。

 依存と過剰摂取のリスクを考えると、オピオイドの処方は、誰かに銃を突きつけて家に帰らせるのと同じようなものである。アメリカでは 200 万人以上がオピオイド使用障害( opioid-use disorder )を抱えていると考えられており、昨年は 5 万人以上が過剰摂取で亡くなった。特定の個人における依存リスクを確実に予測することはできないが、さまざまな研究によって、手術後にオピオイドを処方された人の約 7% が、3 カ月後も処方箋を出されていることが分かっている。オピオイドは他の面でも悲惨な結果をもたらしている。服用者の多くが眠気を感じ( sleepy )、混乱し( confused )、便通が悪く( constipated )なっている。しかし、他に何を提供できるというのだろうか?「この 20 年間、疼痛研究者は非常に憂鬱な日々を過ごしてきた」と、150 件以上の臨床試験を指揮してきた麻酔科医のトッド・バートック( Todd Bertoc )は語る。「誰もが魔法のオピオイドではないオピオイド系薬剤( non-opioid opioid )を探し求めてきた。つまりオピオイドではないがオピオイドのように作用する薬剤を待ち望んできたのである」。しかし、ついに新しい薬剤が見つかった。