How Bad Is Plagiarism, Really?
盗作は実際どれほど深刻な問題なのか?
From ancient Rome to the era of A.I., people have prized originality, but the line where influence ends and cribbing begins is notoriously blurry.
古代ローマから AI 時代に至るまで、人々は独創性を高く評価してきたが、影響を受けることと盗用の境界線は、非常に曖昧である。
By Anthony Lane March 22, 2026
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ヒューマナイズ( humanize:人間味を出すこと)したいって? 後でビールを傍らに置いて、じっくりヒューマナイズに取り組めば良い。今の時代、ヒューマナイズが非常に重視されている。その潮流に抵抗するのは難しい。さて、 課題をこなさなければならない学生で、ChatGPT にエッセイを代わりに書いてもらうことで何度も絶望感を克服した学生にとって、ヒューマナイザー( humanizer )は非常に便利なツールである。ヒューマナイザーとは、既に作成された論文等を探して、それにデジタル処理を施し、検証可能な人物から生まれたかのようにする AI ツールである。 このようなツールを提供している企業には、ステルスライター( StealthWriter )、HIX AI、クイルボット( QuillBot )などがある。もしナボコフが SF 小説を残していたら、悪役は クイルボットという名前だったろう。ハッシュポテトを作る時にフレークに牛乳などを加えて作る人なら理解できるだろう。じゃがいもを茹でて作るのは手間がかかりすぎる。いちいちそんなことをしている暇はない。
*訳者注:ナポコフが残した小説「ロリータ」の悪役がクイルティ( Quilty )であるが、もし SF 小説を書いていたらロボットを意味する接尾語” bot ”が付いてクイルボットになるという意味。
ヒューマザイザーの魅力は、実に人間らしいところにある。それらは、私たちが堕落した存在であることを許容していて、不正をする以外に選択肢がないという前提を実に素直に受け入れている。私たちは自分で考えることも、自分で文章を書くこともできないだけでなく、何をどうすべきかも分かっていない。だからこそ、私たちを苦しめないテクノロジーが誕生するのである。AI を放棄し、代わりに自分自身の知恵に頼るべきであるという考えは間違っている。そもそも AI に頼らず自分で考えることが素晴らしいという考えは論外である。それはペニー・ファージング( Penny-farthing:19 世紀後半に流行した、前輪が極端に大きく後輪が小さい自転車)に乗って、生垣の甘い香りを吸い込みながらペダルを漕ぐことを勧めるようなものである。
AI という理解しがたい新分野における最も難解な問題の 1 つは、AI と盗作の関係である。人工知能は、重り付きの網で海底のエビやヒラメを根こそぎ漁るトロール漁船と同じ様に、膨大な量のオンラインデータを収集する。両者ともに自然の生息地を顧みない点も同じである。つまり、両者はほぼ同一であると言えるだろう。チャットボットは(少なくとも現時点では)法律上の自然人とはみなされないないため、道徳的な責任は負わない。しかし、チャットボットが提供するものを自分の作品として偽ることは、盗品を扱う行為とみなされる可能性がある。少なくとも、これはアメリカの一部の堅実な大学で広く受け入れられている見解である。私がこれまでに見てきた中で最も厳格なのはサンノゼ州立大学( San José State University )である。そこのマーティン・ルーサー・キング・ジュニア博士図書館( Dr. Martin Luther King, Jr. Library )が示すアドバイスは実に明確である。「どの AI を使用するかは関係ない。AI を使って書いた論文は、すべて剽窃( plagiarism )とみなされる」。
剽窃とは何か、これまでどのようなものであったか、そしてこれからどのようなものになるのか。ロジャー・クロイツ( Roger Kreuz )は、この疑問に軽快な筆致で書かれた新著「 Strikingly Similar (未邦訳:『驚くほど似ている』の意)」で答えている。彼は、「剽窃とは他人の言葉や考え( words and ideas )を、承認や対価なしに意図的に流用すること」と定義している。言葉と考え( words and ideas )?一語では間違いなく剽窃にはならないわけであるが、では、どれくらいの量だと剽窃になるのか?あるいは、音符ならどれくらいの量なのか?クロイツは奇妙な例を挙げている。1963 年にロニー・マック( Ronnie Mack )がザ・シフォンズ( the Chiffons )に提供したヒット曲「 He’s So Fine (邦題:いかした彼)」を知っている人は多いはずである。可愛らしいシフォンズの 4 人がこの曲の冒頭の単純な下降音階の 3 小節を歌った時、この音符の順列が 1998 年まで解決しない不条理な法的紛争の核心になるとは、誰も予想だにしなかった。問題となったのは、ジョージ・ハリスンが 1970 年に発表した曲「マイ・スウィート・ロード( My sweet Lord )」である。曲中のマイ・スウィート・ロードと歌っている箇所が問題となった。マックのメロディーを想起したのか、剽窃したのか、無意識下で思い出したのか、あるいは偶然似てしまったのか、が問題となった。2 曲の雰囲気は全く異なっていた。また、元ビートルズ( Beatles )のメンバーであるハリスンはこの曲のハーモニーにヒンドゥー教のクリシュナ神を賛美するマントラを織り込んでいた。しかし、これらのことは全く判断の材料にはならなかった。被害者からすれば、曲調がヨガの雰囲気に変わっていても、メロディラインを真似されたら間違いなく剽窃と思うだろう。
ところで、誰かが勇気を出してあなたの作品を剽窃した時、あなたが受ける被害は何だろうか?あなたは肉体的には無傷である。財布やダイヤモンドのネックレス、子供を奪われるわけでもない。芸術家としてのプライドに傷がつくかもしれないが、つま先をぶつけたときほど痛くはないだろう。内心では、自分の作品が剽窃されるに値するという事実に、少しばかり得意げな気持ちになるかもしれない。おそらくそれが、ハリスンや他のビートルズのメンバーが剽窃されても全く抗議しなかった理由であろう。ザ・ジャム( the Jam )の 1980 年のアルバム「サウンド・アフェクツ( Sound Affects )」の 5 曲目「スタート!( Start! )」の冒頭に、ビートルズのアルバム「リボルバー( Revolver )」に収録されている「タックスマン( Taxman )」の鋭く切迫感のあるベースリフがほぼそのまま使われているが、ビートルズのメンバーは全く問題にしていない。ザ・ジャムのベーシスト、ブルース・フォクストン( Bruce Foxton )によれば、「意図的ではなかったが、『タックスマン』のベースラインが無意識のうちに入ってしまった」とのことである。偶然にも、フォクストンの説明は、1976 年にニューヨーク連邦地裁の判事リチャード・オーウェン( Richard Owen )が下した判決と驚くほど一致している。オーウェン判事は、ハリスンが「 He’s So Fine 」のメロディラインを使用したことは意図的なものではなかったものの、「彼の潜在意識はすでにそれを知っていた」と説明した。えっ、霊感的なものなのか?
潜在意識が大きな代償を要求することは周知の事実だが、オーウェン判事がハリスンに支払わせた金額( 200 万ドル以上)を知ったら、草葉の陰でフロイト( Freud )も眉をひそめることだろう。なお、金額は後に減額されたが、それで一件落着とはならなかった。では、似ているにもかかわらず、なぜ、ザ・ジャムは訴えられなかったのか?ビートルズは払いすぎるほど税金を払っているがお金に困っていなかったし、あからさまであろうとなかろうと、そのオマージュは当然の権利だと考えたのかもしれない。1970 年以降、ビートルズの楽曲に影響を受けていないクリエイティブなアーティストは極めて稀だった。クロイツは著書の中でザ・ジャムには触れていないが、ハリスンの剽窃騒動は詳しく解説している。決してきれいに解決されなかった騒動の核心に迫っている。クロイツの著書には次の記述がある。
無意識に時効がないとすれば、剽窃とインスピレーションとの間に明確な線引きをすることは難しくなる。
剽窃の研究で明確な基準を期待して着手する者は、上手くいかないことに衝撃を受けることになるだろう。ここは曖昧さの領域である。クロイツの著書「 Strikingly Similar 」の中で、剽窃行為が意識的で、明白で、誇らしげに際立っているのは、ごく稀である。この著書の中にヒーローがいるとすれば、それはアルフレッド・J・カーター( Alfred J. Carter )という偉大な人物だろう。クロイツによれば彼は「失業中の溶接工( an unemployed welder )」でしかないのだが、「 1949 年に、グッド・ハウスキーピング誌( Good Housekeeping )にワーズワース( Wordsworth )の詩を売り込もうとして捕まった」という。どの詩だったのかは分からない。また、なぜ同誌の堅苦しい編集者たちがそれを却下したのかも分からない。同誌の読者は水仙を魅力的な金色に咲かせるコツを切望し、家事をこなす能力の向上を目指しているのに、なぜカーターが同誌に詩を持ち込んだかは謎である。この地球上で、チキンポットパイのパイ生地ほど美しい( fair )ものはない。
*訳者注:この文言は、ワーズワースがロンドンの美しい朝景を称えた詩の冒頭 ” Earth has not anything to show more fair…(地球上これほど美しいものを見せてくれるものはない・・・)”という格調高いフレーズをパロディ化したもの。