剽窃と創作の境界線は微妙?簡単にカット・アンド・ペーストできるデジタル時代の剽窃についての考察!

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 クロイツの著書「 Strikingly Similar 」の対象範囲は副題にあるように「チョーサー( Chaucer:英国の詩人で「カンタベリー物語」が有名)からチャットボットにまで」及ぶ。しかし、重点は現代に置かれている。1753 年のエッセイで「剽窃は最も非難されるべき文学犯罪の 1 つだが、おそらく最も凶悪な犯罪ではない」と断言しながらも、剽窃を寛大な心で擁護していたサミュエル・ジョンソン( Samuel Johnson )については何も触れられていない。ジョンソンは、「理性的な人間なら誰でもほぼ同じように考える場面はたくさんあるので、意思疎通がなくても感情の一致は容易に起こり得る」と語ったとされている。その一方で、ボリス・ジョンソン( Boris Johnson )元イギリス首相について触れている。2019 年の彼のツイッターのスレッドがある弁護士の匿名ブログ記事に基づいていたとされている。我々が生きている現代では、こうしたことは度々起こり得る。

 剽窃という行為が問題となるようになった歴史的経緯は次の通りである。ロマン主義時代( the Romantic era )、すなわち「独創性」を執拗に主張する時代以前には剽窃という悪質な行為は存在しなかった。あるいは少なくとも、人々が剽窃という行為を強く認識することはなかった。それ以前は、創作活動に邁進する者が模倣( imitation )しながら進むことは、正当化されるだけでなく、ごく自然なことと考えられていた。模範となる人物を研究し、それを模倣することを学び、それによって自身の技術を磨く。そうして初めて、自ら考案した作品に取り組む資格を得るのである。その作品に先行作品の痕跡が残るのは当然のことである。

 堅苦しい説明となってしまったが、この過程が後世の私たちに、扱いきれないほどの美しい作品を大量に遺してくれたのである。一見すると、ラファエロ( Raphael )の 1504 年の油彩「聖母の結婚( Marriage of the Virgin )」は、彼の師であるペルジーノ( Perugino )が前年に描いた同じ題名の絵とほぼ同じ構図にしか見えない。何が変わったのかを見極めるには、百回以上見なければならない。よく見るとわかるのは、画面中央にいる司祭が頭を傾け、ペルジーノのシンメトリーで冷淡さの感じられる構図に活気を与えていること、司祭の後ろの神殿のアーチの下に 2 人の人物が描かれ精緻化されていることである。また、ヨセフ( Joseph )がマリアの夫に選ばれるのだが、彼のすぐ後ろで選ばれなかった求婚者の 1 人が嫉妬と怒りから膝の上で杖を折る瞬間が描かれており、緊迫感も伝わってくる。今にも杖が折れそうな感じがして、思わず構えてしまう。 なお、ペルジーノ版では、その人物は杖を弱々しく大腿の位置で曲げている。弟子に追い抜かれた巨匠ペルジーノも、同じように何かを壊したくなっただろうか?それとも、模倣のシステムが上手く機能して生まれた弟子の世紀の傑作を称賛しただろうか?それは分からないわけだが、ただ 1 つ確かなことは、彼がラファエロを訴えなかったということである。こそ泥野郎!と罵ることもなかった。

 それから時は 100 年ほど進み 1602 年になると、トーマス・ロッジ( Thomas Lodge )なるイギリス人がオックスフォード大学( Oxford University )から医学博士号を授与される。非常に旅好きな人物で、遠くブラジルまで行ったこともある。「ロザリンド( Rosalynde )」の著者でもある。このプロトノベル( proto-novel:現代の小説形式が確立される前に書かれた、小説の先駆けとなる長編物語)は非常に人気を博した。数々の出来事が盛り込まれ、船上で書かれ、1590 年に出版されたと伝わっている。現在も盛んに上演されているシェークスピアの戯曲「お気に召すまま( As You Like It )」はロザリンドの丸パクリであるが、ロッジはこのことを知っていたのだろうか?今となっては確認のしようがないのだが、この戯曲がシェイクスピア( Shakespear )の生前に上演されたという確たる証拠はない。とはいえ、この戯曲がロザリンドを剽窃していることは間違いない。確かに、シェイクスピアはタッチストーン( Touchstone )とジャック( Jacques )という登場人物を加え、恋愛の戯れを嘲笑し、幻滅感を漂わせているが、筋書きの大部分はロッジの丸パクリである。現代を生きる私たちの基準でそれは明らかな剽窃であるが、異論も認めざるを得ない。17 世紀初頭の基準は全く異なるものだったと思われる。さて、現在とどれくらい異なっていたのだろうか?

最初は卑しい手段を使い、あちこちから(ネタを)拾い集めていた。
古い芝居の改訂権を買い取っていた。
今や少しばかりの富を築き、演劇界で信用を得るようになると、
すべてを独占し、他人の知恵(ウィット)をあたかも自分のものかのように振る舞っている。

 これはベン・ジョンソン( Ben Jonson )の「詩の剽窃者へ( On Poet-Ape )」というソネット( sonnet:14 行詩)の一部である。この詩はシェイクスピアが没した 1616 年に発表された。この詩がシェイクスピアについて書かれたものかどうかは学術的な議論の的となっているが、怒りの感情が込められているようである。ジョンソンは剽窃者だけでなく、彼らの欺瞞を鵜呑みにする世間も愚かであると批判している。鈍感で口を開けている聞き手( sluggish gaping auditor )と称して軽蔑の矛先を向けている。どうやら当時でも現在と同じように不満を持ち苛立っている者が少なからずいたようである。この 30 年後、1646 年にサー・トーマス・ブラウン( Sir Thomas Browne )が論文「荒唐世説( Pseudodoxia Epidemica )」を残している。ブラウンは辛辣な要求を発している。「他人の羽根で自分を飾って満足している者が何と多いことよ。私はそうしたことは真に慎むべきであると信じている」と述べ、私たちが対処しているのは迷惑な流行ではなく、人間の本性の奥底に根を張った欠点であると指摘している。「剽窃は活版印刷の普及とともに生まれたのではなく、それが困難だった時代に始まった」と彼は書いている。

 こうした不満の声も存在していたことを考慮すると、認識を改める必要があるかもしれない。剽窃に難癖をつけ、それを敬虔な模倣として片付けようとしない、いささか神経質な人々は昔から存在していたようである。AI によって助長される現代の剽窃をめぐる不安に満ちた雰囲気を、私たち特有のものと考えるのは間違いだろう。AI というテクノロジーは前例のないものかもしれないが、人間の気質は昔から変わっていないはずである。健全な視点を得るために、少し時代を遡ってみるのも良いだろう。ロバート・マクファーレン( Robert Macfarlane )の 2007 年の著書「 Original Copy: Plagiarism and Originality in Nineteenth-Century Literature (未邦訳:オリジナル・コピー‐ 19 世紀文学における剽窃と独創性)」は、後期ロマン主義の精神を鮮やかに描き出している。あるいは、より古い時代のことを知りたいのなら、スコット・マクギル( Scott McGill )の 2012 年の著書「 Plagiarism in Latin Literature (未邦訳:ラテン文学における剽窃)」をお勧めする。この本を読めば、現代の剽窃者とその敵対者たちが、いささか物足りなく思えるだろう。クィントゥス・オクタウィウス・アウィトゥス( Quintus Octavius Avitus )という人物の執念深さに私は感動した。彼は、ウェルギリウス( Virgil )がいかに常習的な剽窃者であったかを示すために 8 巻もの著作を費やしたという。ウェルギリウスにとっては、とんだ災難だった。一方、歴史家のサッルスティウス( Sallust )は、レナエウス( Lenaeus )という人物によって「 lastaurum et lurconem et nebulonem popinonemque 」と揶揄された。このラテン語の意味はマクギルによれば、「男娼、大食漢、悪党、酔っ払い」だという。しかし、これらの言葉は最悪のものではなかった。最悪だったのは、彼が剽窃者だったことである。