トランプ政権がファイザーと交わした薬価引下げに関する合意は無意味!!患者の恩恵は皆無?

The Financial Page

Donald Trump’s Big Pharma Showdown Ends with a Whimper
ドナルド・トランプの製薬大手との対決は、弱々しく終わった

By John Cassidy October 6, 2025

 ドナルド・トランプ( Donald Trump )とバーニー・サンダース( Bernie Sanders )の意見が一致することはごくごく稀である。しかし、製薬会社が処方薬に法外な価格にすることで長年にわたりアメリカ国民を搾取してきたことに関してだけは、両者の意見は一致している。「アメリカ国民は搾取されている。看過できることではない。国民が我慢しなくてもよいようにしなくてはならない」とトランプは 2 月の就任式で述べた。5 月には、製薬会社がアメリカでの販売価格を他国と同水準にしない場合、大統領令( executive order )を出して価格を引き下げさせると主張した。サンダースは声明で、「私はトランプ大統領に賛成である」と述べる。「アメリカ国民が処方薬を世界で最も高い価格で購入していることは、憤慨すべきことである」。

 価格統制導入の脅しに加え、トランプ政権は医薬品とその原料(その多くは海外から輸入されている)への関税導入の準備を進めていた。ウォール街では、そうした措置の影響は少なくないという判断が幅を利かせていた。昨年 11 月にトランプが大統領選に勝利してから 4 月初旬までの間、株式市場全体は絶好調であったが、医薬品株は平均で約 20% 下落した。それも遠い昔の話になった。先週、トランプはファイザー( Pfizer )の CEO アルバート・ブーラ( Albert Bourla )と並んで、政府運営の医薬品直販ウェブサイト「TrumpRx 」の開設計画を発表した。トランプは 2026 年初頭の開設を目指していると主張する。この直販サイトでは、ファイザー社の一部医薬品が最大 85% 引きで販売されるという。ホワイトハウスの発表によると、トランプ政権と売上高世界第 4 位の製薬会社ファイザーは、「アメリカの医薬品価格を他の先進国が支払っている最低価格、いわゆる最恵国待遇価格( the most-favored-nation price )、MFN 価格に合わせる」ことで合意したという。これは製薬会社にとって悪いニュースではないだろうか?しかし、巷の投資家はそうは考えていない。ファイザーの株価は 2 日間で 14% も急騰した。他の製薬会社の株価も、同様の合意が成立するとの見通しから大幅に上昇した。先週末( 10 月 30 日)までに、S&P ファーマシューティカルズ・セレクト・インダストリー・インデックスは昨年 11 月につけた最高値を更新した。

 ファイザーとの合意を詳しく検証すると、トランプ氏が単なる「張り子の虎( a paper tiger )」に過ぎないことが分かる。「大したことではない( It’s a lot of nothing )。ほとんどの人にとって、薬価引き下げの恩恵は無い」と、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院( Northwestern’s Kellogg School of Management )のヘルスケアプログラムディレクターのクレイグ・ガースウェイト( Craig Garthwaite )は語る。ボストン大学クエストロム経営大学院( Boston University’s Questrom School of Business )のバイオ医薬品業界の専門家でエコノミストのレナ・コンティ( Rena Conti )も同様の評価を下している。「要するに、ファイザーにとっての勝利であり、アメリカ国民にとっての勝利ではないのである」。彼女は、この合意は薬価と流通を根本的に改革するどころか、表面的で些細なことでしかないと指摘する。

 アメリカの製薬業界は実質的に現状維持を勝ち取れたわけで、大手製薬会社( Big Pharma firms )の大勝利といえる。業界誌ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション( the Journal of the American Medical Association )に掲載された論文によると、S&P500 の他の業界の企業の純利益率が 7.7% であるのに対して、大手製薬会社の純利益率は 13.8% である。何年も前のことだが、私は有名な製薬会社の上級役員に、なぜワシントンであれほど多くのロビイストを雇用しているのかと尋ねたことがある。彼は、まるで私が世間知らずであるかのような表情をした後、この業界の収益の大半がアメリカで生み出されていると説明した。利益はさらにアメリカで得られる比率が高いという。イギリスやフランスなど他の国では、製薬会社は、政府管掌、もしくは単一の医療保険機関と価格交渉せざるを得ない。それらは交渉力が非常に大きいのである。しかし、アメリカには国民皆保険制度がない。その上、最大の公的医薬品購入者となっているメディケア( Medicare )は製薬会社との交渉を法的に禁じられている。だから、製薬業界ははるかに高い価格を維持することができるのである。この特権的な地位を維持するために大勢のロビイストに大金を払うことには十分な価値がある。

 政治資金を追跡する公益団体オープン・シークレッツ( OpenSecrets )のデータによると、1998 年から今年半ばまでに製薬会社はロビー活動に 63 億ドル以上を費やしている。この間の薬価に関する最も重要な改革は 2022 年インフレ抑制法( the Inflation Reduction Act of 2022 :略号は IRA )である。これによりメディケアは製薬会社と価格交渉する権限を与えられた。これは非常に大きな前進である。しかし、交渉で下げた価格が適用されるのは 2026 年からであるし、当初は数千種類ある処方薬のうちわずか 10 種類のみが対象である(その後の数年間でその数は増える予定である)。トランプが本当に製薬会社に立ち向かう決心をしているなら、この取り組みの急速な拡大を強く求めるはずである。しかし、そんなつもりは無さそうである。万が一、彼がそう望んだ場合、必要な新法案を成立させるために議会共和党を取りまとめる必要がある。それはとてつもなく難易度が高い。インフレ抑制法は民主党政権時に可決されたものであるが、共和党議員は誰一人として賛成していない。

 薬価引き下げのための改革は何も行われていない。行われたのは、ファイザーとの合意と、TrumpRx の導入である。これが目玉である。今回の合意に関するプレスリリースで、ファイザーはプライマリケア医薬品( primary-care medication )の多くを定価の半額程度で提供すると主張している。この恩恵は大きいように思える。が、一部の製薬業界に詳しいアナリストが指摘しているとおり、アメリカ人の約 90% が処方薬を医療保険を通じて購入している。こうした人たちにとっては、従来の方法で処方薬を入手し、自己負担分を支払う方が安価になる可能性が高い。ガースウェイトは、TrumpRx を通じて薬を購入することで恩恵を受ける可能性があるのは、極めて少数だと指摘する。保険に加入していない人だけが対象だからである。一方で、多くの薬は依然として法外な価格のまま据え置かれる。コンティの試算によると、ファイザーが関節炎( arthritis )などの炎症性疾患( inflammatory diseases )の人気治療薬であるゼルヤンツ( Xeljanz )を 40% 割引で提供すると発表したとしても、患者は年間 1 万 5,000 ドル以上を負担することになるという。

 トランプ政権が示唆するとおり TrumpRx が来年稼働するとしても、それによって製薬会社が販売する製品の大部分の価格が変わるわけではない。ウォール・ストリート・ジャーナル紙( the Wall Street Journal )が政権関係者の発言を引用しているのだが、 TrumpRx は実際には医薬品を一切販売しないと推測されている。代わりに、消費者直販ウェブサイトに誘導されるだけで、そこで医薬品を購入することになるという。アメリカン・プロスペクト( the American Prospect )誌のデイビッド・デイエン( David Dayen )は、「 TrumpRx は単に高価格に対する患者の怒りを避けるための、製薬業界の最新の戦略に人々を誘導するだけである」と痛烈に批判している。

 今回の合意によりアメリカの医薬品価格が他国と同水準の低価格になるとするトランプ政権の主張も検証が必要である。合意文書の詳細を紐解くと、ファイザーが低価格を保証するのは、低所得層向けの公的医療制度であるメディケイド( Medicaid )を通じて購入される医薬品のみとなっている。しかし、メディケイドは州ごとに運営されており、既に定価から大幅なディスカウントを受けている。コンティは、2021 年の論文を引用し、これらのディスカウントが小売価格の 65% に相当すると指摘する。ファイザーの合意が他の製薬会社にも適用されれば、メディケイドの割引がさらに拡大する可能性がないわけではない。しかし、各製薬会社がメディケアや民間医療保険に請求する価格が下がるわけではない。

 ファイザーとの合意におけるもう 1 つの、そして明らかにより重要な事項は、この合意には「ファイザーが市場に投入するすべての革新的な新薬に最恵国待遇価格を保証する」効果があるとするトランプ政権の主張である。ランド研究所( the RAND Corporation )が昨年実施した調査によって、アメリカの先発医薬品( brand-name-drug )の価格は平均して他の先進国の 4 倍以上であることが明らかになっている。調査方法によって、さらに価格差が大きくなる可能性もあるという。今年 5 月のホワイトハウスでのイベントで、トランプが友人の 1 人から聞かされたのだが、ニューヨークで 1,300 ドルの肥満治療薬がロンドンでは 88 ドルで販売されている。

 しかし、トランプ政権とファイザーとの合意事項は機密事項であるため、ホワイトハウスがどのようにしてアメリカ国内の薬価を引き下げるかは依然として不透明である。ファイザーはプレスリリースで、「イノベーションの価値を継続的に認識しつつ、アメリカおよびその他の先進諸国における販売価格が妥当かつ持続可能であることを確保する、バランスの取れた世界的な価格設定アプローチを確立した」と述べている。私が話を聞いた専門家の多くは、このコミットメントを懐疑的に見ている。「この合意では、実際に何をするのかが明確に示されていない」とガースウェイトは指定する。「合意内容を精査しようにも、プレスリリースの他に資料は無い。私の推測では、ファイザーは新薬を全世界で同じ定価にすることに合意している。しかし、実際には各市場で個別の交渉があるわけで実際の納価はバラバラになる。つまり、全世界で実勢価格が同じになると言っているわけではない」。コンティが指摘しているのは、今回ファイザーが結んだ合意を他の大手製薬会社が結んだ場合、製薬会社の多くはアメリカでの販売価格を下げるのではなく、他国での販売価格を上げる可能性が高い。「これは実際に、ここ数年、製薬業界で議論されてきたことである」と彼女は語る。

 要するに、ファイザーが表向きは価格で譲歩したように見えるが、実際の効果はかなり少ないのである。見返りとして、同社はトランプ政権が先発医薬品や特許薬の輸入に課す最大 100% の関税を 3 年間免除される。この関税は 10 月 1 日に発効予定だったが、現在は一時停止されている。世界的なサプライチェーンを持ち、ヨーロッパだけでも 10 以上の製造工場を持つファイザーからすれば、トランプ関税を逃れたことは大きな勝利である。「関税と薬価引下げという、製薬業界の株価を歴史的な低水準に押し下げてきた 2 つの重要な分野において、必要な確実性と安定性を担保できた」と、ファイザーの CEO のブーラは述べる。彼は、自分は良い取引をしたと確信しているに違いない。多くのアナリストや投資家も同意見のようである。たしかにそのとおりである。♦

以上