ショック!4月米雇用統計(5月7日発表) 市場予想から大きく乖離!しかし、全く悲観する必要はない!

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Don’t Panic Over One Weaker-Than-Expected Job Report
雇用統計が市場予想を大きく下回りましたが、パニックに陥る必要などありません。

Many indicators point to the economy continuing to rebound strongly from the pandemic. So why did the pace of hiring fall in April?
多くの経済指標が、米国経済がパンデミックから力強く回復し続けていることを示しています。では、なぜ4月の雇用者数が市場予想を下回ったのでしょうか?
By John Cassidy  May 8, 2021

 米国労働省が毎月発表する雇用統計は、世界中の経済指標の中でも最も注目度の高い指標だと言われています。投資家も経済学者も政府関係者もこぞって、米国経済の動向を把握すべくその数値を注視しています。しかし、実際には雇用統計は米国経済の動向を示す指標として信頼できるものではありません。2016年5月の雇用統計の数値は、ドナルド・トランプが大統領選挙活動をしていた頃ですが、非農業部門雇用者数(NFP:Non Farm Payroll)は前月比でわずか3万8,000人の増にとどまりました。トランプはその数値に反応して、米国経済は悲惨な状況にあると指摘しました。当時の共和党全国委員長ラインス・プリーバスは、その数字はオバマ政権の失政を示すものだとして非難しました。しかし、雇用統計の数値が悪かったのはその月だけでした。続く、6月、7月の雇用者数はいずれも前月比25万人以上の増となりました。

 統計的に見ると、雇用者数という指標はブレが大きいのです。時として根底にある経済のトレンドを正しく反映せず、数字が暴れることも多々あるのです。そうしたことはウォール街では、長い間認識されてきました。数年前、私は著名投資家のビクター・ニーダーホッファーに関する記事を書いたことがありました。ニーダーホッファーは主として商品先物相場に投資していました。リスク志向の高い人物で、投資家というよりはむしろ勝負師とか投機家と呼んだほうが相応しいかもしれません(訳者注:ニーダホッファーは世界一の投資家と称えられたが、1997年アジア通貨危機で大敗し、彼のファンドも破産に追い込まれた)。そんな彼でも、安全対策を講じていて、毎月、労働省が雇用統計の発表をする少し前に、彼は保有しているほとんどのポジションを手仕舞っていました。彼が言っていたのですが、雇用統計の数値を正確に予測することは非常に難しく、予測を基に投資をするということも不可能でした。私は、5月7日(金)の朝、労働省から4月の雇用統計が発表され、非農業部門雇用者数が前月比26.6万人増にとどまったというニュースを聞いた時、ニーダーホッファーのことを思い出しました。

 4月の雇用者数は予想外の数字となりました。毎月の雇用統計で予想外の数値が出ることはよくありましたが、エコノミストがここまで見事に予測を外すのは珍しいことです。ウォール街のエコノミストの予想、市場コンセンサスは100万人程度の増でした。ゴールドマンサックスは130万人増、モルガンスタンレーは125万人増と見込んでいた。大幅に予測を下回ったことについて、市場関係者の間からは様々な意見が出ています。労働力を確保するのに苦戦していると訴える企業経営者が沢山います。また、産業界(特に外食産業)は、連邦政府にコロナ救済策として失業給付の上乗せ(週300ドル)を支給するのを取りやめるよう要望しました。全米商工会議所はプレスリリースを出しました。内容は、雇用統計が下振れしたのは充実した失業手当が原因であり、それが人々の就労意欲をそぎ、結果として人手不足を招いているというものでした。一部の与党民主党議員は、本当の問題は適切な育児支援策が為されていないことであり、それが原因で復職できていない育児中の親もいると主張しました。そうした主張の最たものはエリザベス・ウォーレン上院議員が出した声明です。彼女は声明で「雇用統計の数値が現実を如実に表しています。4月に女性の勤労者数は前月から8,000人減りました。全体では64,000人が失業しました。」と述べました。また、下振れした原因はコロナ感染が続いていることで仕事に戻ることを躊躇している人がいることにあるとするエコノミストもいました。

 何が起こっているのか理解したいと思ったので、私は、オックスフォード・エコノミクス社(コンサルタント企業)の米国担当チーフエコノミスト、グレゴリー・ダコに電話しました。彼は、5月7日の雇用統計の発表前に、市場コンセンサスほど数字が良くない可能性があると警告を発していた数少ないエコノミストの1人です。雇用統計発表の前日、5月6日(木)にダコはツイッターに「市場予測ほど良い数字でない可能性が高い。」と記していました。また、彼は、経済は夏に向かって順調に回復しており、4月は一旦息継ぎをしただけで、雇用市場はこの先もしばらくは堅調に推移するだろうと記していました。ダコは今後もしばらくは労働市場は堅調で雇用統計は良い数字が続くと予測していましたが、実は雇用統計の数値をあまり重要な指標とは見なしていませんでした。彼は言いました、「雇用統計の数値というのは非常にブレが大きく、経済状況を正確に反映しているわけでもありません。ですので、その数字に一喜一憂したり振り回されるべきではないのです。ある月の雇用統計の数字が良いから景気が良くなるとか、それが悪いから景気が悪くなるということはないのです。雇用統計の数値は月ごとに出入りが激しいのです。単月ではなく、もう少し長いスパンで見るべきです。夏の3カ月で見れば、雇用者数は100万人以上増えるでしょうし、上振れすれば200万人以上増えるかもしれません。」と。

 ダコのそういった予測を聞くと景気の先行きは決して暗くないようでホッとします。また、実際にさまざまな経済指標を見ても先行きは暗くないようです。2021年度第1四半期(1~3月)の米国のGDP(国内総生産)は、米商務省の速報値によれば、年率換算で6.4%の成長でした。3月の米小売売上高(季節調整済み)も前月比9.8%増となっていました。また、3月の米消費者信頼感指数は109.7となり、新型コロナウイルス感染拡大によるパンデミックが始まった2020年3月以降で最も高くなりました。これらの数字は、米国の現在の経済状況を示していると言えます。米国では成人の約45%が少なくとも1回以上ワクチン接種を受けています。ニューヨーク州やカリフォルニア州などの多くの州では、経済活動の制限が緩和されつつあります。また、直近で3回目となる新型コロナ対策の現金給付(1人あたり1,400ドル)が始まっており、多くの世帯の家計を潤しています。要するに、景気は依然として回復基調にあり、全く腰折れしていないのです。では、なぜ4月の雇用者数は市場予想を大きく下回ったのでしょうか?

 ダコは、雇用者数が市場予測を下回ったのは、失業保険給付の上乗せの延長などさまざまな要因があると指摘しました。(ある調査によれば、上乗せのおかげで、失業保険の受給者の半数は、失業前の給料より失業給付金の方が多くなっていました。)ダコは、他の要因として、育児支援策が不足していることや、コロナ感染リスクを恐れて職場復帰を躊躇している人が多いこと等を挙げました。そうした要因が重なって、積極的に求職する者の数が減りました。雇用が増えなかったのは、サプライ・サイドの問題、労働力の供給が不足したことが原因でした。しかし、ダコは、労働力のデマンド・サイドにも問題があり(需要が少なかった)、むしろこちらの方の影響度が高かったのではないかと指摘しています。彼は、労働力を求める需要が少なかったのは、多くの企業経営者が景気の先行きに対する警戒感があって、早期に大量に雇用者を増やすことを回避したことが原因だと指摘していました。彼は言いました、「レストランを再開する場合を考えたらわかることです。誰もいきなり大量に人を雇ったりしません。まず最初は数人の労働者を雇って、当面はそれで足りるか足りないか様子を見るはずです。それで、人数が足りないと判断したら、さらに人を雇って人数を調整するはずです。」と。この推測、最初に少人数を雇って必要に応じて徐々に人数が増えるという推測は、業界ごとの雇用者数の推移を分析すると正しいことが分かります。3月には、飲食業界の雇用者数(季節調整済み)は約10万人増えました。5月7日に発表された4月の数値を見ると、さらに18万7千人増えました。それでも、飲食業界の雇用者数は、2020年2月と比べるとまだ280万人も少ないのです。同様の傾向は、小売業など他の業界でも見うけられます。小売業界では3月には雇用者数2万3千人増加しましたが、4月には1万5千人減りました。

 重要な問題は、雇用者数の伸びの鈍化が一時的なものなのか、そうでないかということです。2020年の2月から4月の間、ロックダウンが始まったため、アメリカの労働力化率(生産年齢人口(15歳~64歳)中に占める労働力人口(雇用されているか休職中の者)の比率)が63.4%から60.2%に低下しました。3か月でそれほど低下したことは過去にはありませんでした。それ以降、労働力化率は回復し続けて61.7%になりました。新型コロナで減った労働力人口のほぼ半分がようやく戻った恰好です。パンデミックが収束しつつあるとはいえ、2020年に職を失った者の多くが再就職していないということです。しかし、現時点で再就職していない人が多いということは、そんなに心配すべきことではないのです。感染者数と入院者数が減少し続ければ、人々のウイルスに対する警戒感も少なくなるはずです。完全に再開される学校も増えていくでしょうし、そうなれば育児支援策が不十分であるということも問題ではなくなるでしょう。連邦政府による失業給付の上乗せも9月で終了する予定です(いくつかの共和党が政権を握っている州では早期に打ち切られる可能性があります)。それまでは、多くの企業経営者は必死に新たな従業員を探すしかないでしょう。ダコの分析によれば、結局のところ、求人が多い状況が続くので、求職者の多くが職を得ることとなり雇用者数は増えるでしょう。そうして雇用者数が増え続けるとすると、ダコの計算によれば、2021年に雇用者数が800万人増えると予想され、年末には失業率は4.3%まで下がるでしょう。

 とはいえ、経済予測というのは種々の要因によって大きく外れることも多々ありますから、ダコの推定した数値は楽観的過ぎるのかもしれませんし、逆に悲観的過ぎるかもしれません。しかし、どんな結果になったとしても、ダコが主張したこと、雇用統計の単月の数値はあまり重要視すべきでは無いということは覚えておいた方が良いでしょう。重要なのは数か月間の傾向です。5月7日(金)に大統領経済諮問委員会が指摘したように、2月から4月の3か月で雇用者数は1月当り52万4千人増えました。その数字は、景気がパンデミックから力強く回復していることを示しています。労働省が来月(6月)に5月の雇用統計を発表しますが、雇用者数増の傾向は続くと思われるので、非常に良い数字になるのではないでしょうか。しかし、たとえ良い数字が出たとしても大胆な投資行動をとるようなことは控えた方が良いでしょう。新型コロナのパンデミックが発生して以降、米国では各種の経済指標で何度も異常な数値が出ています。現状ではそういったことが絶対に起こらないとは言えない状況です。

以上