The Terrifying Collapse of Damar Hamlin and the Everyday Violence of Football
ダマー・ハムリンの心停止はアメフトはリスクが高いスポーツであることを再認識させた
Hamlin’s cardiac arrest has shown us again what we always should have seen about the risks of America’s most popular sport.
ハムリンの心停止は、アメリカで最も人気のあるスポーツの危険性が高いことを再認識させました。
By Louisa Thomas January 3, 2023
それは通常のタックル、通常の当たりで、アメリカンフットボールの大一番では普通に見られるプレーでした。全米にテレビ放映されたマンデーナイト(1月2日の夜)の試合、シンシナティ・ベンガルズとバッファロー・ビルズというNFLきっての強豪チーム同士の対戦でのことでした。その時、ビルズのセーフティー(ディフェンスのポジション)のダマー・ハムリン(Damar Hamlin、24歳)が相手選手と接触した後、一旦起き上がりはしたものの、一拍おいて、直立不動のまま後ろに倒れました。心停止に陥ったのです。チームメートが彼を取り囲む中、フィールド上で医療チームが除細動器を使って心肺蘇生を行い、再び心臓が拍動しました。チームメートたちは涙を流し、ひざまずき、手を取り合って祈りました。倒れてから約16分後にハムリンは救急車で病院に運ばれましたが、現在も危篤状態にあります。フィールド上のチームメートは動揺を隠せず、涙を流し、頭を抱える選手もいました。NFLはこの試合は続行不可能と判断し、正式に延期すると発表しました。
通常、アメリカンフットボールでは、プレーを続けることが優先されます。選手が足を骨折して、その選手が足を引きずっていても、試合は続行されます。選手が脳震盪を起こしてその選手が多少ふらついていても同様ですし、首の骨を折って運び出されても同様です。そういう点では、アメリカンフットボールはとても暴力的です。暴力的で迫力満点であるのがこのスポーツの本質であり、特徴でもあります。迫力満点な真剣勝負であるがゆえに、賭け事の対象となり得たわけですし、スリルや迫力が感じられ、多くの観衆を引き付けているのです。しかし、そこには越えてはいけない一線があります。リスクがあることを承知でプレーしている選手たちにとっても、それを称賛するファンにとってさえも、絶対に越えてはならない一線があるのです。2日に行われたマンデーナイトの試合は、その一線を越えてしまいました。グランドにいた選手たちやコーチたちの表情から明らかなように、試合続行は全く考えられませんでした。「試合再開に向けたウオームアップの話をするなど、われわれの脳裏をよぎりもしなかった。」とトロイ・ヴィンセント(Troy Vincent)は試合後に記者団に語りました。彼は、現在はNFL運営部門取締役副社長です。コーナーバックとしてプレーした経験もあります。彼は記者団に逆に質問をしました、「このようなトラウマになるような出来事がリアルタイムで目の前で起こった後、どうやってプレーを再開するのですか?」と。
その問いは非常に的を得たものだと思われます。たしかに、このようなトラウマになるような出来事を目の当たりにした後、どうやったらプレーを再開できるのでしょうか?今、最も重視しなければならないのはハムリンの生命です。また、それから、彼の世話をする人たちと彼が崩れ落ちるのを見た人たちのメンタル面のフォローをすることも重要です。現在、支援の輪が広がっています。10万以上の人たちから1晩で300万ドル以上が元々ハムリンが運営していた基金に寄せられました。この基金はもともと2020年にハムリンが生まれ故郷であるピッツバーグのコミュニティに向けたトイドライブ(おもちゃの寄付)のためにGoFundMe(ゴーファンドミー)上で立ち上げたものです。
10年ほど前、NFLは頭部の怪我が破壊的な影響を与えるとの懸念から、厳しい監視下に置かれました。当時、アメリカンフットボールのイメージに大きな変化があったように思われます。それで、この競技を新たに始める子供の数が減少しました。アメリカンフットボールの記事が新聞の一面を飾ることもありましたが、訴訟や議会による調査などを報じるものばかりでした。また、ウィル・スミス主演の映画(コンカッション:NFLの選手たちと慢性外傷性脳症との関連を発見した医師の実話)も話題となりました。残念なことに、NFLの選手によるDV(家庭内暴力)、スキャンダル、鎮痛剤中毒なども散々報じられました。それでも、このスポーツの人気はほとんど衰えていないのです。
いや、むしろアメリカンフットボールの人気は高まっています。テレビ放映権料も大きく上昇しました。今シーズン、NFLの開幕節の試合の平均視聴者数は1,800万人を超えていました。サンクスギビングデーの日の試合の視聴者数は4,200万人でした。スーパーボウルの視聴者数は、全米で1億人を超えることもあります。NBCの人気番組のNBCサンデーナイトフットボールの2021年の平均視聴者数は1,930万人で、スポーツ番組以外で最多視聴者数を誇ったNCIS(ネイビー犯罪捜査班) の約2倍でした。いろんなスキャンダルが発生しても、NFLの全米一のエンターテインメントとしての地位は揺らいでいないのです。それゆえに、NFLの放映権料を獲得するために、テレビ局とストリーミングサービス提供企業が今後10年間で合わせて1,300億ドルもの巨額を支払っているのです。
過去10年間、NFLは試合をより安全なものにするために苦心してきました。新しいルール、新しい技術、新しい器具がいくつも導入されました。そうした取り組みをしていることを散々宣伝してきたことは、神経質なファンをなだめて繋ぎとめておくことが目的だったことは間違いありません。というのは、一部のファンは、バスケットボールやサッカーを観戦するのは比較的安全であり、道徳的な問題が少ないと考えていたからです。しかし、NFLの安全に対する取り組みの多くは、本当に選手の安全を最優先したいという本心からのものであったことも間違いありません。NFLに関与する者の全てが、マンデーナイトゲームでハムリンに起こったようなことを2度と目にしたくないはずです。
アメリカンフットボールが安全なスポーツに変わることは不可能ではありません。実は、そうしたことは以前にもあったことです。20世紀初頭には、アメリカンフットボールの試合で選手が驚くほどの頻度で死亡していたのです。ユニオンカレッジ(Union College:ニューヨーク州スケネクタディにある大学)の選手がニューヨーク大学(New York University)の選手にタックルしようとして頭を蹴られて死亡した時には、このスポーツを非合法化しようという動きが起こりました。アメリカンフットボールを安全なものに変えることによって救おうと考える人たちも多かったのですが、テディ・ルーズベルト(Teddy Roosevelt)大統領もその中の1人でした。アメリカンフットボールのルールに危険を取り除くべく様々な改定が加えられました。その際に、前方へのパスも禁止されました。
しかし、今すぐにそれに近いルールの劇的な変更が為されるとは思えません。フラッグフットボールの人気は高まっており、NFLもその普及に尽力しています(オールスターゲームのプロボウル(Pro Bowl)を、ヘルメットやプロテクターを装着して行うアメリカンフットボールのゲームから、防具なしでコンタクトが無いフラッグフットボールへ22年から変更した)。しかし、ファンや選手が認めようと認めまいと、アメリカンフットボールの魅力の1つは、肉弾戦による迫力であることに変わりはありません。ハムリンが心停止に陥ったことで、アメリカンフットボールで常に肉弾戦が行われていることは、リスクと隣り合わせであるということが再認識されました。結局のところ、今回の事故はルールどおりに行われた試合の中で起きたわけで、ルールを変えない限りいずれ同じようなことがまた起こるわけです。彼は、これまで数え切れないほどやってきたことをしただけで、我々も普通に幾度となく目にしてきたプレーでした。誰も反則を犯さず、誰も悪意のあるプレーをしなくても、残念ながら、今回のような事故が発生してしまう可能性はゼロではないのです。♦
以上
- 1
- 2