Ukraine Dispatch ウクライナ紛争が米国経済に与える影響は軽微!しかし、長引くと結構やばい!

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How Big a Threat to the U.S. Economy Is the War in Ukraine?
ウクライナ紛争は米国経済にどれほど大きな影響を及ぼすか?

There are more important things than inflation, such as defending democracies. But the longer the war goes on, the bigger the economic costs are likely to be.
民主主義に対する脅威を取り除くことは、インフレ抑制よりも重要なことです。しかし、紛争が長引けば、経済的コストは計り知れないほど大きくなるでしょう。

By Robin Wright March 7, 2022

 3週間前にウラジーミル・プーチンがウクライナへの侵攻を開始した際には、多くのエコノミストが、22年に入ってからも各種指標で強さが示されている米国経済への影響は限定的だろうと言っていました。ムーディーズでチーフエコノミストを務めているマーク・ザンディは言っていました、「ロシアの侵攻が米国経済に与える影響は、ほんのわずかなものでしょう。」と。しかし、そうした見立ては見直されました。先週の後半には、ゴールドマン・サックスの経済分析チームは、米国の2022年の経済成長率の見通しを発表していました。1.75%と予想されています。また、ゴールドマン・サックスは、2022年には20〜35%の確率で米国が景気後退に陥る可能性があるとの予測を出しました。景気後退の定義は、2四半期連続でGDP成長率がマイナスに陥ることです。

 見通しが変更されたのには、いくつかの要因があります。それは、ロシアによるウクライナ侵攻が長引きそうなことや、米国と西側同盟国がプーチンを封じ込めるべくロシアに対して前例のない規模の経済制裁を行っていることや、原油価格が1バレル110ドルを上回り今後さらに上昇する可能性があることなどです。米国自動車協会(AAA)の調査によれば、ガソリン価格は全米平均で1ガロン4.33ドルまで上昇しています。カリフォルニア州の一部では7ドルを超えたところもあるようです。エネルギーコストの上昇は、米国経済に対する税のようなものです。他の商品やサービスに対する需要を押し下げる効果があります。また、消費者物価指数を押し上げます。インフレ率は、この40年間で最も高い数値を記録しています。2月のインフレ率は7.9%でした。ウクライナ紛争が始まって以降、ガソリン価格が高騰しています。そのため、3月のインフレ率は8%以上を記録する可能性があります。

 ロシアのウクライナ侵攻を経済的な視点で見ると、短期的には”negative supply shock”(負の供給ショック)が懸念されます。負の供給ショックとは、生産量を減らし、物価を上昇させ、総供給曲線を左方向にシフトさせることです。ウクライナ国外に紛争が拡大しなければ、この負の供給ショックによって米国経済が大きく落ち込むことはないでしょう。米国経済は、2021年には原油価格が大きく上昇しましたが、力強く成長していました。しかし、2022年の米国経済は、下振れするリスクが全く無いわけではありません。ロシアのウクライナ侵攻による供給ショックの影響が少なからずあるわけですし、新型コロナのパンデミックによる世界規模の供給ショックもあるわけです。多くの工場が閉鎖され、世界規模でサプライチェーンが混乱しています。中古車からフライドチキンまで、あらゆるものの価格が上昇しています。現状では、景気を下押しする要因がたくさんあるわけです。それで、現在の状況を1972年になぞらえる人も少なからずいるようです。1972年といえば、石油ショックの年で、原油価格の高騰によって物価上昇圧力が高まってスタグフレーションと景気後退に直面しました。バークレイズの経済分析責任者のクリス・ケラーが先週指摘していたのですが、ロシアのウクライナ侵攻は、全世界にスタグフレーションを引き起こす可能性があるそうです。また、彼は、ヨーロッパがその影響を最も受けるだろうと指摘しています。しかし、米国も決して影響を受けないわけではありません。

 ロシアがウクライナに侵攻するずっと前に、FRBのジェローム・パウエルや他の理事たちは、インフレ率急上昇の脅威が顕在化しているとして、新型コロナパンデミック対応として行っていた金融刺激策の一部を解除することを決定していました。今週予定されている政策決定会合では、彼らはFFレート(フェデラル・ファンド金利)を0%から0.25%に引き上げる予定です。FFレートの引き上げは、2018年以降では初めてのことです。歴史的に見れば、引き上げられたとしても、FFレートは0.25%で非常に低い水準です。しかし、市場予想では、2022年中に6回の追加利上げが行われると予想されています。政策決定会合毎に追加利上げが行われると予測されているのです。FFレートが上昇すると、住宅ローンや自動車ローンなど、他の金利も上昇する可能性が高いでしょう。FRBが意図しているとおり、借入コストが上昇するでしょう。そうすれば、経済支出が徐々に抑制されていきますので、インフレ率は低下することとなるでしょう。しかし、そのように上手く軟着陸できる保証はどこにもありません。過去にFRBがインフレ抑制のために金利を引き上げたことは何度もあります。毎回ではないとはいえ、それによって景気後退が起こったこともあるのです。

 ロシアのウクライナ侵攻の影響によって、FRB が米国経済を軟着陸させる難易度が非常に高くなってしまいました。2022年になって、新型コロナのパンデミックによるサプライチェーンの不具合の大部分は改善しているように見えました。また、多くのエコノミストが、インフレ率のピークは2月か3月で、その後は急激に下がるだろうと予想していました。しかし今、その予測には疑問が投げかけられています。先週、2月の消費者物価指数が発表されました。いくつかの分野では、インフレ率の上昇が緩やかになっています。インフレ率が下がり始めている分野もいくつかあります。例えば、中古車や中古トラックの価格は過去12ヶ月で40%以上も上昇していましたが、2月には0.2%低下していました。

 ウクライナ情勢や原油高騰といったリスク要因が顕在化しているにもかかわらず、2月の消費者物価指数の数値を見てインフレ率の上昇はピークを越えつつあると認識しているエコノミストも少なからずいるようです。彼らは、インフレ圧力はまもなく弱まり始めるだろうと楽観視しているようです。パンテオン・マクロエコノミクスのチーフエコノミストであるイアン・シェファードソンは、次のように述べていました、「3月の中古車価格は、前年同月比10%以上の上昇となるでしょう。しかし、その後は昨春の中古車価格高騰の反動で急落に転じるはずです。今後のインフレの行方を左右する重要な要因は、労働市場で何が起こるかにかかっています。」と。もしも賃金の上昇が緩やかで、労働者の生産性も高まれば、各企業が値上げを実施する動機は無くなるでしょうし、FRBが最も恐れている賃金・物価スパイラルに陥る危険性も少なくなるでしょう。シェパードソンが指摘するには、現段階の労働市場のデータを見る限りでは、賃金・物価スパイラルに陥る危険性は少なそうです。労働省が発表した2月の雇用統計を見れば、それは明らかなようです。雇用者数が670.8万人増え、失業率は3.8%まで低下しています。雇用が非常に健全であるのにもかかわらず、平均時給はほとんど上昇していないのです。

 ロシアのウクライナ侵攻後、原油だけでなく穀物や資源価格も高騰していますが、今後のインフレの行く末を楽観視していないエコノミストも多いようです。民主党内にも楽観視していない人は少なくないようです。先週、私は、オバマ政権時に経済顧問を務め現在はハーバード大学で教授をしているジェイソン・ファーマンとテレビ会議をしました。彼が言ったのは、過去の様々な事例を分析し、様々な経済理論をもとに分析すると、インフレがまもなく終息すると示しているデータがあるということです。しかしながら、そうした分析が必ずしも当たるわけではありません。実際、昨年はインフレ率が非常に高くなったわけですが、そんなことは誰も予測できていませんでした。ファーマンが指摘していましたが、おそらく、多くの企業がコストの増加を理由にさらなる値上げに踏み切ろうとするでしょう。スターバックス、クラフト、ノルウェージャン・クルーズラインなど多くの大企業が、今年値上げをすることを示唆しているようです。

 また、ファーマンは、インフレよりも重視すべきことがあると指摘しています。彼は、たとえインフレ率が高くなるとしても、不当な攻撃を受けている民主主義国家があれば、それを守るべきだと主張しています。ですので、彼は、バイデン大統領の行動を支持していて、ガソリン価格の上昇やインフレ圧力の増大を助長するとしても、ロシア産の原油や天然ガスを禁輸することは必要なことだと主張しています。バイデン大統領も認めているのですが、たしかに、ロシア産の原油等の禁輸措置は米国経済にそれなりの影響を及ぼすでしょう。しかし、どれくらいの影響が出るかは予測できません。去年のインフレ進行を誰も予測できなかったのと同じで、予測することなど不可能です。バイデン大統領がロシア産原油等の禁輸を発表した3日後には、予測に反して原油価格は10%以上下落しました。インフレという視点から見ると、それは良い兆候のようです。しかし、ウクライナの紛争が長引けば長引くほど、米国経済への影響は大きくなるでしょう。米国以外の国、世界中の国が影響を受けるでしょう。

以上