恐るべきDNAプロファイリングの実力!系図学者が協力により、沢山の未解決事件の犯人が特定されている!

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 ムーアは、GEDmatchのデータベースを利用して、非常に難解な未解決事件の数々を解決するようになりました。彼女は、5月5日に1972年にカリフォルニアで11歳のテリー・リン・ホリスという少女を殺した犯人を突き止めました。捜査当局はその事件の解決のために、半世紀以上に渡って捜査を続け2千件の聞き取り調査を行いましたが、結局は未解決となっていました。5月15日には、ムーアは1992年にペンシルバニア州の女性教師が自宅でレイプされ殺された事件の犯人を特定しました。5月30日には、1986年にワシントン州で12歳の児童を殺害して遺体を河口に遺棄した犯人を突き止めました。その3日後には、1988年にインディアナ州で8歳の少女を誘拐しレイプして殺した犯人を特定しました。

 ムーアは、この後も数週間に渡って同様のペースで未解決事件の犯人を特定し続けました。まるで、不完全な記憶や誤った証拠や犯人の虚偽の証言などによって解くのが困難になったパズルを手品を使って解いているようでした。彼女が特定した犯人の中には、既に亡くなった者もいました。また、犯人と特定されたものの、高齢を理由に収監されない者もいました。特定された犯人のほとんどは、1度しか犯罪を犯していませんでした。強姦殺人を一度やって捕まらなかった者は連続強姦殺人犯になるという通念に反し、明らかにほとんどは一回限りの犯行でした。ゴールデン・ステート・キラー事件の捜査を担当したポール・ホールズは、遺伝子系図学によって新たな事実が明らかになったと言いました。それは、強姦魔や殺人犯は必ずしも犯行をエスカレートさせて連続強姦魔や連続殺人犯になるわけではないということです。

 ムーアが未解決事件を解決する勢いに衰えはありませんでしたが、ゴールデン・ステート・キラー事件の犯人逮捕を契機として、捜査手法を批判する議論も起こっていました。数々の未解決事件を解決しているにもかかわらず、DNAのプロファイルを調査分析するということから、同意に関する問題が特に厄介で様々な批判がありました。とある遺伝的系図学に関するブログのコメント欄には様々なコメントが記されていました。「あなたがDNAを調べられることに同意すると、あなたの母親と父親もDNAの50%を調べられることに同意したことになってしまいます。」というコメントもありました。

 法律に詳しい系図学者として有名なブロガーのジュディ・ラッセルは、同意の問題に加えて、捜査当局が司法の監視なしに捜査を行っていることが問題であると指摘しました。「DNAの詳細を調べるということで家族の繋がりを調べられます。その結果、家族の絆を取り戻したり、より強くすることが出来るかもしれません。しかし、その扱いには充分に注意すべきです。ガラスの棚の上にある値を付けられないような高価な花瓶だと思うべきです。今はまさに、それが飾られている工芸品店に牛が放たれた状況です。」とジュディはブログに記していました。

 2019年、ユタ州センタービル警察は、パラボンナノラボ社に捜査協力を求めました。何者かが教会に忍び込んで、練習をしていた高齢のオルガン奏者が首を絞められて気を失ったという事件があったからです。犯人は逃走していました 。スティーブ・アーメントラウトは、GEDmatchは利用規約を変更したことと、それによりこの事件の捜査には協力できないことをセンタービル警察に告げました。GEDmatchの新たな規約では、殺人事件と性的暴行事件以外の捜査には協力しないのです。しかし、1人の警察署幹部は、人命にかかわることなので、カート・ロジャーズのところへ行き、例外を認めて捜査へ協力するよう頼み込みました。その警察署幹部は、「この事件の犯人は、また同じような犯罪を犯すに決まってるんです。」と言いました。それでロジャーズは「分かりましたよ。今回だけやりましょう。」と言いました。

 ムーアたちは、すぐに首を絞めた犯人を特定しました。しかし、GEDmatchが再び犯罪捜査に関与したというニュースが流れると、DNAの調査に関する批判の声がさらに大きくなりました。ロジャーズが個人の勝手な判断で利用規約に反して殺人事件等以外でも捜査に加わったことで、プライベートな遺伝情報が恣意的に管理されているのではないかという懸念が高まったのです。ジュディ・ラッセルはブログに記しました、「2012年には、私はこのサイトを『DNAオタクの夢のサイト 』と呼んだ」と呼んでいたのよ。でも、今では夢のサイトではなく、悪夢のサイトに変わってしまったわ。」と。

 倫理面の複雑な問題を克服するために、ロジャーズは急いで2つの重要な変更を行いました。それは、サイトの利用規約を改訂し、捜査当局に協力する範囲を拡げ、より広範囲の凶悪犯罪を対象にしました。しかし、その一方で、デフォルトで利用者は捜査の際には検索対象から除外するという変更も行いました。GEDmatchの利用者は明示的に許可しない限り、捜査の対象から外れることになったのです。その頃、GEDmatchは100万件以上のDNAプロファイルを保持していました。ですが、現在では、捜査当局が犯罪捜査のためにGEDmatchのデータベースを利用しようとすると、そのデータベースは事実上は空っぽだと言っても差し支えありません。「利用規約を改定するのは大変でしたよ。」とロジャーズは言いました。

 当時、ムーアは、ニューオリンズの映画監督マイケル・アスリィが誤認されそうになった事件の解決に携わったばかりで、アイダホ・フォールズ(スネーク・リバー沿いのアイダホ南東の町)にいました。ムーアは犯人を特定しただけでなく、誤って殺人犯と認定され有罪判決を受けたクリス・タップという男を救ったのです。クリスは無罪を勝ち取ることが出来ました。彼女は勝ち誇ったかのような高揚した気持ちで帰途に就くことができました。

 しかし、ムーアの高揚した気持ちも長くは続きませんでした。家に着いた翌朝に目覚めた時には、すっかり冷静な状態に戻っていました。彼女にはいくつもの取組中の未解決事件がありました。被害者の家族は事件が解決するのを待ち焦がれています。場合によっては何十年も待っている者もいます。ムーアは私に言いました、「未解決事件を解決して欲しいという手紙が沢山届きます。愛する者を殺された人や性的暴行をされた人などからです。」と。彼女はロジャーズに電話をしました。利用規約が改訂されたことで、今後の調査をどうするかは手探りの状態でしたので、2人で長い間話し込んでいました。