恐るべきDNAプロファイリングの実力!系図学者が協力により、沢山の未解決事件の犯人が特定されている!

10.DNAプロファイルを捜査で利用する際の問題

 GEDmatchの混乱は、遺伝子系図学の知見を生かして犯罪捜査する際の根本的な問題を浮き彫りにしました。そもそもそれに関しては何のルールも無い状況で、やろうと思えば好き勝手に何でも出来る状況でした。また、FBI内部では、遺伝子系図学の技術を正式な捜査手法にしようという動きがありました。それで、その為には何が問題になるのかを明確にする試みがなされました。ロサンゼルスでは、ゴールデン・ステート・キラー事件を担当したFBIの弁護士のスティーブ・クレイマーが、ロサンゼルス警察と協力して、FBIの幹部連中にその事件が解決されたように遺伝子系図学が有用であることを証明するために奔走していました。クレイマーたちは遺伝子系図学を使って12件の未解決事件を解決することを目標に掲げ、2019年にはワシントンに飛び、FBI副長官のデビッド・ボウディックに自分たち捜査手法をプレゼンしました。「素晴らしい成果だ。FBIはその捜査手法を採用すべきだ。」とボウディックは言いました。

 一方、司法省は、犯罪捜査で遺伝子系図学を活用する際にどういった法律や規制等を整備すべきかの検討を開始しました。2019年9月には暫定的なガイドラインを発表し、遺伝子系図学は凶悪犯罪や、国民の安全や国家安全保障に対する明らかな脅威となるケースにのみに活用できるということが示されました。FBIは、プライベートなデータベースで秘密裏に、あるいは利用規約に反してDNAプロファイルを照会してはいけないと規定され、容疑者の親族等を騙してDNAサンプルを取得することも禁じられました。最も重要なことは、遺伝子系図学は犯罪解明のヒントを与えるものであるが、それを犯人特定の唯一の証拠としてはならないということでした。

 他にも大きな制約がありましたが、このガイドラインはあくまでも助言的なものでしかありませんでした。また、対象となるのはは連邦捜査機関のみでした。実際には、多くの暴力的な犯罪は州の捜査当局が捜査するので、ほとんど影響はありませんでした。それでも、各州も遺伝子系図学を犯罪捜査で活用する場合に問題が存在していることを認識するようになりました。2019年、イノセンス・プロジェクト(DNA鑑定によって冤罪証明を行う非営利活動機関)の共同創設者であるバリー・シェックは、メリーランド州選出の1人の下院議員と共同で、遺伝子系図学を捜査に活用する際のガイドラインを示す法案を提出しました。「民間企業が政府の監視なしに、DNAプロファイルのような私的で重要な情報を自由に扱うことを許すなんて、私はクレイジーだと思います。」と、シェックは私に言いました。捜査当局が外部の業者の助けを借りることは特段珍しいことではありません。しかし、遺伝子系図学者は、重要な証拠の作成や容疑者の選定など、捜査過程で重要で肝となる部分にまで入り込んでいました。そして、政府機関がそのようなデータを厳しく管理する一方で、パラボンナノラボ社のような民間企業が、沢山の情報を集めて蓄積して、それをどう収益に結びつけるかについて、ほとんど法的な制限を受けていませんでした。

 今年初め、その法案は可決され成立しました。ムーアは、法案作成時にアドバイスをしていました。成立した法律によって、ムーアが捜査当局に協力する際には様々な手続き等が必要になりました。新たに法律が制定されたことでいろんな負担が増えすぎました。その法案には良い点もたくさんありましたが、それによって未解決事件の解決がより困難になったという部分もありました。その法律では系図学者が捜査当局に加わる際には許可が必要とされていましたが、その許可について詳細に詰まっていないところもありました。その法律のそうした不備によってムーアの作業の効率は少し悪化しました。しかし、数週間後に私が彼女と話をした時、彼女はこの法律によって遺伝子プロファイルを活用した捜査が妨げられることはないだろうと言っていました。彼女は「しばらくすれば、様々なことが改善されて何の問題も無くなるだろうと推測されます。」と言いました。

 その頃までには、50万人近いGEDmatchの利用者が、データベース上の自分のDNAプロファイルを捜査当局が犯罪捜査時に利用することを許可していました。そうした者の中には、GEDmatchのサイトを初めて利用する際に十分に理解しないままに許可した人も少なからずいたと推測されます。DNAのプロファイルを調べる人はどんどん増えています。2014年時点では、GEDmatchのようなサービスを提供する企業を通じてDNAプロファイルを調べた人は全米でせいぜい20万人ほどでした。2018年時点では、その数は2千万人弱だと推測されました。遺伝子系図学者たちの試算によれば、ヨーロッパ人の祖先を持つアメリカ人の60%は、さまざまなデータベース上にあるDNAのデータから個人を特定できるようです。いずれ、その数値はほぼ100%となるまで高まっていくと推測されています。

 ムーアは再び猛烈に未解決事件の解決に取り組むようになりました。新型コロナのワクチン接種を受けた後、彼女は筋肉痛と偏頭痛に何日も悩まされました。しかし、その間にも2つの未解決事件を解決することができました。1つは、何年も前から調査していた未解決事件でした。「その事件を担当していた刑事が退職することになったので、最優先で労力を割いたんです。かなりの時間を費やしました。」と彼女は言いました。ほぼ同時期に、ムーアは、引退した1人のNFL選手が生みの親を捜すのをボランティアで手伝いました。「彼の両親が異母兄妹だという噂を聞いた人からメールをもらったので、その部分も手掛かりにして調査しました。」と彼女は言いました。

 パラボンナノラボ社でのムーアの業務は山積み状態となっていました。沢山の調査依頼があり、どれも内容を見ると無下に断ることが出来にくいようなものばかりでした。どの調査案件も数時間ほどかければ、解決できそうでした。調査案件の年代が古ければ古いほど、ムーアは早く解決しなければというプレッシャーを強く感じました。というのは、古い案件では調査を早くしないと、せっかく事実が判明しても関係者が亡くなってしまって癒しの機会が失われてしまう可能性があるからです。ムーアはつい先日、1979年から行方不明となっていた人物を特定しました。しかし、残念ながらその母親は5月に亡くなっていました。ムーアは言いました、「その人物は結局は母親と対面することが出来なかったんです。そうしたことはしばしば起こることです。そうしたことがあると私も昔はかなり落ち込みました。最近ではちょっとだけ慣れました。でも、やっぱり映画を見に行ったり、何か娯楽をしようという気分にはなれないんです。手遅れになる可能性を少しでも減らしたいからです。」と。