11.著名なファンタジー作家ジョージ・RR・マーティンからの調査依頼解決
ある晩、ムーアの自宅で、私は取組み中の未解決案件についての話を聞かされました。それは、著名なファンタジー作家ジョージ・RR・マーティンに関する案件でした(マーティンはHBOテレビで放映されたドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」の原作となるファンタジー小説「氷と炎の歌」を記したことで有名です)。彼は現在73歳です。
ムーアはこの案件に数年前から取り組んでいました。PBSで放映されたテレビシリーズ「Finding Your Roots(あなたの祖先を探せ!)」でその案件に関与したのがきっかけでした。2013年から、彼女はその番組に出演しています。バーバンク(カリフォルニア州ロサンゼルス郡の都市)で彼女の講演を聞いたヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニア(その番組のMC)が、彼女を気に入ったので、時々その番組に出ることとなったのです。当初、その番組のプロデューサーはムーアの能力に懐疑的でしたが、番組への出演を重ねるうちに能力を高く評価されるようになりました。ゲイツは言いました、「彼女の調査結果は、番組が独自に雇った5人の遺伝学者が精査していました。彼女は番組が非常に厳しく内容を精査しているので驚いていました。当番組では内容について二重、三重のチェックをしているのです。これまでに何度もムーアの調査報告をチェックしたことがあります。その度に精査した遺伝学者たちは、「ムーアの報告内容は完全に正確である。」と報告してきました。」と。
ジョージ・RR・マーティンは、父親であるレイモンドの家族のことをもっと知りたいと思い、この番組に出演していました。彼は、レイモンドの母親のグレース・ジョーンズのことはよく知っていました。ニュージャージー州バイヨンヌ育ちでした。しかし、レイモンドの父親のルイジ・マズコラのことはほとんど何も知りませんでした。イタリアからの移民で、米国ではルイ・マーティンと名乗っていました。グレースとルイは1915年に結婚しましたが、レイモンドが生まれた後、別居し離婚しました。ルイは別の若い女性と結婚しました。捨てられた形となった家族からすると、ルイはペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)でした。
マーティンは、ルイが不倫した挙句に家族を捨てて家を出て行ったと信じていました。しかし、ムーアが遺伝子情報からルイの家系を調べていくうちに、その逆である可能性が高いことが分かりました。レイモンドの生物学上の父親はルイではないことが明らかになりました。人物の特定はできませんでしたが、東欧系ユダヤ人であることが分かりました。
マーティンにとって、それはとてもショッキングなことでした。マーティンは番組収録中にゲイツに向かって言いました、「意味がわからない!一体全体どうなっているんだ!私の祖先は素性が分からないということなんでしょうか?」と。番組収録後、マーティンは制作スタッフとともに近くのレストランに行き、制作スタッフに得ている情報を全て教えて欲しいと言いました。それから数年間、マーティンは姉や妹と一緒にレイモンドの父親を特定すべく調査を続けました。しかし、どうしても特定できませんでした。
人々の祖先を調べて自分のアイデンティティを確認してもらうことを目的として遺伝子情報を利用して系図作成したのに、結果としてマーティンが非常に失望してしまった姿を見て、ムーアは非常に動揺しました。しかし、ムーアは、マーティンの祖先の調査に継続して取り組んでいました。当初、唯一の手掛かりはスコット・ロスという人物(ユダヤ人)がマーティンとDNAを3%共有しているということだけでした。しかし、ロスという苗字のアメリカ人は25万人以上もいました。彼女は、マーティンとDNAを共有している可能性のあるスコット・ロスを見つけ出すために、スコット・ロスという名で同名の数十人人物の遺伝子情報を調べました。それから数年が過ぎました。推論と直感を働かせ、ニュージャージー州のある家族にたどり着きました。しかし、その家族の中に探している人物がいるか否かを特定できるようなデータや証拠は何もありませんでした。確実なデータが何も無かったので、ムーアはその家族と接触するのを控えていました。
それから数ヵ月後、ムーアはマーティンのDNAの詳細情報を久しぶりにチェックしました。私もその時は一緒にいました。すると、新たにDNAを共有している人物が見つかりました。マーティンと同じユダヤ人のコリー・ロバーツという男性が、マーティンとDNAを約3%共有していました。どうやら、この2人(マーティンとコリー・ロバーツ)とスコット・ロスはDNAの共有の状況からして同じ曾祖父母の子孫であることが明らかでした。しかし、どういうことなのでしょうか?
ロバーツに関する簡易的な家系図は既に作られていました。ムーアは、すぐにそれを精査して、不足している部分を補足し、曾祖父母をすべて特定しました。しかし、その中にロスの家族と繋がっている者はいないように思われました。そこで、ムーアは、ロスの家族の家系図を作成する際にデータが無くて不明点が多かった部分について再度調査してみることにしました。不明点を解明するためには、ニューヨーク市公文書館へ行き結婚証明書を貰って調べなければなりませんでした。そこで、私がニューヨークに戻った際にそこに行くことになりました。その閲覧申請をすると、数週間後に淡いブルーのカード用紙に印刷された証明書のコピーが郵送されてきました。その証明書を見て分かったのは、ロバーツとロスの家族が繋がっている証拠となる女性が存在しているということでした。その女性の苗字はパールミュッタ―でした。
私はその証明書のコピーをムーアに送りました。彼女は「ヤッター!来たわ!」と言いました。彼女は数分後には、チャイム・ヨッセル・パールミュッターの詳細な家系図を完成させていました。その人物は1896年にポーリツク(現在のウクライナ北西部のシテットル)で生まれました。2年後に母親が彼と兄2人を連れてオランダに渡りました。そしてオランダでエリス島(ニューヨーク湾内)行きのSSロッテルダム号に乗船したのです。兄弟たちの父はエリス島へ先んじて渡っていて、仕立屋として働いていました。その一家はバイヨンヌ(ニュージャージー州)に住んでおり、マーティンの祖母グレースの家の近所に住んでいました。チャイム・ヨッセルはアメリカでは名前をジョセフと変えました。しかし、バイヨンヌではパールミュッタ―とういう名前は発音しにくいので皆からパティと呼ばれていました。彼は、地元の石油精製工場で働き、そこで働いていたルイ・マーティンと友達になりました。第一次世界大戦が勃発すると、2人とも徴兵されました。ジョセフは歩兵としてアルデンヌの森(ベルギー)でナチス・ドイツと戦いました。1919年の春に彼はバイヨンヌに帰還し、その数ヵ月後にレイモンドが生まれました。
数週間前、ムーアはマーティンをZoomチャットに招待し、自分の調査した結果を知らせるべくプレゼンを行いました。最初は、マーティンはなかなか接続できなかったのでイライラしている様子でしたが、彼女が説明を続けていると雰囲気も和らぎ、2時間後にはすっかり心を動かされたようでした。ムーアは、シェイクスピアの小説のようなロマンスがあったことをほのめかしました。ジョセフとグレースは恋に落ちたようですが、グレースが夫と別れる前に、ジョセフは別の女性と結婚してしまたのです。「2人は愛し合っていたのですが、結婚することができなかったのです。」とムーアは言いました。
しかし、2人は友人関係を維持し続けました。ムーアは、ジョセフとグレースが一緒の写真いくつもを入手していました。2人とも40歳くらいに見えます。その中の一枚では2人は満面の笑顔で、体を密着させ、頬を触れそうなほど近づけていました。グレースはジョセフの手を握っていました。「お互いに愛し合っていることが伝わる写真ですね。」とマーティンは言いました。1942年に撮られた別の写真では、まだ若いスーツ姿のレイモンドが、ジョセフとグレースと一緒にカクテルテーブルに座って、本当の(生物学上の)両親のそれぞれの肩に腕を掛けていました。レイモンドとジョセフは驚くほど似ていました。生物学上の親子ですので当然のことでした。その写真を見ながら、ムーアは「とても幸せそうな家族に見えますね!」と言いました。
マーティンもそう思いました。また、自分を育ててくれた父親はこのことを知っていたのだろうかと考えたりもしました。マーティンが言うには、グレースの母親は厳格な躾をする人でしたので、娘のグレースが不倫していることを知ったら激しく非難したに違いないということでした。マーティンは言いました、「グレースが誰にも話さなかったのは、それなりの理由があったからだと思います。まあ、私たちが知らないだけで、グレースはそのことを特に隠してわけではないかもしれません。いずれにしても、今となっては全て推測でしかありません。」と。
やがて、ジョセフは妻と共に1軒の食堂を買収しました。それで、その建物上の階のアパートに引っ越しました。ジョセフは食堂の経営に手腕を発揮しました。食堂は、近所の者が集うコミュニティーの場となりました。酒類も提供され、結婚式の披露宴が開かれましたし、金曜の夜には多くの人たちが牡蠣やビールを楽しみました。ジョセフ自身は酒を浴びるほど飲みました。
ジョセフは、肝臓を患って50歳を迎える前に亡くなりました。ジョセフと妻の間に子供はいませんでしたが、姪と甥が1人ずついたのですが、いずれもジョセフのことを心優しい叔父さんとして慕っていたそうです。ムーアはプレゼンの最後に、ジョセフの墓石を写真を見せました。墓石には美しい彫刻が施され、とても手入れが行き届いていました。ヘブライ語の碑文が彫られていました。「ここに、直き人、われらの師、われらの主が葬られる」という意味でした。
「素敵なお墓だ!」とマーティンは言いました。
「どんな気分ですか?」とムーアが聞きました。
「とてもうれしい気分です。私の祖先を探し出してくれてありがとう!」とマーティンは言いました。
マーティンは、ムーアに家系図を遡ってもらって、ジョセフのことを明らかにしてもらいました。しかし、明らかになったのは、家系図の中のほんの一部でしかありません。堅い壁が沢山存在していました。ロバーツやロスの一族との繋がりは不明なままでしたし、パールミュッタ―の一族でジョゼフのことを知っている存命中の人物がいるかいないかも不明なままでした。ただ、マーティンは繋がりがあると判明した人たちと会っていろんな話をしてみたいと思いました。彼は言いました、「私はジョセフの話やいろんな話をしたいと思います。語り部の役割を果たしたいですね。また、逆にいろんな話を聞かせてもらえるのではないかと期待しています。」と。♦
以上