2. シーシー・ムーアは遺伝子系図学の知見を生かして犯罪捜査に協力している
シーシー・ムーアは、カリフォルニア州の沿岸、ロサンゼルスから南へ車で約1時間のところにある丘の上に住んでいます。この夏、私が彼女の家に着くと、彼女の夫である映画プロデューサーのレナート・マーティンソンが私に挨拶し、私を中に入れてくれました。ムーアはふかふかの革のソファに座って、ノートパソコンを使っていました。エアコンが効きすぎているのか、彼女は素足に紫色の毛布を掛けていました。部屋の片側の壁は、天窓から漏れる光によって人魚の絵が照らされていました。反対側、窓際にはテディベアのぬいぐるみが置いてありました。その窓からは、ユーカリとヤシの木と果てしなく続く太平洋が望めました。素晴らしい景色を眺めることができました。
ムーアは優しそうな人ですが、意志も強そうです。彼女は首の回りに黒い紐を付けてフィンランドの旗のペンダントをぶら下げています。彼女はフィンランド人のクォーターなのです。また、小さな四角いメタルプレートもぶら下がっていました。それには” Sisu”(以下、シス)という語が彫られていました。それは、フィンランド語で、英語には対応する語が見当たらないのですが、毅然とした決意、強さ、勇敢さ、意志力、忍耐力、不屈の精神などを表す語です。ムーアは、そのメタルプレートを触りながら「シスが私の長所かしら。」と言いました。
ムーアは50代ですが、しばしば夜遅くを過ぎても起きています。まるで課題に追われている大学1年生のような頻度で夜更かしします。困難な調査をする時には、彼女は蓄積してきたデータを何時間も見つめていることがあります。何とかして、調査を依頼してきた者の期待に応えようとします。そんな時には、電話の着信や受信した電子メールは無視されます。それを見かねて同居の家族が静かに食べ物やコーヒーを彼女の横に置きます。彼女は私に言いました、「たとえ目が疲れてきてパソコンが見えにくくなっても、私は作業を続けちゃいますね。」と。今年の夏に私は彼女と何回か会ったのですが、1度だけとても疲れているように見えたことがありました。その時に私は彼女に寝たか否かを聞いてみました。すると彼女は答えました、「昨日は遅くまで起きていて、フロリダの建物が倒壊したニュースを知りました。3時ごろネットのニュースで気付いたんです。それでテレビのスイッチを押してCNNを見たんです。何だか目が冴えてしまったの。それで、フロリダのニュースを気にしながら仕事を朝まで続けちゃったわ。」と。
ムーアは、少なくとも2つ分野で功績をあげていることで有名です。それは、犯罪捜査と系図学です。ABCは昨年、ゴールデンタイムに彼女の犯罪捜査の仕事に関する番組を放送しました。 “The Genetic Detective,” (遺伝子探偵)という題でした。また、彼女はヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアがホストを務めるPBSの番組に出演したこともあります。”Finding Your Roots”(あなたの祖先を探せ!)という番組に系図学者の立場で登場していました。番組中で、彼女は世界最大の有名人のDNAデータベースを使ってさまざまな調査をして助言をしていました。彼女は”Institute for Genetic Genealogy”(遺伝子系図学研究所)の共同創設者でもあります。また、Facebookグループ”DNA Detectives”(遺伝子探偵)も運営しています。それは17万人のメンバーで構成されており、生物学上の親を探そうとしている人々や、先祖の謎や秘密を解き明かしたい人々の手助けをしています。
ムーアが犯罪捜査の仕事で有名になったのは、スノホミッシュ郡での殺人事件の捜査に関与してからのことです。その前から、系図学者としてはかなり有名でした。彼女は数人の著名な系図学者(ほどんどが女性)と協力して、先祖を調べる際に使う遺伝情報の分析手法を、捜査当局による捜査でも活用できるようにしました。ムーアは、パラボンナノラボ社では3人のチームを率いています。そのチームは、2018年以降で150件以上の犯罪を解決するのに貢献しています。平均すると1週間に1件の割合で解決しています。遺伝子系図学の分析手法を用いて犯罪捜査を行っている団体や組織は他にもありますが、これほどの成果はどこも挙げていません。FBI内のそうした組織でさえもそこまで成果を挙げていません。
ムーアが捜査に関与した事件のほとんどは、長期に渡って未解決となっていたものでした。彼女と仕事を一緒にしたことがある多くの刑事が、遺伝情報を犯罪捜査に生かす方法を確立したのは彼女であると主張していました。それが確立するまでは、鑑識では指紋が重用されていましたが、遺伝情報と比べると得られる情報はほんの僅かでしかありませんでした。数年前、ムーアはユタ州から捜査に加わるよう要請されました。自宅にいた79歳の女性が1人の男にレイプされるという事件でした。現地の刑事たちは、あらゆる手掛かりを分析しましたが、犯人の特定には至りませんでした。ムーアが捜査に加わってから数日後、彼女は刑事たちに犯人を示唆しました。4人で住んでいる兄弟がいたのですが、その内の1人が犯人だと示唆したのです。それで、刑事たちは4人兄弟の長兄に尋問したところ、あっさりと罪を認めました。当時、1人の刑事が言っていました、「驚異的でした。彼女がやっているのは手品か魔法にしか見えませんでした。」と。