In Itaewon, Another Betrayal of Young Koreans
梨泰院で韓国の多数の若者が死亡
Why have politicians and bureaucrats, of both major parties, failed so radically at the basic provision of public safety?
なぜ、国民の安全が最優先されずに事故が起きてしまったのか?政権が変わろうが変わるまいが、この国の行政システムが失敗するのはなぜですか?
By E. Tammy Kim November 2, 2022
白い花や手紙を供えに来る人が絶えませんでした。若すぎる死者を弔うべくカップラーメンやタバコや焼酎の瓶なども混ざって供えられていました。供え物の付近にはたくさんの人が訪れていて、弔問する者とジャーナリストが半々といった感じでした。犠牲者は韓国人がほとんどでしたが、ウズベク人、スリランカ人もいました。沈痛な面持ちで弔問する者は、若者が多く、スタジャンを着た大学生と思われる者が何人もいましたし、手を繋いで菊の花束を供えながら泣いている10代のカップルの姿もたくさん見受けられました。クラブで踊る際の衣装を着たクィアな若者たちや、ダークスーツに身を包んだ通勤途中のビジネスマンもいました。ソウル(Seoul)の梨泰院(Itaewon)に来ると、韓国が均質で面白味に欠ける国ではないことや、禁欲的な秩序に縛られている国でもないことが分かります。バーやレストラン、ナイトクラブが建ち並ぶコンクリート造の建物の多い一画には、自由と楽しさが満ち溢れています。梨泰院は、約 0.5 平方マイル(1.3平米)ほどの広さしかありません。日本の植民地時代には日本陸軍の駐屯地が置かれ、解放後はそのままアメリカ軍がソウル市内で唯一の米軍駐屯地としていました。そのため、この街区は、昔から常に人々が自分らしく自由に過ごせる場所であり、社交と娯楽を求める者たちが集う出会いの場でもありました。狭い国土の中で厳しい生活から解放されるための数少ない場所の1つでした。
ハロウィンの週末を前に、当局は梨泰院に毎晩10万人が集まると見積もっていました。特に土曜日は、COVID-19の規制後初めて近隣エリアで恒例ハロウィン・パーティが全面的に再開される予定で混雑が予想されていました。私は2018年のハロウィンの時期に現地を訪れたことがあるのですが、ゾンビナースやヴァンパイアやアニメのキャラクターの姿をした者で溢れかえっていました。通りは退廃的な雰囲気に満ちていました。新型コロナのパンデミックの際には、韓国政府(ソウル市と韓国の当局は密接に連携している)はソーシャル・ディスタンス(social distancing)を確保するために梨泰院の狭い路地の通行を制限しました。そのことは、当局がその辺りは密集度が高く危険性があると認識していたことを示しています。就任して以降、支持率が下がり続けている尹淑烈(Yoon Suk-yeol:ユン・スギョル)大統領は、新型コロナ関連の規制の多くを解除しました。何とかして支持率を改善し、国民の批判の声を抑え込みたいと躍起になっていました。
土曜日の夜遅く、梨泰院の路地で、ハロウィンを楽しんでいた156人が圧死しました。何が起きたのでしょうか?地下鉄の梨泰院駅から数歩のところにあるその狭い路地は、行き止まりではなく両方向から人が流れてきますし、通り抜けもできます。しかし、地下鉄駅や近くのハミルトン・ホテルでのパーティーに行く者や帰る者が数百人規模で酩酊気味で溢れてごった返していました。しかし、交通誘導をする警察官や警備員は1人も配置されていなかったのです。両側から多くの者が路地の中ほどに向けて進もうとしていました。群衆が押し合いへし合いする状況に陥りました。中央で立ち往生している者たちは窒息し、足下に引きずり込まれ、心肺停止に追い込まれました。犠牲者の多くは20代の女性で、ティーンエイジャーも12人死亡しました。
ハロウィン本番を迎えた月曜日(10月31日)に、私は地下鉄に乗って現地に行きました。歩道に置かれた供え物は増え続けていました。駅構内の柱に「헬러윈 행사 취소 (Halloween canceled:ハロウィーンは中止)」と書いた掲示が貼ってありました。階段を上がると、1人の僧侶がお祈りをしていて、お香の匂いが漂っていました。私の友人で梨泰院に長年住んでいるロブ(Rob)と、彼の愛犬が歩いて迎えに来てくれました。サモエード犬(Samyed)で、名前は「ドゥブ(Dubu:豆腐の意味)でした。2人(友人と犬)は、ハロウィンの仮装に凝っていることで地元では有名でした。今年はアニメ「スパイ×ファミリー(Spy x Family)」のアーニャ・フォージャ(Anya Forger)とボンド(Bond)に扮していました。2016年は宮崎駿の映画「もののけ姫(Princess Mononoke)」のキャラクターに扮していました。梨泰院のニュース、あまりに陰惨で信じられないようなニュースをスマホで知った時、私が一番最初にしたことはロブにテキストメッセージを送ることでした。
ロブは事故当日の土曜日に外出していました。友人たちとダンスやお酒を楽しみ、圧死事故のあった路地から1本隔てた通りを歩いていたようです。彼は夜遅くまで何が起こっていたのか知らなかったそうです。サイレンが鳴り響き続け、他の国に住む友人たちが心配してメールを送り始めて、彼は初めて事故の件を知ったそうです。事故現場の供え物が置かれたところの付近で、私とロブとドゥブは、ロブの何人かの友人に出くわしました。彼の行きつけのナイトクラブのドア係に出くわしました。犬の飼い主仲間が2人いて、白い花束を供えに来ていました。路地の角にあるテイクアウト専門店のオーナーもいました。私たちは、顔見知りの近くのウイスキー・バーのバーテンダーとすれ違ったのですが、彼の顔は悲しみに満ちていました。「梨泰院121(Itaewon 121)」というビストロには、すでに大きな垂れ幕がかかっていました。「 輝きに満ちた若者の未来が、突然途絶えてしまいました。悲しみに耐えません。梨泰院の愛すべき若者たちの死を悼みます。」と記されていました。
韓国の国民は当然のことながら、悲しみの感情に覆われています。しかし、同時に心の底から激しい怒りの感情も湧きつつあります。ソウルは人口2,600万人の大都市であり、巨大な祭りやパレードやコンサートやデモ活動などは日常茶飯事です。ですので、当局は雑踏警備に慣れているはずで、そのノウハウを確立しているはずです。圧死事故で大量の死者が出るという事故は、防ぐことが不可能なものではありませんでした。お祭り騒ぎで、ソウルのような大都市で、死者を出すようなことはあってはならないことです。どんなに酒が入っても、新型コロナのパンデミックの規制で鬱積がたまっていたとしてもです。圧死事故があった夜、10万人の群集を制御するための任務に派遣された警察官はたった58人でした。しかし、その日もっと早い時間に車でちょっと行ったところで行われたユン大統領に対する平和的なデモ行動を監視するために、6,000人以上の警官が動員されていたのです。また、梨泰院の隣地、ユン大統領が大統領府を移転した辺りでは、昼夜を問わず警察官とシークレットサービスが歩道を埋め尽くすほど立っています。
週末に死者の数が増えるにつれ、政府関係者の反応は鈍くなり、その後まったく反応しなくなりました。ヨーロッパ視察中であったソウル市長は急遽帰国しました。行安部の長官が「警察をあらかじめ配置していても解決しなかった」と発言していました。ソウル市龍山区(ヨンサング)の朴(パク)区長は、ハロウィーンは公式行事ではないので、区には責任が無いと発言しました。そうした発言は、彼らがこの事故を不運と視ていることで出てきたのでしょう。そうした姿勢が、世論の矢を政府に向かわせました。そうした発言に対する批判の声が高まり、警察庁長官が謝罪し、公安部の長官も前言を撤回し謝罪しました。ユン大統領は喪に服すと宣言し、批判的な記者や活動家を監視するよう警察庁に指示しました。そして、記者会見で、今回死者が多数出た件を、惨事ではなく事故と表現するよう指示を出しました。
今後、さまざまなことが明らかになりつつあります。11月1日火曜日に、当局は日本の110番に該当する112番と、119番に該当する911番への通報の記録を公開しました。最初に狭い路地で心臓発作で倒れる者が出た4時間前に、何人もが助けを求めて電話をかけ始めていました。通報者は、路地が危険なほど人で溢れており、人々が怪我をする危険性が高いと報告していました。いずれの通報者も、「圧死」しそうであると言っていました。警察官を派遣して救助して欲しい、もしくは、雑踏警備をして欲しいと訴えていました。
梨泰院の事故で沢山の死者が出たわけですが、2014年に韓国南西部沖で起きた数百人が死亡したセウォル号(Sewol ferry)沈没事故を思い出さずにはいられません。その事故でも、不幸な犠牲者の多くが若者でした。ほとんどが学校行事で集団で乗船していた高校生でした。もし、生きていれば、ちょうど今回の梨泰院の犠牲者と同じような年齢になっていたでしょう。セウォル号は大惨事だったわけですが、人災と思われる部分もかなりありました。船はひどい過積載状態でした。酷い話で、乗客はフェリーが傾き始めても船内にとどまるよう指示されていました。全員を救助できる可能性があったわけで、1人の死者も出さずに済む可能性もあったのです。セウォル号は腐敗している上に鈍重な当局を象徴するものとなりました。それが、最終的には2017年の朴槿恵大統領の弾劾に繋がりました。それは、韓国ではしばしば起こる「惨事の政治化」でした。韓国の多くの人たちは、すでにそれに慣れてしまっています。セウォル号事故の時と同様に、「惨事の政治化」が起こり、ハロウィンの週末に起きた大量死が、ユン大統領と側近を追い落とす動きに繋がっていくのでしょうか?
セウォル号で亡くなった若者たちと同じ世代の者は、現在、梨泰院で亡くなった者たちと同じ世代になったわけです。彼らは、公共の安全というのは最優先されるべきことであるのに、なぜ、この国では大々的な失策が起きてしまうのかということを考えているでしょう。この国の国家行政システムはなぜか上手く機能していませんし、2大政党のどちらが政権に就いても状況は変わりません。こうした状態に対する不満は、特に若い女性の間で広がっています。若い女性たちの多くが、さまざまなジェンダーに基づく暴力の脅威に晒されてきました。セクシャルハラスメントやストーカー行為や無許可ビデオ撮影やフェミサイド(femicide:相手が女性であることを理由とする殺人)などです。9月中旬には、ソウルの地下鉄の駅構内で、1人の女性が同僚の男に刺殺されました。その男は長年にわたって被害者をストーキングしていました。その現場には、梨泰院の事故現場と同様ですが、多くの人が花などを供えに来ました。今週、私はソウルのさまざまなところに行きました。ニュースで、死者の数や政治家の怠慢が報じられるのを何度も聴きました。私は、梨泰院でたくさんの若者たちが楽しそうに仮装して、少しはお酒も入って、学校や仕事のことを忘れて、世間体も気にせず、のびのびと楽しもうとしている姿を思い浮かべ続けました。新型コロナの影響で何年も抑圧された部分もあったでしょうから、10万人の群衆に混じって騒ぐことは、喜びが凝縮されたようなものだったと思います。しかし、公共の場で一緒にいることを喜ぶためには、自分以外の人生を大切にするリーダーの存在が不可欠です。♦
以上
- 1
- 2