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AI を人的資本を向上させるツールと考えるのは、奇妙に思えるかもしれない。その理由はいくつかある。AI の有用性は、苦労して得た人間の知識を不要にするインテリジェントオートメーション( intellectual automation:略号 IA )にあるのではないか。大手 AI 企業は、自社のシステムが労働者を大量に置き換える未来を語っている。現在、AI をビジネスに統合しつつある多くの大企業も、ほぼ間違いなく同様の考え方をしているだろう。AI は高価であるため、そうせざるを得ないのかもしれない。マイクロソフトは、企業向けチャットボットのコパイロット( Copilot )ではユーザー単位で課金している。数千人の従業員を抱える大企業が、従業員数分の Copilot を購入しようとすると、毎年数百万ドルもの投資が必要になる。
その支出( spend )は、それに見合う利益を生み出すだろうか?企業がこの問いに答える最も簡単な方法は、新製品や人員削減といった観点から考えることである。それぞれ、収益の創出やコスト削減につながる可能性がある。もちろん、この 2 つが同時にもたらされることもある。今週、オープン AI ( OpenAI )はエンタープライズ AI に関する新たなレポートを発表した。ちなみに、エンタープライズ AI とは企業がビジネスの課題解決や効率化、イノベーション創出のために、機械学習や自然言語処理などの AI 技術を大規模に導入・活用する形態のことである。レポートの中で数多くのケーススタディが紹介されているのだが、ほとんどは人間の労働力を代替する製品に焦点を当てたものであった。典型的な例として、カスタマーサービスの通話に役立つ AI 音声エージェントを導入している企業が紹介されている。同社によると、このようなエージェントの 1 つが現在、企業に年間数億ドル規模のコスト削減をもたらしているという。
そうした事例の数々を目にすると、従業員の置き換えが AI を導入した企業の究極の目的であるかのように思える。しかし、概念的にも内部会計の問題としても、多くの大企業が新しいテクノロジーを統合する方法を見つけるのに苦労してきたことを忘れてはいけない。1980 年代や 1990 年代で IT 部門がまだ目新しかった頃は、それを社内で正当化する方法が不明確な場合が多かった。多くの企業の IT 部門が新しいコンピューター、ネットワーク機器、生産性ソフトウェアに毎年何百万ドルも費やしていた。そのすべての費用が利益を生んだのだろうか。その価値はどのように判断できるのだろうか。大企業はメインフレームコンピューターを導入することで、会計担当者の一部を置き換えたかもしれない。IT マネージャーが上司にコンピューターがなぜ重要なのかを説明したい場合、最も簡単な説明は、コンピューターを導入することで単純入力担当者を置き換えることができるということだったかもしれない。
しかし、時が経つにつれ、IT 関連の費用と便益は、この方法で説明できる範囲をはるかに超えることが明らかになっている。現在では、多くの企業がコンピューターを中心に組織を再編している。この新しい世界では、IT 部門の目的は、コンピューターに依存する従業員を置き換えることではなく、その効率性を高めることである。従業員は IT 部門にさらなる要求をし始めた。コンシューマライゼーション( consumerization:一般消費者向けの IT 製品やサービスを、企業の業務システムやビジネス慣習に取り入れられること)の進展の中で、テクノロジーに精通した従業員が自宅で使用するツールは、かつて職場で提供されていたものよりも高度になっている。スマホでさえそうである。より多くのことをしたい従業員が、アップグレードを要求し始めた。その結果、今日では、IT 支出を提案する際に、その投資が単に従業員を置き換えるようなものであると主張する者はいなくなった。重要な問題は、新たな投資が既存の従業員の課題達成に貢献し、競合他社に遅れを取らないのに役立つかどうかである。
AI の最も良い使い方は労働者の直接的な置き換えであり、おそらくこれが唯一の利益を生む使い方であるという考えは、2 つの考え方が組み合わさって生まれたものである。1 つは AI の将来についての憶測から生じた考え方であり、もう 1 つは企業が新しい技術を模索する際におそらく避けられない短期的な財務視点から生じた考え方である。もっともこうした考え方は、既に私たちの多くが実際に AI を使用するようになった現在では違和感がある。膨大な数の人々が、AI によって自分の能力と生産性が向上させられると考え、オープン AI、アンスロピック( Anthropic )、その他の企業のアカウントを購入している。彼らの観点からすると、AI は人的資本に乗数効果をもたらすものである。自分の達成したいことが具体的に分かっている場合、たとえば、ソフトウェアの作成、研究結果の分析、病気の診断、家の修理などであるが、AI はそれをより速く、より良く行うのに役立つ。今日、多くの企業が従業員のトレーニングに多額の費用を費やしており、高度な資格を持つホワイトカラー労働者でさえ、より優れた人材として戻ってくることを期待して、オンラインセミナーを受講させられ、高価なセミナーに送り出されている。 AI によって従業員の知識と能力が 5〜10% 向上したと仮定する。企業は従業員の知識労働レベルの向上にどれだけの費用を支払うべきであろうか?
AI に関するある説によると、AI がもたらす力は最終的に 1 人の労働者がチームに取って代わることを可能にするという。極端に楽観的な見方をする者たちは、近い将来に AI に支援された 1 人か 2 人で経営する最初の 10 億ドル規模の企業が出現すると示唆している。おそらく、これが可能となる種類の仕事もあるだろう。しかし、実際に AI を使って仕事をしようとしたことがあるなら、その本質的な限界に気付くはずである。AI システムは、多くの重要な決定を下すほど賢くもないし、十分な情報も持っていない。重要な文脈から逸脱することがあり、肉体がなく、忘れっぽく、不自然で、時には明らかに愚かである。おそらく最も重要なのは、AI は責任を問われることがないこと、職場で学習することもできないことである。AI は、あなたが詳細を伝えた野心を実現するのを支援することはできるが、あなたに取って代わることはできない。つまり、多くの企業にとって、AI で労働者を置き換えようとするのは大きな間違いだろう。なぜなら、労働者を AI に置き換えることはできないし、AI はむしろ労働者の価値を高めるからである。これを最初に理解した企業が繁栄するに違いない。