Z世代とかX世代とか、“Generations”(世代)って良く使われるけど、意味あるの?

3.Z世代は社会に変化をもたらすのか?

 Z世代が楽観的な考えを持たないという通説が記されている本があります。”Gen Z, Explained(Chicago社刊:本邦未発売)です。ロバータ・カッツ、サラ・オギルビー、ジェーン・ショー、リンダ・ウッドヘッドの4名の共著です。それぞれ、人類学者、言語学者、歴史学者、社会学者です。社会科学的な手法を用いて膨大な調査を行って記されたZ世代に関する研究書と謳われていて、巻末には膨大な資料も付いています。しかし、社会学的な研究書というよりは、インタビューや逸話が沢山掲載されていて、Z世代の特徴を描き出そうとしているものの、資料を沢山集めただけのように見えます。

 4人の著者は、世代交代が社会に変化をもたらすという仮説を前提としています。4人は、Z世代は社会に変化をもたらす源で、社会を変革できる”youth culture(若者文化)”を作り出した世代だと見なしています。しかし、この論にはいささか難があるように思えます。というのは4人がこの本を書き終えた時点の2019年には、Z世代の半分は16歳未満だったので、15歳以下が半数いるのに新たな文化を作り出したというのは無理なような気がします。世代の特徴が定義されることはしばしばですが、おかしなことは実はZ世代以外にも沢山あります。ベビーブーム世代はウッドストックを象徴としヒッピー文化を生み出したとされています。でも、ウッドストックが開かれたのは1969年で、ベビーブーム世代の半分以上は13歳未満だったのです。

 4人のこの著作は、3つの大学の120人の大学生に対して1時間のインタビューを行ったことが明らかにしています。3つの大学の内、2つはカリフォルニア州の大学で、スタンフォード大学(超名門)とフットヒルカレッジ(評判の高いコミュニティーカレッジ)でした。もう1つは英国のランカスター大学(先端的な研究で有名)でした。Z世代の特徴を論じるためにインタビューを行っているのに、対象者は偏差値の高い3大学の学生のみで非常に偏っています。また、インタビューの対象者が口コミとパーソナルネットワーキング(口コミ)によって選ばれたことも4人の著者によって明らかにされています。いずれにせよ、インタビューが沢山為されていたものの、対象者は偏りがあり、なおかつサンプルは任意抽出ではなかったということです。4人の著者は、そのことを著書の中に明確に記していますが、何ら悪びれるところがないのは不思議なことです。
 
 4人の著者によると、120人にインタビューした際のインタビュアーはすべて学生だったそうです。学生のインタビューアーはリストの質問を読むだけでしょうから、インタビューはおざなりで、深堀りされることは無かったと推測されます。また、インタビューは集団で行われ、複数の学生がインタビュアー(インタビューされた者の友人であることが多かった)と話し合う形で行われていました。通常、ジャーナリストとか民族学研究者がインタビューをする時は、対象者と直接会って行います。そもそも、サンプルの選定方法も適切では無かったと思うのですが、どうして4人の著者が直接インタビューをしなかったのか不思議に思います。4人の著書は付随する資料が沢山あるとは言え、それらは全く本文とは関係ないものと見なさざるを得ません。自分たちの都合の良いようにサンプルを選んだインタビューで、いい加減なインタビューが行われていたのですから、資料の価値は著しく低いと言わざるを得ません。

 4人の著者が行ったインタビューでは、各質問に若者が頻繁に使用する単語が沢山使われていました。また、インタビュー以外に、2つの調査が実施されていました。1つは著者の1人(社会学者のリンダ・ウッドヘッド)が主導したもので、もう1つは、インターネット世論調査会社YouGov社が主導したもので、米国と英国に住む18~25歳の者を対象としたものでした。

 YouGov社の調査結果と英米の大学生に対して行ったインタビューの結果で、同じような質問に対して大きな差があるものがありました。著作中にそのことに関して釈明が為されています。4人の著者はそれを説明しようとしています。YouGov社の調査によると、18〜25歳の米国人と英国人の91%が男性もしくは女性と回答しており、それ以外(バイセクチュアル、もしくはいずれでもない)と答えた者は僅か4%でした(5%は無回答でした)。この数値は、インタビューの結果から得られた情報とは大きく異なっていました。インタビュー結果からすると、男性でも女性でも無いと答える者の割合はもっと高いはずでした。その差異が何故発生しているかを説明するため、著書に書かれていたのは、YouGov社の調査で得られた「男性」とか「女性」という回答の定義が分からないということだけでした。さて、それなら、そもそもそんな定義の定まっていない語に対して回答を求めることは意味が無いのではないでしょうか?

 4人の著者は、Z世代の特徴が他の世代と決定的に異なるものとなったことに寄与した歴史的出来事はたった1つだと論じていて、それはインターネットの普及ということでした。Z世代は、初めてのデジタル・ネイティブな世代です。その事実から、若者に対する画一的なイメージが語られることがあります。四六時中電子機器を見ているとか、片時もスマートフォンを手放さないとか、ソーシャルメディア上での自分の見栄えばかり気にしている等々のイメージです。インターネットこそがZ世代を特徴づけるものであり文化であり、彼らはWeb空間に閉じ込められているようです。しかし、4人の著者は、Z世代はWeb空間に閉じ込められているという比喩を激しく拒絶しています。彼らの見立てによれば、Z世代はインターネットの利点も欠点も両方認識しており、インターネットが彼らの世代を特徴づけるものではあるが、それに対して批判的な認識も持っているとのことです。

 インタビューを受けた大学生たちは(明らかに、YouGov社に調査された人たちとは全く違うのかもしれませんが)、Z世代を特徴付けるものはほとんどがデジタル関連のものであると答えていました。4人の著者は、Z世代に属する若者たちが自らZ世代にレッテルを貼ろうとすることは必然のことで何ら問題は無いと主張しています。しかし、自分で自分にレッテルを貼るということですから、どうしても自己陶酔は避けられないと思われます。しかし、4人の著者が著書で主張しているのは、Z世代の若者は自己識別が出来ており、自立しており、なおかつ、全く自己中心的でもエゴイスティックでも自己中心的でもないということです。

 ”Gen Z, Explained(Chicago社刊)”の著作中には、リリーという名のインタビューに答えた女性がいてZ世代の若者が自己中心的でなく倫理観が高いことを示す例であるとして言及されていました。リリーには待ち合わせをするといつも時間に遅れてくる男友達が1人いました。著書に記されていたのは、「彼女は彼の人格を全て尊重していると答えていました。もちろん、彼の時間にルーズな部分も含めて独特の行動や選択やライフスタイルを尊重していると答えていました。しかし、一方で、彼の側でもっと彼女の人格(時間を守るということを含めて)を尊重してほしいと思うこともあり、時にフラストレーションを感じることもあると答えていました。」というものでした。この逸話では、確かに彼女は自己中心的ではありません。でも、彼の方は完全に自己中心的であり、Z世代の特徴からすると完全に矛盾しています。

 この著作が最も強調しようとしているのは、「Z世代は、個人や組織をより良い方向に変化させる新たな潮流や行動様式を生み出す可能性がある。」ということのようです。それで、Z世代は新しい働き方を構築し (collaborative:共同)、新しい形のアイデンティティを生み出し(fluid and intersectional:流動的で横断的な)、コミュニティの新しい概念(diverse, inclusive, non-hierarchical:多様性に富み、協調的で、非階級的な)を生み出すということが記されています。

 Z世代がどんな新しい働き方を構築するかはさておき、Z世代だけが生まれた時から新しいテクノロジーに自然と囲まれて生活してきたというのは事実ではありません。その上の世代も、そのまた上の世代も生まれながらにしてその当時の最先端のテクノロジーに囲まれていたという点では同じなのです。また、Z世代は生まれながらにしてデジタルに接しているのでデジタル関連の能力が長けているとすれば、同様にその前の各世代にはそれぞれ長けている能力があるはずです。Z世代より上の世代の者は「Z世代は何を認識出来ていないかを理解していない。」と言いますし、Z世代の者は「上の世代は何が認識出来るかを理解していない。」と言います。でも、結局、どの世代の保有している知識が多いとか少ないとか優れてているとか劣っているとかはないのです。それぞれ保有している知識の範囲が違っていて比べられるものではないのです。

 4人の著書では、Z世代の若者の精神障害の増加はデジタル機器への過度の依存が原因であるという主張が為されています。いつの時代も新しい世代に関する批判では根拠の無いものが多いのです。この主張もその典型で、かつて流布したロックンロールばかり聴いていると子供がや野獣化するという主張と同様に馬鹿げたものです。4人の著者は、とある研究の結果を引用して(と言っても、彼らが行った研究ではないのですが)、Z世代にメンタルヘルスの問題を抱えている者が多いのはジャガイモの摂取量が増えたことが原因であり、デジタル機器に浸っていることが原因ではないと主張しています。この主張に至っては本当に意味不明です。世代が同じとはいえ、個々人で食生活は千差万別です。ですので、食べ物から世代の特徴を論ずることなんて全く不可能だと思われます。

 4人の著書の最も重大な誤りは、やたらZ世代を持ち上げているところです。また、Z世代の学生が環境問題や不平等や暴力や不正に関して強い懸念を抱いていることを賞賛していることも重大な誤りです。そうした懸念というのは、属している世代が共通するからといって共通するものではないのです。それは属している社会階級によって共通するものであることが明らかになっています。新しい世代”Z世代”を「新たな時代の先駆者」としてやたら持ち上げるのは間違っています。