「私は何者か( I Am Somebody )」と叫び、数多くの魂を震わせてきたジェシー・ジャクソン。彼が遺した功績は世界にどう響いているのか? NY 誌の深い洞察に満ちたコラムを翻訳紹介する。長年彼を敬愛してきた筆者の視点を交え、時代を変えた「希望の代弁者」の真の姿に迫るコラムでした。
本日紹介するのは、スタッフ・ライターの John Cassidy によるコラムで、タイトルは” Jesse Jackson’s Timeless Economic Platform “(ジェシー・ジャクソンの時代を超えた経済プラットフォーム)となっています。スニペットは” He ran for President twice on the concerns that still define American political life—inequality, affordability, and vanishing jobs.”(彼は、不平等、物価高、そして消えゆく雇用といった、今もなおアメリカの政界を特徴づける懸念を掲げて、大統領選挙に 2 度出馬した)となっていました。
さて、ジェシー・ジャクソンはご存じでしょうか?まったく恥ずかしい話ですが、私は知りませんでした。ロス・ペローやラルフ・ネーダーは覚えていても 30 〜40 年前に大統領指名争いで共和党か民主党で 2 位になった人物は覚えていないものですね。多分、覚えている人は殆どいないと思います。
この Cassidy のコラムを翻訳して認識したのは、トランプ大統領以前にもポピュリズム的な政策を掲げて選挙戦で有権者の心を掴んだ政治家がいたということです。ただ、その人物は大統領にはなれなかった。それはその人物が黒人だったからなのか、当時の有権者が 2020 年代の有権者ほどポピュリズムになびかなかったからなのか、トランプ氏と違って資金力が無かったからなのか、掲げたポピュリズム的な政策の中身に問題があったのか⋯私にはわかりません。
現在、アメリカだけでなく世界各国で多くの政治家や政党が、格差や社会的不満を持つ大衆の支持を得ることを優先する政策を掲げるようになっています。古代ギリシャでは直接民主制の下で教養のない貧民が政治を支配したことが衆愚政治の原因とされ、教育の普及と質向上がはかれれました。おそらく今の日本では教育は十分だと推測します。私が思うに、日本で衆愚政治を防ぐために必要なのは、政治家や知識人などのエリート層が、専門的・合理的な政策を立案し、国民に対して誠実に説明責任を果たすことだと思います。と偉そうなことを書きましたが、私は衆愚政治でも特に問題ないんじゃないかと思ったりします。独裁よりはよっぽどマシなことだけは確かですから。
さて、話がそれましたが、以下に和訳全文を掲載します。詳細は和訳全文をご覧ください。
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