Jesse Jackson’s Timeless Economic Platform
ジェシー・ジャクソンの時代を超えた経済プラットフォーム
He ran for President twice on the concerns that still define American political life—inequality, affordability, and vanishing jobs.
彼は、不平等、物価高、そして消えゆく雇用といった、今もなおアメリカの政界を特徴づける懸念を掲げて、大統領選挙に 2 度出馬した。
By John Cassidy February 23, 2026
1988 年の民主党大統領予備選( Super Tuesday Democratic primary )の 1 週間前の数日間、私はジェシー・ジャクソン牧師( Reverend Jesse Jackson )の選挙運動に同行した。先週、彼が 84 歳で亡くなった。彼は雄弁な演説、公民権運動で果たした役割、鋭い手腕で知られていた。ジャーナリズムの修士過程を修了してわずか数年の若い記者だった私は、彼に感銘を受けた。彼はエネルギーと自信に満ち溢れていた。彼の選挙運動には多額の広告予算をかける余裕はなかった。代わりに、記者を乗せる飛行機をレンタルし、各州を飛び回って独自に話題作りを続けた。当時使っていたノートに私は記していた。「ジャクソンの選挙活動は混沌としている。多くの記者(先週末は 6 人だったが、今では 30 人近く)が夜も明けきらない早朝に DC9 に乗り込むが、誰一人としてその日の行き先を知らない……。立ち寄り先は、勝手に変更されたり追加されたりする。彼は側近から「牧師( Reverend )」と呼ばれている。彼は機内を縦横無尽に歩き回り、記者たちと冗談を交わしている」。
ジャクソンは 1984 年の民主党予備選でウォルター・モンデール( Walter Mondale )とゲイリー・ハート( Gary Hart )に次ぐ 3 位と健闘した。しかし、1988 年の予備選序盤では、支持基盤を黒人有権者以外に拡大できていないとして、評価を落としていた。しかし、ミネソタ州とメイン州で 2 位となったことで、多くの政治評論家はもはや彼とその主張を無視できなくなった。4 年前に中道左派のモンデールがロナルド・レーガンに大敗した影響で、民主党予備選候補者は臆病風に吹かれたような者ばかりだった。その中で、彼は際立つポピュリストの才能を発揮していた。
ジャクソンは富裕層への増税を主張した。ボルチモアで行われた労組の定期大会で、レーガンによる 1981 年の減税を批判した。いかに逆進的であったかを示す数字を挙げ、「彼は逆ロビンフッド( Robin Hood )である。貧困層から奪い、それを富裕層に与えている」と主張した。彼の地元サウスカロライナ州の空港では、繊維産業の雇用が大量に失われていることを嘆き、製造業が海外に事業を移転していることを批判した。「アメリカへの投資、労働者の再訓練、そしてアメリカ再工業化」を促す政策の必要性を訴えた。グリーンビル( Greenville )郊外にある白人経営の酪農場では、家族経営の酪農場の衰退を嘆いた。農場主や周辺住民と共に卵とグリッツ( eggs and grits )の朝食を共にした。農場主らは著名な訪問者に投票するとは公言しなかったものの、ある者は「多くの有権者が彼の発言に共感している」と述べた。
黒人コミュニティでは、ジャクソンは常に大勢の聴衆を集めた。彼は人種の垣根を越えたメッセージを発信した。彼が訪れた場所の 1 つはアラバマ州セルマ( Selma )である。1965 年に州警察と地元警察が非武装の黒人デモ参加者に暴行した場所である(訳者注:いわゆる「血の日曜日事件」)。実は、この事件がきっかけで、当時シカゴの神学校生だったジャクソンは南部に渡ったのである。そこで他の公民権運動家たちと合流し、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア( Martin Luther King, Jr. )と出会った。地元の学校で演説したジャクソンは、セルマのデモとモンゴメリーへの行進に参加した人々に敬意を表した。それから違う話題に移った。「 20 年前は黒人と白人の対決であった」と彼は言った。「現在はバラクーダと小魚の対決である。社会正義の先にあるのは、経済的な正義と公平性の追求である。それが有権者がこの選挙に求めているものである。私の選挙運動は、希望と公平性を体現している」。
政界には、ジャクソンは口先だけの人間だと非難する者もいた。実際、1990 年のロサンゼルス・タイムズ紙( the Los Angeles Times )の記事で、ワシントン DC 市長のマリオン・バリー( Marion Barry )は「ジェシーは口先だけで、深い考えがあるわけではない」と指摘している。しかし 1988 年のジャクソンの演説は非常に雄弁であった。教育、保育、住宅、インフラ整備事業への数千億ドル規模の資金拠出を求めるもので、強固で広範な政策綱領がベースにあった。その内容は、大規模開発事業を支援する国立投資銀行の設立、連邦最低賃金の引き上げ、労働組合の組織化を容易にする法律の制定、メディケイド( Medicaid )の拡充、低所得者向け住宅建設のための公的年金基金の資金活用案、そして全国的な幼児教育プログラムなどである。ジャクソンは、人種に関係なくすべてのアメリカ人の間で高まっていた懸念を認識できていた。雇用、賃金、住宅価格の高騰、不平等に対する懸念である。これらの懸念は、40 年経った今でも解消されていない。「彼はスポンジのようだった。何でも吸収した」と、1988 年の選挙運動でジャクソンの政策担当責任者を務めたベテラン進歩主義活動家で作家のロバート・ボロセージ( Robert Borosage )は、先週私が電話した際に語った。「彼は野心的な人物で、野心的な政策を好んでいた」。
当時はレーガン政権の減税政策が生み出した巨額の財政赤字のせいで、財政破綻の危機が認識されつつあった。多くの政治評論家がジャクソンの政策は財政的に無理で無責任だと主張した。こうした批判に対抗するため、ボロセージと外部専門家チームは予算案をまとめた。予算案には富裕層と企業への増税と国防総省予算の 5 年間凍結が盛り込まれていた。少なくとも理論上はジャクソンの政策を実現する財源を確保しつつ、財政赤字も削減することができることを示していた。「軍事費を削減し、レーガン政権の富裕層向け減税を撤回し、さらにいくつかの対策を講じる覚悟があれば、使える資金は十分にあった」とボロセージは回想した。
どんな予算でもどこかに粗があるわけで、ジャクソンの予算も議論の余地のある経済的仮定に基づいていた。現在のワシントン・ポストはジェフ・ベゾス( Jeff Bezos )がオーナーでトランプを恐れて特定の政党を支持していないが、当時は民主党支持を明確に打ち出していた。他紙を圧倒する詳細さでジャクソンについて報じていた。「民主党に、流行遅れになった一連の義務を思い出させる」ことを目指していることを強調した。同紙の支援も虚しくジャクソンは大統領候補に指名されなかった。マサチューセッツ州知事のマイケル・デュカキス( Michael Dukakis )に敗れた。ジャクソンは 2 位であった。得票率は 30% 弱で 1,000 人以上の代議員を獲得した。南部で黒人の多いアトランタでの民主党全国大会で、彼は人種的な主戦場( battlegrounds )が「共通の基盤( common ground )」に移行したと述べ、党内の団結を訴えた。耳をつんざくような歓声の中、彼のお決まりのフレーズ「希望を持ち続けよう!( Keep hope alive! )」を繰り返す感動的な演説を行った。
先週、各紙に彼の死亡記事が掲載された。ザ・ネイション紙( The Nation )に掲載されたボロセージの追悼文が秀逸だった。記されているのは、ジャクソンの 1988 年の選挙戦が、黒人候補でも多くの白人有権者の支持を獲得できることを示したということである。それによって民主党予備選のルールが変更されたことが、20 年後のバラク・オバマの勝利につながったと指摘する記事もある。それは事実であり、ジャクソンの遺産の重要な一部である。しかし、彼の死は私に、別の歴史、つまり実現しなかった歴史について考えさせるきっかけにもなった。もしジャクソン、あるいは彼のポピュリスト路線を堅持する別の民主党議員が、大統領候補に指名され、続く大統領選にも勝利し、選挙運動で訴えた政策を実行に移したらどうなっていただろうか。今日のアメリカ政治はどれほど違っていただろうか。
しかし、ジャクソンと同じポピュリスト路線を掲げて大統領選を勝ち抜く者が現れる可能性は限りなく小さくなっている。というのは、1992 年の大統領選でビル・クリントンが勝利する上で、別の種類の経済的ポピュリズム路線が重要な役割を果たしたからである。政治的には、クリントンは中道的な立場をとるニュー・デモクラット( New Democrat )を自称した。しかし同時に、富裕層に増税を課し、最低賃金を引き上げ、国民皆保険制度を導入し、「忘れられた中流階級( forgotten middle class )」を復権させると約束した。彼はルールを守って行動している多くの一般アメリカ人が政府から顧みられず不当な扱いを受けていると主張した。彼は在任中に連邦所得税の最高税率を 31% から 39.6% に引き上げた。また、勤労所得税額控除を拡大し、一般的な労働者世帯の購買力を高めた。しかし、クリントンの医療制度改革は行き詰まった。また、彼は財政赤字削減にコミットしていたので、それが国内政策の残りの部分の足枷となった。また、1992 年の選挙運動中には批判していたのに、1993 年 12 月に北米自由貿易協定( NAFTA )に署名した(条件付きで承認した)。その後、1995 年の世界貿易機関( World Trade Organization )の設立を支持し、2000 年には中国に恒久的最恵国待遇( China permanent normal trade relations )を付与した。グローバリゼーションの進展がグローバル経済の発展を促した。アメリカに大量の安価な輸入品が流入することとなった。アメリカでは活性化させた産業もあるにはあった。1990 年代には全般的に雇用が大幅に増加したが、製造業では空洞化が進んだ。特に一部の地域は壊滅的な打撃を受けた。それが社会問題化し、政治的疎外感が生み出された。
現実には起こらなかったことであるが、もしジャクソンや民主党内で同じ主張を掲げる者が大統領になっていたらどうだったか。あくまで架空の話であるが、そうした大統領が誕生していたら、 1990 年代あるいは 2000 年代に財政赤字強硬派( deficit hawk )に反抗し、グローバリゼーションに対してより懐疑的なアプローチを取っていただろう。この大統領は、1988 年の民主党大統領候補氏名争いで存在感を示したディック・ゲッパート( Dick Gephardt )の主張を取り入れて、アンフェアな貿易慣行を行っていると判断された国からの製品に関税を課したかもしれない。掲げたポピュリスト的な政策を推進し、失業者への補償として適切な再訓練プログラム、転居助成金、不況地域への企業投資に対するインセンティブの拡大などを要求しただろう(実はクリントン政権時代の民主党にもそうした政策を訴える者たちもいたが、ごく少数であり大勢に影響を及ぼすことはなかった)。また、ジャクソンが訴求した社会投資に資金を提供しただろう。最低賃金を倍増させ、労働組合の組織化を容易にし、金融規制を弱めようとする動きに抵抗し、ギグエコノミー( gig economy:フリーランスなどの立場で、単発もしくは短期の仕事を請け負う働き方)を規制しただろう。もしかしたら、カナダ型の国民皆保険制度( universal health-care system )を導入していたかもしれない。
架空の話をこれ以上展開しても意味がない。上の架空の大統領が経済ポピュリスト的な政策を推進できたとしても、すぐに無視できない現実に直面することとなるだろう。大統領執務室で金融市場が不安定になるのを眺めながら、企業利益に大きく依存する議会の猛反発に対処しなければならなかっただろう。1993 年に、2016 年の大統領選にも出馬しジャクソンの進歩主義的な政策の継承者と見なされたバーニー・サンダース( Bernie Sanders )下院議員が最低賃金を 4.25 ドルから 5.50 ドルに引き上げる法案を提出した。しかし、共同提案者として署名した民主党議員はわずか数十人だった。同様の法案が可決されたのは 1996 年のことで、次の大統領選挙直前のことである。2009 年から 2010 年にかけて、オバマ大統領は医療保険制度改革法( Affordable Care Act )に公的保険制度をオプションとして盛り込もうとした。しかし、上院で賛成票を 60 票しか得られず、廃案となった。2021 年から 2022 年には、ジョー・バイデン( Joe Biden )大統領がビルド・バック・ベター法案( Build Back Better plan )に、就学前教育の無償化と子育支援策を盛り込もうとした。しかし、50 対 50 と拮抗する上院において民主党上院議員 2 名、ジョー・マンチン( Joe Manchin )とキルステン・シネマ( Kyrsten Sinema )の支持を得られず大幅な縮小・修正を余儀なくされた。
現実の世界は厳しいものである。腐敗した共和党の億万長者が、偽りの経済ポピュリズムを掲げて 2 度もホワイトハウス入りを果たしている。現在、2028 年の大統領選に向けての民主党の最優先事項は、有権者に真の価値を提供する人物を指名することなのかもしれない。誰を選ぶかは非常に重要なことである。各種世論調査で明らかになっているのだが、民主党の掲げる政策の大半は、過半数の支持を得られている。富裕層と企業への増税、企業やダークマネー( dark money:資金の提供者が誰であるかを公に開示する義務がない政治献金)による選挙への影響の制限、最低賃金の引き上げ、国内産業支援、保育所への連邦資金の拡大などである。質問の仕方にもよると思うのだが、国民皆保険制度の導入も多くの支持を集めている。また、AI 普及による大量失業が懸念される中、AI を規制し、それを牛耳るテック界の大物たちを抑制するという提案も強い支持を得ているようである。サンダースさえもこのアプローチを支持している。「バーニー・サンダースとジェシー・ジャクソンは共に、民主党議員団の多くから懐疑的な目で見られていた。彼らは少数派でしかなかった。」とボロセージは指摘する。 「もし民主党内の誰かが本物の経済ポピュリストとして次の大統領選に出馬することを決めたら、共和党候補に勝利できるだろうか。可能性は皆無ではない。例えばカリスマ性のある人気のある知事などであれば勝利できるのではないか」。♦
以上
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