知ってた?ジョンソン・エンド・ジョンソンのアメリカでの酷い仕打ち!同社製品で卵巣癌になった者を切り捨て!

A Reporter at Large September 19, 2022 Issue

Johnson & Johnson and a New War on Consumer Protection
ジョンソン・エンド・ジョンソン!消費者保護をおろそかにするべく奮戦中!

The company has spent billions on cases about one of its most popular products. As its executives try a brazen new legal strategy to stop the litigation, corporate America takes note.
同社は、最も人気のある製品の 1 つに関する訴訟に数十億ドルを費やしてきました。経営陣は訴訟を阻止するために厚かましい新たな法的戦略を試みています。その行く末を多くの企業が注目しています。

By Casey Cep September 12, 2022

1.

 神様がくれた体は一つしかないんだから大切にしなさい、というのがディーン・バーグ(Deane Berg)のいつもの口癖でした。バーグは、サウスダコタ州スーフォールズ(Sioux Falls)にある退役軍人病院の医師助手をしていました。彼女は、49歳の女性にとって月経間に非定型出血(スポッティング:spotting)があることは珍しいことではないと知っていましたが、とにかく医者に行ってみました。彼女の夫は既に肺がんで他界していました。ですので、2人の娘のためにも、ベークは長生きしなくてはと思っていました。

 ざっと診察しただけで、婦人科の医師は更年期障害だろうという診断をしました。その後、超音波診断をしたのですが、卵巣に影のようなものが見られたので、看護師はおそらく血栓があるようだと言いました。「癌ではない」と、診断した医師は言ったのですが、2006年のクリスマスの翌日に両方の卵巣の摘出手術が行われました。しかし、バーグは、術後の経過観察で病院を訪れた際に、病理報告書を偶然にも目にし、そこに 「漿液性癌(serous carcinoma)」と記載されていることに気付きました。外科医から、そうした事実を知らされる前でした。彼女は泣きました。外科医も辛そうでした。彼女は、子宮全摘出( full hysterectomy)と化学療法(chemotherapy)を受けることが必要でした。同時に幸運も必要でした。毎年、米国では約2万人の女性が卵巣癌と診断されています。そして、その半数以上が命を落としています。

 バーグは自分に言い聞かせました。26年間もたくさんの患者の世話をしてきたのだから、このことが自分の治療に役立つし、きっと大丈夫だろうと。しかし、退役軍人に留置ポート(port-a-caths:皮膚の下に埋め込んで薬剤を投与するために使用)を埋め込んだ経験があるからといって、自分の腹部や胸部にそれを埋め込む際の痛みが和らぐわけではありません。吐き気と頭痛を抑えるために留置ポートから薬剤を投与しなければならないのですが、自分で勝手に薬剤を入れることもできず、過去の経験が生きるわけでもありません。また、化学療法で髪の毛や聴力が失われたり、手足の神経が傷ついたり、歯が割れたりすることもあるのですが、それを防ぐ有効な手立ては何もありませんでした。体調も悪化して免疫力も低下したバーグは、病院を退職しました。その結果、卵巣癌と診断された時に病院でもらった資料を読む時間が増えました。

 配布資料の中に、1989年に42歳で亡くなったコメディアンのジルダ・ラドナー(Gilda Radner)の友人たちが設立した団体「ジルダズ・クラブ(Gilda’s Club)」が配布した資料がありました。その資料には、危険因子のリストが載っていて、バーグはそれをひとつひとつ見ていきました。彼女の家系には、生殖器の癌を患った者はいませんでした。また、彼女は、不妊症に悩んだこともありませんでしたし、排卵誘発剤を使ったこともなく、癌になったことはなく、急激なダイエットをしたこともなく、太り過ぎでもありませんでした。いろいろな危険因子が記されていましたが、タルカムパウダー(talcum powder:滑石粉)に関する記載があるのが目に入りました。それを読んでから、彼女は浴室に置いてあるジョンソン・エンド・ジョンソンのボディパウダーの大きな容器と、旅行に持っていくジョンソン・エンド・ジョンソンのベビーパウダーの小さなボトルを見てみました。どちらも、成分としてタルク(talc:滑石)が使われていました。

 バーグはすぐに卵巣癌研究アライアンス(Ovarian Cancer Research Alliance)のフォーラムにメッセージを投稿し、自分の癌がタルカムパウダーのせいかもしれないと思う女性が他にいるかどうかを尋ねてみました。すると、2人から返事が来ました。1人目は、イリノイ州の癌研究者でした。その人物は10年以上も前から、食品医薬品局(FDA)にタルクは発癌性があると警告を発するように働きかけていました。2人目は、ミシシッピ州の弁護士のR・アレン・スミス・Jrでした。彼は、ジョンソン・エンド・ジョンソンに対して訴訟を起こすので話をしたいと言ってきました。しかし、彼女は彼が本物の弁護士であるという確信が持てませんでした。

 スミスは、実際に弁護士をしていました。彼は、何年も前に医師であった自分の父から、タルクが人体に害を及ぼしている可能性があるということを聞いたことがありました。2020年に医学誌”Journal of the American Medical Association”に掲載されたある論文は、25万人の女性を対象とした4つの長期観察研究データも資料として添えられていたのですが、タルクと卵巣癌との間には統計的に有意な関連性は無いと結論付けていました。しかし、その論文の筆者が指摘していたのですが、これらの研究にはタルクを含むパウダーと含まないパウダーを必ずしも明確には区別しておらず、また、パウダーをつける頻度や期間を被験者に尋ねる点が十分には為されていないなどの問題がありました。一方、他の多くの研究で、下着の擦れるところや生理用ナプキンを装着する際や骨盤矯正ベルトを着ける際にタルクの入ったパウダーを使用する女性は、卵巣癌のリスクが有意に高いことが判明していました。

 特に癌の場合、潜伏期間が長く、原因がいくつもあることが多いため、病因の特定は容易ではありません。しかし、バーグが卵巣癌と診断された時点では、タルクが卵巣癌を引き起こす可能性があるという証拠は十分に存在しており、アメリカの多くのメーカーは慎重を期して、クレヨン、コンドーム、手術用手袋などの製品への使用を中止していました。なぜ、ジョンソン・エンド・ジョンソンは同じことをしなかったのでしょうか?安価で豊富に存在していて安全なコーンスターチという代替品が存在していたのに。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンは、アメリカで最も信頼されている企業の1つです。バーグは、化学療法を続けている中で、同社のボディパウダーのキャッチフレーズのことをしばしば思い出しました。それは、「1日1回、ひとふりすれば、臭わない(A sprinkle a day helps keep odor away)」というものでした。彼女は、30年以上前から、そのアドバイスを信じて、股間にパウダーを振り撒いて、擦れるのを防いでいました。しかし、そのパウダーは彼女が化学療法で使っている薬とは異なっています。化学療法の薬は副作用はひどいけれども、生き伸びるためには必須のものです。対照的に、彼女が使っていたパウダーは決して必須のものではないのに、副作用があるのです。パウダーを使うことは不必要なギャンブルのように思われたので、他の人に警告する必要があると彼女は考えました。

 バーグは、娘たちのことをずっと心配していました。自分が死んだらどうなってしまうのかということを考えましたし、また、娘たちも遺伝的に癌にかかるリスクが高いのではないかと心配したりしました。そうした懸念を払拭するために彼女は2007年に遺伝子検査を受けました。その結果、生殖器系の癌の発症率を高める2つの主要な変異のどちらも自分は持っていないことを知りました。その2年後に彼女は卵巣組織の検査を受けたのですが、片方の卵巣にタルクが残っていることを病理医が発見しました。その後まもなく、癌が寛解した彼女は、ジョンソン・エンド・ジョンソンに対して訴訟を起こすことを決意しました。同社がベビーパウダーで訴訟を起こされたのは初めてでした。

 小さな子供からお年寄りまで、ほとんどすべてのアメリカ人が、ジョンソン・エンド・ジョンソンの製品を使っています。無数の製品があります。ベビーシャンプーやバンドエイドやネオスポリン(Neosporin)、ロゲイン(Rogaine)、OBタンポンやタイレノール、イモディウム(Imodium)、モトリン(Motrin)、ジルテック(Zyrtec)、リステリン洗口液、ニコレットガム、アベノローション(Aveeno lotion)、ニュートロジーナクレンザー、カテーテルなどです。手術においてもジョンソン・エンド・ジョンソンの製品は欠かせません。カテーテルやステントはもちろん、耳鼻咽喉を膨らませるためのバルーン、止血剤、止血用ステープル、足首や股や肩や膝の関節を置き換えるための人工関節、豊胸手術の詰め物などです。コンタクトレンズのアキュビューもジョンソン・エンド・ジョンソンの製品です。一連のベビーパウダーの裁判が始まるまで、ジョンソン・エンド・ジョンソンの製品愛用者のほとんどが認識していませんでしたが、 同社はベビーパウダーに非常に危険性が高いとされる発癌性物質であるアスベストが含まれていることを何十年も前から知っていたのです。

 手で触ると滑りがよく、爪で傷をつけることができるほど柔らかい鉱物であるタルクは、10億年以上前の鉱床に存在していて、世界中に存在しています。このような鉱床には、緑閃石(アクチノライト)、直閃石(アンソフィライト)、白石綿(クリソタイル)、透閃石(トレモライト)が混じっていることがあります。タルクに付随するように存在しているこれらの鉱物は、いわゆるアスベストと言われるもので、繊維状に変形した形で産出される天然の鉱物です。それらは決して珍しいものではなく、世界各地のタルクが産出される鉱床で一緒に産出されていることが多いようです。ジョンソン・エンド・ジョンソンの研究員たちは、1971年には既にタルクにアスベストが含まれている可能性が高いという事実を認識していたようです。また、タルクにアスベストが含まれているかどうかにかかわらず、タルクそのものが癌を引き起こす可能性があるかもしれないことも懸念されていました。バーグが卵巣癌であると診断された時点で、世界保健機関配下の国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer)は、繊維状の粒子を含むタルクを発癌性物質に指定し、タルクパウダーを性器に塗りつけることで癌が引き起こされる可能性があると説明していました。FDA(食品医薬品局)も安全性に問題があると懸念していました。しかし、元FDA高官のアン・ウィットの言葉を借りれば、「ベビーパウダーなどに対するFDAの権限は、笑っちゃうほど小さい」のです。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンは、同社のベビーパウダーは「安全で、アスベストを含まず、癌を引き起こさない」と主張してきました。本誌の取材にもそう答えていました。しかし、2016年のブルームバーグが行った調査や、その後にロイターやニューヨークタイムズの記事でも明らかになっていますし、バーグの訴訟等でもさまざまな資料が示されていましたので、同社のパウダーに健康リスクがある可能性が明るみに出ました。そうしたことを受けて、たくさんの人が、数万人レベルですが、同社の製品が原因で癌になったとして、同社を相手取って訴訟を起こしました。2020年に陪審員から原告の何人かに総額数十億ドルを超える賠償金を支払うよう命じられた後、ジョンソン・エンド・ジョンソンは、タルクを使用した製品をアメリカで販売しないと発表しました。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンは、陪審員が下した判決を回避する戦略を採用しました。ジョンソン・エンド・ジョンソンは、コーク・インダストリーズ社(Koch Industries:カンザス州ウィチタに拠点を置く石油、エネルギー、繊維、金融などを手掛ける、アメリカでカーギルに次ぐ巨大な売上高を誇る非上場の多国籍複合企業)が最初に使った法的手段を用いました。ジョンソン・エンド・ジョンソンは、企業価値が0.5兆ドル近くあり、米国政府よりも高い信用格付を持つ企業ですが、破産を宣言しました。それによって、当時係争中であった4万件の訴訟と、将来起こりうる癌患者やその遺族からの請求の行方は、同社の本社があるニュージャージー州の破産裁判所の判事1人の手に委ねられることになりました。もし、ジョンソン・エンド・ジョンソンが勝訴する(破産が認められる)と、バーグが言うように「あらゆることから逃れられる」状態になるわけです。そういった意味で、この訴訟は消費者保護法の効力を弱めかねません。一般市民は、消費者保護法が無効化されてしまったら、陪審員の前で弁明することさえできなくなります。また、長期にわたって被害を生み出してきたことが明らかな企業でさえ、被害者に対してほとんど賠償金を支払わなくても良くなってしまいます。