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消費者対応に関しては、被害が発生する前と、発生した後の2つの段階があります。ディーン・バーグ(Deane Berg)がジョンソン・エンド・ジョンソンを提訴してから4年近く経った2013年6月に、彼女は車で5時間かけてラピッドシティに行き、ジョンソン・エンド・ジョンソンの弁護団と面会しました。彼女が言うには、弁護団は80万ドルの和解金を提示してきたそうです。彼女は、べビーパウダーにも警告ラベルを付けるよう要望をしたそうです。それは受け入れられませんでしたが、和解金の50万ドル増額を提案してきたそうです。しかし、ベビーパウダーが原因で癌になったとは絶対に言わないという条件付きでした。(同社はそうした事実は無いと否定しています)。
彼女は弁護団との会談を終え、精神的な支えとして同行していた2番目の夫と散歩に出かけました。彼女は夫に言いました、「一儲けするために訴訟を起こしたんじゃないのよ。私のように苦しむ女性がいなくなるように、タルクの危険性を世間に知らしめたかったのよ。」と。彼女は自宅に戻ってから、決心しました。そして、弁護団に通告しました、「タルクを使った商品に警告文が付されないなら、多くの女性がタルクを使い続けてしまうわ。ですので、和解には応じられません。」と。
その年の秋、バーグの裁判はスーフォールズ市で行われました。陪審員制でした。彼女のために3人の専門家証人が登場しました。その中の1人が、タルカムパウダーの使用によって卵巣癌のリスクが上昇することを示した最初の研究を行ったハーバード大学内にあるダナ・ファーバー癌研究所の疫学者ダニエル・クレイマー(Daniel Cramer)でした。一方、ジョンソン・エンド・ジョンソンは、5人の専門家証人を準備していました。彼らはタルクと癌の関連性を示す証拠は何も無いと主張し、バーグの卵巣から検出されたタルクは、彼女が治療を受けた病院で採取されたサンプルに混入した可能性が高いと主張しました。
裁判は2週間続きました。バーグ側の弁護士たちはバーグに警告しました、「サウスダコタ州の陪審員は、製造物責任が問われる訴訟では、被告側に与することが多い。」と。その時点では、判決がどう転ぶかは全く分からなかったのですが、既に彼女の訴訟は大きな注目を集めていました。ジョンソン・エンド・ジョンソン側はバーグが用意した3人の専門家証人の主張にことごとく異議を唱えましたが、3人すべての主張が裁判所に受け入れられ、ダウバート基準をクリアしていました(ダウバート基準”Daubert standard”とは、アメリカにおいて、科学的な事柄に関する専門家証人の証言に関して証拠としての受け入れ可能性(admissiility)があるか否かを判断する基準であり、証言が依拠する論理が検証可能(testable)か否か、同業者により再検討されているか否か、当該論理による誤差の確率、当該理論が科学業界で受け入れているか、を判断のファクターとするというもの)。
陪審員の審議が行われた2日間、サウスダコタ州は猛吹雪に見舞われました。原告席に座っていたバーグは、陪審員が評決を下した際に、法廷が静まり返ったことに衝撃を受けました。ジョンソン・エンド・ジョンソンに過失があったということが認められたのです。ジョンソン・エンド・ジョンソンの弁護団の内の1人がノートを閉じました。次に、補償的損害賠償と懲罰的損害賠償の問題についての説明が行われました。彼女の医療費として受け取るべき金額、ジョンソン・エンド・ジョンソンが自社製品に関連する癌のリスクを消費者に警告しなかったことで懲罰的にバーグに支払わなければならない金額が明らかにされました。その金額は、どちらもゼロドルで、もちろんトータルでもセロドルでした。
陪審員が企業の過失を認めながら、損害賠償をゼロにすることは非常に稀です。それでも、バーグにとってはそれほど痛手ではありませんでした。通常であれば企業を訴える原告にとって、それはとても辛いことです。しかし、バーグはお金のことはどうでも良かったのです。彼女は、以前、他の女性たちにタルクの危険性を知らしめるために、100万ドル以上は貰えた賠償金を拒否しました。彼女は、勝訴した事実を認識して安心しました。また、今後は同様の訴訟を起こした原告が勝訴しやすくなるに違いないと思いました。これまでタルクに関する訴訟では、原告側の敗訴が続いていました。しかし、今後はそうした状況も変わるでしょう。