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昨年の夏、ジョンソン・エンド・ジョンソンは上述の2016年10月に起こされた広域係属訴訟を解決するために40億から50億ドルほどの金額を提示したと伝えられています。その取引は決裂したのですが、いずれにせよ、同社はタルク関連でいくつもの訴訟案件を抱えており、その額で全てを終わらせることは不十分でしょう。ジョンソン・エンド・ジョンソンを訴えている者は、この広域係属訴訟以外でもたくさんいますし、タルク関連では卵巣癌以外の病巣での訴訟も起こされています。タルクに含まれていたアスベストのせいで中皮腫に罹患して訴訟となっている案件もあります。中皮腫とは、体の内臓を囲む薄い組織の層を蝕まれ、診断から1年以内に死亡することが多い病気です。非常に稀な病気ですが、致命的な癌です。パトリシア・クック(Patricia Cook)は、中皮腫で訴訟を起こしている原告の1人です。バージニアビーチに住む58歳のパーソナル・トレーナーで、二人の息子の母親です。彼女はアスベストに曝露するような環境で暮らしたことも働いたこともなかったのですが、自分の母親がジョンソン・エンド・ジョンソンの社員だったため、同社の製品を使うことが多かったそうです。クックは12歳の時からベビーパウダーを使い始め、ディーン・バーグと同じように、シャワーの後に重宝していました。子どもが生まれてからはおむつを替えるたびに使っていました。2020年、子供が大きくなって手がかからなくなった頃でしたが、クックは右下腹部にしこりを見つけました。超音波検査を受けると、子宮頸管の後ろに結節があるのが判明しました。生検か子宮摘出かの選択を迫られた彼女は後者を選びました。執刀医は、手術中に彼女の生殖器官が腫瘍で覆われていることを発見し、できる限り多くの生検を行うことにしました。彼女は私に言いました、「MyChartというアプリで私は結果を確認しました。悪性腹膜中皮腫でした。」と。
中皮腫は、歴史的に見ると鉱山や建設業に従事する男性がかかることが多い病気でした。しかし、時としてその妻や娘がかかることもありました。しかし、ピッツバーグ大学医学部教授で中皮腫研究の権威であるマイケル・ベキッチ(Michael Becich)によれば、「現在、より若い世代や女性が中皮腫になる例が多くなっている」そうです。疾病管理予防センター(CDC)は最近、中皮腫で死亡した女性の数が過去20年間で25%増加したと報告しました。1999年には489人だったのですが、2020年には614人となっていて、最も多いのは主婦でした。1997年にジョンソン・エンド・ジョンソンの代理人として、テキサス州の1人の女性から起こされた中皮腫関連の訴訟を戦っていた弁護団の社内メモが残されていたのですが、そこには、「中皮腫の原因となる物質に曝露した形跡の無い女性が稀に中皮腫になっているが、それは化粧品等に含まれるタルクが原因となっている可能性があるかもしれない。」と記されていました。
クックは悪性腹膜中皮腫であると知った時の心境を教えてくれました。「とてもショックでした。健康的な食事を摂るように心がけ適度な運動も続けて過ごしてきたので、健康には自信がありました。それだけに余計にショックでした。2番目の夫と結婚したばかりです。看取ってもらうために、結婚したのではありません。長く連れ添うつもりでした。」と言っていました。新型コロナで制限がかかって、彼女の夫は彼女が入院している病院に世話のために行くことが出来ませんでした。そのため、彼女は病院で長い間、1人で過ごさねばなりませんでした。子宮、卵膜、胆嚢、虫垂、脾臓、腹膜の一部、横隔膜の一部、腸の一部を切除し、腹腔内温熱化学療法(薬を直接腹部に流し込む集中治療)を受けました。
クックは、医療費をまかなうためと、他の女性を守りたいという思いから、ジョンソン・エンド・ジョンソンを相手に訴訟を起こしました。彼女の弁護団は、裁判は2022年5月に始まる可能性が高いと言っていました。しかし、彼女の弁護団が裁判の準備をしている時、クックは裁判が始まらないことを知らされました。ジョンソン・エンド・ジョンソンが破産申請をしたからです。各州の裁判所でたくさんの訴訟があり、連邦裁判所でもたくさんの広域係属訴訟がありました。同社を訴えていた原告は数万人はいたでしょう。しかし、全ての訴訟が突然進まなくなってしまったのです。