中国企業の売上を押し上げたトランプ政権配布の小切手
5月14日、私はリ・デウェイと夕食を食べました。その時、彼はキムゾン社が国内市場の売上を増やすことに苦戦していると言いました。彼は言いました、「売上が中々上がらないんです。」と。彼は商品のテイストに問題があるのではないかと考えていました。そてで、キムゾン社の中国国内向けのシューズのソールを黒から白に変更しました。その方が中国の消費者には受け入れられやすいと思ったからです。
3月に、ちょうどアメリカでパンデミックの影響が出始めた頃ですが、キムゾン社は1日当たりの生産量を500足にまで減らしました。しかし、現在は通常時に近い2,000足まで増やしています。リ・デウェイはデザイン部門とマーケティング部門の人員を削減していましたが、製造工程の従業員は減らしていませんでした。彼にとっては、サプライチェーンを維持することが最優先事項でした。
リ・デウェイは米アマゾンでシューズを売っていましたが、米国に行ったことはありませんでした。彼は裕福な家の出ではありませんでした。両親はともに農家の出身で、小学校しか出ていません。二人とも毛布工場の製造ラインので職を得て、後に小さな毛布屋を開きました。可処分所得の多くをリ・デウェイを含む3人の子供の教育に費やしました。リ・デウェイは高校で優秀な成績を修め、四川大学に入学しました。卒業後に、縁戚の者が経営していた福建省の靴工場で働くようになり、そこで貿易について学びました。
私とリ・デウェイはいつも北京語で会話しました。彼は英文を読むのを苦にしませんでした。彼は、仮想プライベートネットワークを利用して、中国の検閲網を回避し、グーグル・トレンドなどのサイトにアクセスして、米国市場の動向を調査していました。彼は言いました、「米国に行くことで得られることは多いのでしょうが、インターネットからでも多くのことを学ぶことができます。米国は自由の国ですから、非常にたくさんの情報が公開されています。それが中国と大きく異なるてんです。」と。彼は未だ行ったことのない米国の人たちの特性について、次のように言いました「あなたと違って米国に住んだことも行ったことをありませんが、米国の人たちはあまり節約しないように思えます。お金が手元に入ってくると、すぐに使ってしまうのでは無いでしょうか。」と。彼がそう言ったのは、米国で現金小切手が配付された直後に売上が急増したことがあったからでしょう。
中国政府は、成都から約1,100キロ東にある武漢市で新型コロナウイルスに対する初動対応で下手を打ちました。初期には、新型コロナウイルスに関する情報を隠蔽し、危険性を指摘する声を上げていた者たちを拘束しました。その後、ようやく中国政府は感染の拡大を防ぐことを目的とした効果的な政策を打ち出しました。しかし、国民に対して直接的な経済的支援策はほとんどありませんでした。2020年第1四半期には、中国経済は約7%縮小しました。中国政府が経済が縮小したという報告をしたのは、毛沢東時代以来初めてのことでした。それにもかかわらず、中国政府は国民に給付金をばら撒くというような景気刺激策は行いませんでした。リ・デウェイは言いました、「中国政府が給付金をばら撒いたとしても、中国の人たちはそれを銀行に預金するだけで使わないでしょう。」と。
実際、給付金をもらった多くの米国人もそうでした。ノースウェスタン大の学経済学者スコット・ベイカーが指摘していましたが、2020年の景気刺激策の給付金による消費拡大効果は、2001年や2008年の給付金とは異なりました。ベイカーは言いました、「大きな違いは耐久消費財への支出が少ないことでした。人々が新しい車や冷蔵庫を買うようなことはほとんどありませんでした。給付金の大部分は貯蓄に回ったようです。」と。
ベイカーは、他の4人のエコノミストと協力して、3万人以上の消費者の銀行取引データの詳細分析を実施しました。彼らが結論づけたのは、2020年の景気刺激策は、過去の景気刺激策実施時よりも効果が低かったということでした。パンデミック下でしたので、そうなった理由の一部は、カーディーラーに車を買いに行くということや大型家電を見知らぬ人に配達してもらうことを人々が避けたことにあります。ベイカーは言いました、「千ドルの小切手を国民に送って、そのお金が車の購入に充てられるのであれば、景気は大きく刺激されたでしょう。しかし、対照的ですが、30ドルの海外から輸入したシューズが購入された場合には、景気にはほとんど影響を与えないでしょう。」と。
私は、リ・デウェイのシューズの売上が米国の景気刺激策実施後に増えたことをベイカーに説明しました。すると、ベイカーは言いました、「それは何ら不思議なことではありません。おそらく、リ・デウェイの売上は急激に増えたでしょう。私たちが調べた結果でも、給付金の小切手が配付された週か翌週に、その大部分が使われていました。」と。彼が言うには、ほとんどの米国人は送られてきた小切手を貯金する一方で、銀行の口座にあまりお金が入っていないような人たちは小切手で買物することが多いようでした。そのような買物をした人たちは食料品や非耐久財や安価な商品を購入したケースが多かったようです。その中には、リ・デウェイのシューズのような中国製のものも多かったでしょう。
成都市では、リ・デウェイと彼の会社の従業員が毎日アマゾンのレビュー欄を分析していました。リ・デウェイは、レビュー欄は一種の意見交換の場であると捉えていました。パンデミックの初期には、多くの米国の消費者が出荷の遅れに対して不満を漏らしていました。5月6日には、1人の購入者がレビューで星を1つとし、「配送に時間がかかりすぎる。とにかくすぐに返金してくれ。」とのコメントを残していました。それで、リ・デウェイはもっと費用が高い配送プロバイダーと契約し、他にもいろいろと改善しました。多くの購入者がZocaniaブランドのシューズのつま先部分が窮屈だという不満のレビューを載せた時には、リ・デウェイは工場で仕様の変更を行いました。
そうしたアマゾンのレビュー欄の意見に、パンデミック下の米国の低所得者の生活の一部を垣間見ることが出来ました。リ・デウェイの会社のシューズに関しては、ジムやスポーツでの使用感についてのレビューはほとんど無く、仕事の時の使用感と耐久性に関する言及がほとんどでした。5月16日、ある購入者は靴底の滑り止めが不満で星1つの評価をしました。「私はデニーズの厨房で働いていましたが、滑って転びました。非常に危険でした。」とのコメントを付けていました。コメント欄から、失業していることが分かる人たちもたくさんいました。6月14日に星5つの評価をつけた人は、「仕事のために購入しましたが、いつ仕事が再開するか分からない状況です。商品自体は気に入っています。」とのコメントを記していました。夏が近づくにつれて出てきた不満の声は、それまでのものとは異なっていました。7月13日星5つの評価があり、「靴底のトレッドが長持ちしない。このシューズを履いて、警官に2回追いかけられただけなのに、トレッドが半分削れてしまったよ!」とのコメントがありました。8月1日星1つの評価があり、「2足購入しました。2度と購入しません。新型コロナに罹ってしまったんだ。商品にウイルスが付着していたんじゃないかと思うんだよね。」とのコメントがありました。
定期的にリ・デウェイは従業員と手分けして商品の写真を撮り直しては差し替えしていました。商品説明文、「柔らかいインソールがぴったりフィットし、あなたの脚を衝撃から守ります。」というような文をもこねくり回して差し替えていました。リ・デウェイは米国のニュースを注意深くチェックし、コロナウイルスの感染者数を常に把握しているようでした。7月2日に私が米国の新型コロナの状況を尋ねると、彼は「265万人ですね。毎日万3~4万人ずつ増加しています。状況は良くないですね。」と答えました。太平洋の対岸でパンデミックが悪化していましたが、彼は商機が訪れるのを見逃すまいと目を光らせていました。6月に、グーグル・トレンドで分析をしていて、彼に新しいアイデアが浮かびました。それで、彼は米国の弁護士を雇い入れ、米国特許商標庁に新たな申請をしました。これまで申請してきたブランド名と同様に、新しいブランド名も新たに考案した造語でした。それは「Pemily12」でした。