中国の輸出業者は常に世界の動向を把握
沢山の子供たちが義烏市の卸売市場の廊下で遊んでいました。この卸売市場は継ぎはぎで拡大してきた巨大な建物で、面積は米国防総省の約10倍もありました。数十万人の貿易関連従事者が住んでいます。数年前に私がこの市場を訪れた時には、市場は多くの外国人トレーダーが訪れていて活気がありました。しかし、今では空っぽのようです。ここの中国人の多くが、夏休みに入った子供たちをここに連れて来ていました。それで沢山の子供たちが廊下を自転車やスクーターに乗って走り回っていました。バドミントンネットが張られ、バスケットボールのゴールが設置してありました。
そこの販売業者のほとんどは、一つの製品だけを専門的に扱って、大量にさばいています。最も活気が無かったのは、鞄を扱っている業者が集っているエリアでした。行き場の無いキャリーバッグが沢山置かれている脇に不機嫌そうな顔をした人たちが沢山いました。また、観光客用の土産等を扱っている人たちも悲惨な状況でした。しかし、一部の販売業者の商売は好調でした。家庭用ジェルネイル硬化ランプの在庫を抱えていたところは売上が急増しました。手指消毒液を入れて使うスプレーポンプもずっと売上好調でした。自転車を扱うところは商品を仕入れることができませんでした。ボクシングのサンドバッグを持った女性は私に売上が倍増したと言いました。ヨガマットを専門に扱うヘンリースポーツという企業では、9月まで在庫が無い状態でした。2階にある販売業者では空気を入れて膨らませる子供用プールの売上が絶好調でした。
義烏市場では種々雑多な商品が扱われているのが特徴です。パンデミックの影響は商品によって異なりました。用途が似た商品や、一緒に使うと推測される商品でも、影響が全く異なることがありました。子供用プールの横にはスイムキャップとゴーグルを扱っている販売業者がありましたが、売上は急減していました。そうなったのは、ゴーグルと子供用プールとはほとんど一緒に使われないことが原因でした。そこにいた女性が教えてくれましたが、子供用プールは家の庭とかで使うものですが、ゴーグルは出かけて行って外で使うものです。誰も出かけないご時世なのでゴーグルは売れないのです。
最近、2階のかなり広いエリアが、新たにPPE(個人防護具)の販売業者用に割り当てられました。そうした販売業者の多くは、パンデミック前は玩具や宝飾品を製造していました。そういう小さな製品を作っている工場では比較的簡単に製造ラインを作り変えられることが出来ますし、工員を集めるのも容易に出来ます。2月までブレスレットを製造していた工場を経営しているシ・ガオリャンという女性は、すぐに製品ラインを組み替えて、今では毎月200~300万枚の医療用マスクを製造し輸出しています。義烏市場のほとんどの人と同様に、彼女はマスクを着けていません。彼女が心配しているのは、PPEの需要は短期的なものかもしれないということでした。彼女は言いました、「少なくとも、パンデミックから世界が脱するには少なくとも2年はかかるでしょう。その時になったら、私は次に製造すべきものを見つけられるでしょう。」と。
同じ階で、米国の大統領選に対する対応で忙しい人たちもいました。野球帽を専門に扱っている業者は「MEGA(訳者注:Make America Great Againの略)」と印字された野球帽の在庫を積み増していました。旗を扱う業者はトランプ陣営からもバイデン陣営からもバナーの注文を受けていました。私は、1995年から事業をしているリ・ジアンという中年男性と話をしました。少先隊(中国共産党下の6~14歳の子供の組織)が身に着ける安価な赤いスカーフを製造していました。1997年に香港が中国に返還された時、愛国心が高まって五星紅旗の需要が高まったので、彼は製造ラインを拡大しました。その4年後には、9.11のテロがあったので、彼は星条旗の製造を開始しました。彼が輸出する商品を作ったのはそれが最初でした。それ以来、彼の会社は主に海外で起こっていることに気を配り対応しています。彼は事業を始めてから四半世紀に渡ってそうしてきて、中国共産党に関するものからトランプ大統領に関するものまでさまざまなものを作ってきたのです。「作って欲しいという声があれば、私たちは何でも作ってきました。」と彼は言いました。彼の机の上には、パキスタンを建国したムハンマド・アリ・ジンナーの顔が描かれた旗が置いてあり、その隣にはゲイの権利獲得運動で使う「ゲイ・プライド」と書かれた小旗がありました。
義烏市を離れた後、紹興市にあるジョニン社の大きな旗工場に立ち寄りました。ジン・ガンという若いマネージャーが私を案内してくれました。製造ラインでは、数十人の女性がミシンを使っていろいろな旗の縁を縫っていました。旗には文字が踊っていて、「ノースダコタはトランプを支持する」、「偉大なアメリカを守る」、「トランプ2020」、「トランプ2024」などと書かれていました。パンデミックが始まって以来、中国は世界の出来事をいち早く感じられる場所となっています。ジョニン社に来れば、世界で何が起こっているのかをちょっとだけ垣間見れるのではないかと思います。
私が「トランプ2024」の旗を見ていると、ジン・ガンは私に言いました、「それは注文があったから作っているだけですよ。注文した人たちはトランプに再度大統領になって欲しいと願っているんでしょうね。」と。
ジン・ガンは顧客についての言及は避けたいようでしたが、その旗の注文はトランプが所有する会社や共和党から直接来たものではないと言いました。2016年の大統領選挙戦では、ジョニン社は200~300万枚のトランプの旗を1枚当たり約1ドルで販売しました。現在、大統領選挙が終わって4か月も経っていませんが、トランプに関する製品がジョニン社の売上の約70%を占めています。バイデンの旗の注文もぼちぼち入っているようですが、そんなに多くありませんでした。
ジョニン社の売上はパンデミック下では概して思わしくありません。というのは、ヨーロッパでサッカーの試合が中止になるか無観客になったように、旗を振るようなイベントが軒並み中止になっているからです。それでも、需要が急に増える瞬間が散発的にありました。6月には、ジョージ・フロイドの死の直後、ジョニン社にブルーラインの入った警察旗の注文が急増しました。その後まもなく、ミシシッピ州旗の注文が増えました。ジン・ガンは言いました、「多くの顧客が『ミシシッピ州旗を売ってくれ。』と言っていました。当社は4万枚を作成しました。急に大量の注文が入ったんですが、すぐにその旗の注文は無くなりました。私の推測では、その州旗を買っていたのは黒人の人たちだろうと思います。」と。
ジン・ガンはミシシッピ州には多くの黒人が住んでいることを知っていました。彼の会社では、外国の選挙やスポーツの試合や他のイベントなどで、競い合っている両陣営の旗を作ることは特に珍しいことではありません。ですので、ジョージ・フロイドに関する騒動で、警察を支持する人たち用のブルーラインの入った旗を作る一方で黒人が買い求めるミシシッピ州旗も作っていることには何の問題も感じていないようでした。私は、彼にミシシッピ州で民主主義が微妙な状態にあること説明しました。北京語で説明したので上手く伝わったかどうかは自信がありませんが。私が伝えたのは、黒人の割合が最も高い州が、州旗に残されていた南北戦争の南軍のシンボルが取り除かれるのが一番遅い州であったということです。
ジン・ガンはトランプが嫌いでしたが、11月の大統領選の結果については心配していませんでした。「選挙がどういう結果になっても、結局は誰かのための旗を作っていると思います。米国人は旗が本当に好きですからね。」と彼は言いました。彼は私に工場で旗の製造工程を見せてくれました。旗のへりは2重に縫われていました。他の多くの旗を作る工場ではそれをしていません。旗を作る工場は薄利ですので、トランプのバナーを作る際には、如何にして使用する生地を減らすかに頭を使っています。トランプのバナーなどの標準サイズは100センチ×90センチです。彼が言うには、安い旗では、サイズが2%ほど小さくなっていて、88センチ×146センチだそうです。誰でも思いつくような安易な方法ですが、トランプ大統領が非難していたように、まさしく中国は貿易で米国から不当に利益をかすめ取っています。