2.想定される 2 つの弊害(ギャンブル中毒者の増加、試合の品位の低下)
2 年前にニューヨーク州でスポーツ賭博が合法化された時、私は最新のスポーツ賭博アプリの手軽さとゲーム化( gemification:ゲーム要素を応用することで、利用者の賭博熱を高めること)が懸念されると指摘した。当時、私が最も懸念したのは、広範に合法化することによって、長期に渡って賭博に関する犯罪が頻発する可能性があるということであった。賭博に関するイカサマ、八百長には長い歴史がある。古代ローマ人はコロッセオでどの剣闘士が勝つかの賭けを行っていた。剣闘士の中には、暗躍する詐欺師に唆されて八百長する者もいたようである。スポーツ賭博の合法化後、賭博に絡む犯罪は格段に増えたわけだが、それらの規模や卑劣さは、ヨーロッパやアジアで何十年も続いてきた八百長と比べると劣る。
私は今でも賭博は合法であるべきだと信じている。しかし、合法化後の混乱は、当初考えていたよりも長く続きそうである。合法的なスポーツ賭博がアメリカ中に広まったことで、さまざまな問題があることや対処しなければならないことがあることが明らかになった。スポーツ賭博を合法化した議員たちは、こうした問題があることを認識しているだろうか。問題は間違いなく存在しているわけで、こうした問題は恒久的に続くものなのか。それとも、合法化直後のスポーツ賭博への熱狂が冷めるにつれて収まるものなのか。そこを見極める必要がある。
賭博という悪習が合法化されると、その直後には賭博が熱狂的な人気を獲得する可能性が高い。その熱狂が続く間は、混乱が広がり、人々の道徳心も曇りがちになるかもしれない。それで、それまで粛々と取り組まれてきたことの良さが見えなくなってしまうかもしれない。同様に合法化して上手くいかなかった事例がある。ニューヨーク市における成人による嗜好品としての大麻使用の合法化である。大失敗に終わった。合法大麻の売上は手堅い税源となり、規制も行き届くことで医学的な利点も得られると期待されていた。その期待は萎んでしまった。このことは、大麻は非合法のままであるべきであったとか、合法化の主張が間違っていたことを証明するものではない。これが意味するのは、ニューヨーク市は大失敗をしたのだから、独自の法律を施行すべきということである。
スポーツ賭博に関しては、巷には少なくとも 2 つの懸念がある。しかし、これらの懸念がどの程度根深いものなのかを正確に知ることは現時点では困難である。1 つ目の懸念は、賭博アプリの普及によってどこでも賭博が手軽に素早くできるようになっており、若い者を中心にハイリスク・ハイリターンのパーレイ法(賭けで得た賞金を、全額次回の勝負につぎ込むこと)を好むギャンブル中毒者が大量に生み出されるというものである。しかし、そうした懸念は根拠の無いもののようにしか思えない。賭博する者のほとんどは賭博依存症になるわけではない。それは、ビールの広告が溢れかえって何時でも何処でも誰もが簡単にビールを口にすることができるのに、ほとんどの人がアルコール依存症にならずに平穏に暮らしているのと同じである。
2 つ目の懸念は、より抽象的なものである。しかし、より具体的なものでもある。それは、ゲームの品位が落ちるというものである。現在、プロスポーツリーグは、無限とも思えるマーケティング予算を投じて国中の賭博愛好家から大金を巻き上げている賭博会社と積極的に提携している。たとえば先週、NBA は NBA のゲームをストリーミングで観れるアプリ「 NBA リーグパス( NBA League Pass )」に試合中に賭けることができる機能を追加すると発表した。それによって、誰もが NBA のゲームを観ながらいつでもそのゲームに関する賭博ができるようになる。例えばレブロン・ジェームズがそのゲームの最初のフリースローを外すことに 10 ドル賭けることができる。ジェームズがフリースローを外すと、外すことに賭けた者は得た賞金をジェームズの次のフリースローに全額賭けるかもしれない。ゲームの前半の賭けでいくらかのお金を失った者の中には、後半でそれを取り戻そうとする者もいるだろう。
少し前なら、ゲームの品位が落ちることを懸念している者がいたら、大学スポーツにおける搾取的な労働条件や、プロスポーツにおいてギャンブル以外の不祥事の頻発によってそれはとっくに失われていると言っただろう。私が子供の頃から NFL のテレビ中継ではビールの広告がバンバン流されていること、イングランドのサッカーチームのユニフォームには何年も前から賭博会社のロゴが付いていることを指摘しただろう。スポーツ賭博が合法化されたことで何が変わったのか?
私は、賭博の合法化がスポーツ観戦のあり方を変えつつあるように感じる。その理由の 1 つは、現在のスポーツ放送の様態にある。多くの賭博業者は、子供たちや多くの人たちがパーレイ法やプロップベット( prop bets:勝敗以外の内容に関する賭博)には興味を持たず純粋にゲームを観戦することを楽しんでいることを認識していないようである。多くの観衆がヤンキースやカウボーイズや特定のチームを純粋に応援しながらゲームを観ている。すべてのゲームが賭博の対象となり、ポイントスプレッド( point spread:オッズを均等に近づけるために使われるハンデのこと)のみが強調して表示され、さまざまな場面で追加で賭博を受け付ける画面が現れるようでは、どうしてもゲームは安っぽく見えてしまう。世界最高のアスリートたちが互いに競い合う姿を見たい者にとって、アナウンサーが盛んに賭博に関するスケジュールや情報を流して陳腐な広告コピーを読み上げ続ける姿は、興覚めでしかない。
また、ゲームの品位の低下の問題にはさらに懸念すべき点がある。それはより永続的な問題であり、オンライン賭博の手軽さやスタイルに特有の問題でもある。スポーツ賭博は賭博であるわけで悪習に違いないかもしれないが、スポーツ賭博は劇的に変化している。シングルゲームパーレイ( single-game parlays:略号 SGP )では、個々の選手のプレイのスタッツ (ポイント数、リバウンド数、ターンオーバー数等々)に賭けることができ、複数の賭けを組み合わせることもできるので、宝くじのような高額配当が出ることもある。そのため、人気が爆発的に高まっている。このような賭博は、賭博業者から見ると非常に収益性が高い。ネバダ大学ラスベガス校( the University of Nevada, Las Vegas )の調査によると、典型的な賭博(片方のチームにハンディキャップを付けてどちらが勝つかに賭けるような賭博)では、賭博業者の儲けは 5 ~ 6% であるという。対照的に SGP の儲けは通常 30% に達する。その結果、ほぼ全てのスポーツ賭博会社が SGP を執拗に推奨するようになった。その結果、個々のプレーヤーへの注目度が大きく高まっている。バスケットボールの試合で個々のプレーヤーのスタッツを予想して当てることは容易なことではない。というのは、コート上には他に 9 人の選手がいて、さまざま影響を及ぼすからである。コーチや審判の及ぼす影響も無視できない。自分自身がプレーしてスタッツを予想する方がかなり容易である。チームメイトからリバウンドを強引に奪ったり、ブローアウト( blowout:ワンサイドゲームの試合のこと)の最後にボールを蹴り出してアウトオブバウンズにすることで、かなり賭けの勝率を高めることができるかもしれない。
このコラムの初稿を練っていた月曜日( 3 月 25 日)に NBA のトロント・ラプターズのジョンタイ・ポーター( Jontay Porter )が、プロップベット(選手の特定の試合のスタッツ等を当てる賭博)に関わる違法賭博容疑で捜査対象となっているというニュースが流れた。NBA のツイッター上には、多くのプレーヤーを映した画像や動画が残っているが、その中には興味深い映像がいくつもあった。ポーターがコート上で怪しげな動きをしているように見える動画がいくつも発見された。なお、ポーターは、直近の 3 試合を欠場していた。チームは「個人的な理由」によるとだけ説明していて、違法賭博容疑に関するコメントはまだ出していない。それらの動画の多くは実際に犯罪を証明するようなものではないし、どちらかと言えば冗談で無理やりこじつけた感じのものばかりである。実のところ、これが現在多くのファンがスポーツと接する方法なのである。ゲームを純粋に観戦するのではなく、プレーヤーの動きを見て八百長に関与している者がいないか注視しているのである。ゲームの勝敗に関する賭けよりも、個々のプレーヤーのスタッツを予想するプロップベットがますます人気を博しつつあるが、それが不正行為を促進する可能性がある。また、プロップベットの賭けを外した者は、選手の不正を疑うようになる。将来的にはそうした影響が広がって、ファンがスポーツを観戦して楽しむという文化自体が変容してしまう可能性がある。「多くの人たちが、私のことをドラフトキングス( DraftKings:スポーツ賭博会社)などでお金を稼ぐのための助っ人と見なしている。」と、先日、インディアナ・ペイサーズのオールスターガード、タイリース・ハリバートン( Tyrese Haliburton )が記者に語った。「私は金儲けのための道具でしかないんだ」。