バイデン大統領はワクチン接種を義務化すべきか?いや、無理だろ?過去の判例を見る限り、ぎりぎり合憲だが?

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Should the Government Impose a National Vaccination Mandate?
米政府は全国民に対してワクチン接種の義務化をすべきですか?

Despite claims to the contrary, there are many routes to legally requiring COVID inoculation.
ワクチン接種義務化には根強い反発があります。連邦政府が全国民に接種義務を科すのは法律的に無理でしょうが、さまざまな手段を使って実質的にそうすることは可能です。

By Jeannie Suk Gersen August 26, 2021

 今月(8月)初め、マサチューセッツ州ケンブリッジ学区(私の家族はこの学区に住んでいて、この9月から子供が高校に入学します)で1人の親がその地域に住み多くの人が使っているlistserv(リストサーブ:自動メーリングリスト・サービス)を使ってある問いかけをしました。マサチューセッツ州は公立学校に入学する学生には指定したワクチン接種を受けること義務付けているので、FDAが新型コロナワクチンの承認ステータスを緊急使用許可から完全承認に変更したら、それも義務化されるんですよね?という問いでした。それを見て他の沢山の親が義務化に賛成すると述べていました。賛成している人たちは、ワクチン接種義務化は科学的な視点から、感染防止につながるしコミュニティーを守ることになると考えているようです。しかし、ワクチン接種率がかなり高いこのケンブリッジ学区でも、ワクチン接種義務化反対の声はかなり強烈で、私も少し驚きました。個人の自由な選択への干渉で、ナチスドイツのようだとする非難の声が拡がっていました。ある親は別の親(ワクチン接種義務化賛成派)を弁護士に相談して脅迫罪で告発するとの警告を発しました。

 8月23日の月曜日に、FDAはファイザー社製の新型コロナウイルス用ワクチンに対して16歳以上の人への使用を完全承認しました。また、モデル社製ワクチンも数週間以内に完全承認されそうです。それで、巷では、米政府がワクチン接種を強力に推し進めようとしており、いずれ義務化するのではないかとの観測が流れています。この7月に、退役軍人省は、一部の職員にワクチン接種を義務化し、従わない場合は解雇するとの通達を出しました。これまで連邦政府関連機関でそうした通達が出されたことはありませんでした。先日、バイデン大統領は、すべての連邦政府関連機関の職員に対して、ワクチン接種を受けていることを証明するか、もしくはマスクを着用して毎週検査を受けるよう命じました。FDAがファイザー社製ワクチンを完全承認してから数時間も経たない内に、国防総省は、140万人の現役軍人全員にワクチン接種を義務付けると発表しました。同じ日に、ニューヨーク州立大学等の数大学が、学生に対して同様にワクチンを義務化しました。そうしたワクチン義務化措置は、強く反発される可能性があります。実際、国防総省内でもワクチン義務化賛成派ばかりではなく、反対派も少なくなく、FDAがワクチンを完全承認した時点で現役軍人で2回接種を受けた者は3分の2ほどにとどまっていました。

 政府が感染症のワクチン接種を義務化することに対して強い反発が起きることは目新しいことではありません。1853年、英国は世界で初めてワクチン接種を義務化し、幼児を養育する保護者に対して、子供への天然痘ワクチン接種を義務化し、違反した場合は高額の罰金を科しました。各地で激しい暴動が発生し、英国中でワクチン義務化反対運動が非常に盛んになり、各種選挙では接種義務化に反対を表明するだけで大量に得票を得る者も出現しました。1890年代後半には、接種しない場合の罰則や罰金は撤廃され、合理的理由があれば接種を免除されました。しかし、20世紀半ばになると、非常に多くの人々(一部の地域では人口のほぼ半分)が免除を主張する事態となったため、予防接種の義務化は完全に廃止されました。その後、英国では感染症の拡大を防ぐためには、他の手段に頼ることとなりました(強制検疫の実施など)。

 一方、米国ではワクチン接種義務化に反発して暴動が起きるようなことはありませんでした。しかし、たくさんの訴訟が起こされました。その中でも最も有名なのは1905年にケンブリッジの訴訟です。最高裁判所はマサチューセッツ州の州法を、各都市の保健当局に公衆衛生の維持のために必要と判断した場合には全居住者に予防接種を義務付ける権限を与えるというものでしたが、合憲としました。それで、天然痘の感染が拡がった後、ケンブリッジの保健当局はワクチン接種が迅速な感染の拡大防止と根絶のために必要であるとして、全居住者にワクチン接種を義務付けました。子供の頃にワクチンで病気になったことを理由にスウェーデン出身の1人の牧師が接種を拒否し、有罪判決を受け罰金を科されました。牧師は州法は適正手続保障違反であるとして訴訟を起こしました。ワクチン接種義務化は、「善良な市民が自分自身の健康を自分にとって最善と思われる方法で守るという固有の権利を侵害しており、ワクチン接種義務化は人権侵害以外のなにものでもない。」との主張でした。

 連邦最高裁判所で争われた結果、判決(ヤコブソン事件連邦最高裁判決)では、個人の自由は公益と照らし合わせた際に必ずしも優先されるものではなく、真の自由は他者に害を及ぼす自由の行使を抑制することで成り立つという原則から、牧師の訴えは退けられました。その裁判を担当したジョン・マーシャル・ハーラン判事は、当該規制の合憲性の判断は敬譲的にならざるをえないとし、規制の合理性を認めて合憲判断を下しました。州には公衆衛生を維持する責務あるとし、それが合理的である限りは規制は尊重されると述べていました。また、連邦最高裁判所は、州には予防接種を義務化する法的権限があると判断されました。17年後にはサンアントニオ市が子供の入学時のワクチン接種を義務付けて訴訟を起こされましたが、適正手続保障違反はないと判断されました。

 1980年代以降、50州全てで学校へ入学する際にワクチン接種が義務付けられています(医学的および宗教的理由で免除可能)。かねてから、宗教的理由でワクチン接種義務化に反対し訴訟を起こす者がいました。しかし、そうした訴訟は、合理的な免除規定が有れば、義務化は問題ないとしてことごとく退けられました。昨年、第五巡回区控訴裁判所で

、破傷風、ジフテリア、百日咳のワクチン接種を宗教的理由で拒否して解雇された元消防士の件が審議されました。市はワクチン接種を必要としない職場への異動や職場で高機能マスクを着用する等の提案を申し出ていましたが、その人物はそれらを全て拒否していました。訴えは退けられました。というのは、宗教的差別は無いと判断され、憲法修正第1条が保証する自由の行使を侵害しないとされたからです。分かり易く言うと、新型コロナのパンデミックが起きる前は、各州政府が州民の健康維持を目的にワクチン接種義務化することは、法的には全く問題ないことが明確な状況でした。違反者に対して刑事罰を科すことさえも可能でした。それで、学校に入学する際や州の職員に採用される際には、多くの州でワクチン接種が必須となっていました。普遍的ではないにしても、当然のこととして広く受け入れられてきました。

 多くの公的機関や民間企業が新型コロナワクチン接種を義務化しましたが、あちこちで多数の訴訟が起きています。しかし、多くの裁判所でそれらは即座に退けられています。この夏、インディアナ大学が全学生に新型コロナワクチンの接種を義務付けたところ(宗教的理由や医学的理由があれば接種は免除される)、8人の学生が訴訟を起こしました(8人の内のほとんどは、接種免除を認められていましたが、接種を免除された者はマスクを着用し週に2回陽性検査を受けるという大学の付けた条件には納得しておらず反対していました)。第七巡回区控訴裁判所は、判例(ヤコブソン事件連邦最高裁判決)に照らして、新型コロナのワクチン接種を義務化することは、憲法上の問題は無いと素早く判断しました。他の感染症(はしか、おたふく風邪、風疹、ジフテリア、破傷風、百日咳、水痘、髄膜炎、インフルエンザなど)のワクチン接種が大学入学時に条件となっていることは一般的であると指摘し、裁判所は学生の訴えを退けました。ワクチン接種を拒否した場合でも、マスクをして陽性テストを受けることで入学できるので、合憲であるとされたのです。8人の学生は、大学が新型コロナワクチンの接種を義務化することを阻止するため、連邦最高裁判所に緊急手続停止の申立をしました。しかし、エイミー・コニー・バレット判事は、即座に却下しました。大法廷では、ヤコブソン事件連邦最高裁判決が参考とされることもなく、新型コロナ下でワクチン接種の義務化と公共の利益について深く考察が為されることもありませんでした。

 すべての市民や州民に新型コロナワクチンの接種を義務化した市や州は今のところありません。かつて、マサチューセッツ州で天然痘のワクチン接種が義務化されたのと同様のことはまだ起こっていないのです。これまでのところ、ニューヨーク市が一番それに近づいていて、特定の活動(屋内での会食、ジムトレーニング、競技会参加)をする際には、ワクチン接種証明書が必要になります。さまざまな州が、医療機関や老人ホームの従事者、学校の教員、州(市)の職員など、範囲を限定してワクチン接種を義務化し、接種しない場合には定期的に陽性テストを受けさせています。今週、FDAがワクチン(ファイザー社のみ)を完全承認したことにより、市や州で全居住者を対象にワクチン接種を義務化するところが出てくる可能性があります。もしそうした場合でも、医学的理由や宗教的理由で接種を免除させる条項さえ付いていれば、裁判所に訴えられても接種義務化が違憲となることは無いでしょう。

 おそらく、今後数か月の間に、新型コロナワクチン接種を義務化する市や州が方々で出てくるでしょう。連邦政府がワクチン接種を義務化する可能性だって無いわけではありません。連邦政府関連機関の従事者に対してワクチン接種を義務化するだけでなく、バイデン政権は、連邦政府が助成金をばら撒く等してワクチン接種を拡大しようとしていました。バイデン政権は、老人ホーム等が助成金を受け取り続けるための条件として、全ての従事者にワクチン接種を義務付けました。先週、バイデンは学校がマスクを義務化しようとすることを阻止した州がいくつもあったことを非難しました。また、教育省は、ワクチン接種を義務化しようと努力する学区を邪魔する市については連邦政府からの助成金を引き上げると示唆しました。おそらくバイデン政権は同じように州政府も脅しているでしょう。それが奏功し、おそらく多くの市や州で新型コロナのワクチン接種が義務化されそうです。

 ホワイトハウスは、全国民にワクチン接種を義務化することは検討していないことを明らかにしました。ワクチン接種を義務化しない理由は、連邦政府はそのような権限を有していないと考えている者も少なからずいるからです。実際、過去に連邦政府が全国民にワクチン接種を義務付けたことは一度もありません。過去には、そうした役割は州や市等に任せていましたが、それで感染の拡大を十分に封じ込めることが出来ていました。もし、連邦政府に全国民にワクチン接種を義務化する権限が有るという法的根拠があれば、公共衛生法が根拠になるかもしれませんが、連邦政府関連機関のどこかが国外からあるいは州間で感染症が侵入し拡大し蔓延するのを防ぐ役割を果たさなければなりません。連邦政府はそうした法規を根拠に、強力な感染防止策を定めることが可能です。また、そうした法規を柔軟に適用すれば、州間を跨いで新型コロナの感染が拡大している状況ですから、連邦政府がワクチン接種を義務化することは可能であると思われます。

 別の方法として、議会が新たな財政支出法案を作り、ワクチン接種を義務化する州に対して連邦政府が資金を支出するようにすることで、ワクチン接種を義務化する州を増やすという手段もあります。また、議会は通商条項などを根拠にワクチン接種の義務化が可能かどうか検討しているようです。しかし、連邦政府が、国民全員にワクチン接種を義務化するという野心的な試みは、憲法違反ではないかとの議論を巻き起こし、政治的な対立が深まり、ワクチン接種に対する市民の反発を強める可能性があります。連邦政府がワクチン接種を義務化しなくても、連邦政府は州や市等を指導してワクチン接種率を上げることは可能です。助成金を出したり、引き上げたり、圧力をかけたり、様々な手段を駆使すれば接種率を上げることは可能でしょう。変異種が続々と出現しており、新型ロナウイルスの感染状況に関して決して油断できない状況が続きますが、全国民にワクチン接種を義務付けるという手段は最後の手段として取っておくべきです。

以上