鳥インフルエンザは怖いものなのか? いや、鳥インフルエンザよりも人間の方が怖い!

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Should We Be Worried About Bird Flu?
鳥インフルエンザについて心配すべきなのか?

According to the C.D.C., the risk to public health remains low. But the country’s initial approach has had an unsettling resonance with the first months of covid.
CDC(疾病対策予防センター)によると、公衆衛生上のリスクは依然として低いという。しかし、この国の今回の鳥インフルエンザに対する初期の対応は、新型コロナの初期数カ月を彷彿とさせるものであった。一抹の不安を感じずにはいられない。

By Dhruv Khullar May 5, 2024

 2021 年 12 月にオミクロン変異株が出現し新型コロナのパンデミックが新たな局面入りした。ジム・レスター( Jim Lester )の飼っている鳥が病気になったのは、ちょうどその頃だった。レスターは、カナダのニューファンドランド( Newfoundland )で動物展示施設を運営し、多種の鳥類を飼育していた。鳥が病気になった原因は新型コロナウイルスではなく、H5N1 という鳥インフルエンザの亜型であった。北アメリカで初めての感染例であった。数百羽が感染によって死亡した。クジャク、ガチョウ、エミューなど、多くの鳥が死んだ。「死んだ鳥の個体にはそれぞれに個性があった。」とレスターは語った。「とても辛い」。それ以来、H5N1 株はアメリカ大陸の至るところで猛威を振るい、何千万羽もの鳥が死んだ。さらに恐ろしいことに、フロリダのバンドウイルカ、ペルーのアシカ、南極付近の島々に棲息するゾウアザラシなど、何十種類もの哺乳類の感染が確認された。直近では、初めて牛への感染が確認された。アメリカ国内では、9 つの州で少なくとも 34 の飼育場で感染が確認されている。先月、食品医薬品局( FDA )が発表したところによると、アメリカでは牛乳の 5 検体の内 1 検体の割合でウイルスの断片を保有していることが確認された。このことは足元で感染が広範囲に広がっていることを示唆している。ある専門家は、この状況を 「まったく前例のないこと 」であると指摘した。

 インフルエンザは多様な病原体である。パンデミックを引き起こす可能性があるか否かは、そのゲノムのモジュラー構造( modular structure )によるところが大きい。一部のゲノムは、ウイルスが細胞に感染する際に、遺伝物質のセグメントをそっくり入れ替えることができるのである。H5N1 株が初めてガチョウから検出されたのは、1990 年代半ばの中国南部である 。香港市場の家禽の約 20% で感染が確認され、100 万羽以上の鶏が殺処分された。その後数十年の間、このウイルスは断続的に何度も大流行し家禽に壊滅的な影響を与えてきた。しかし、これまでのところ人間の呼吸器に対する感染力は弱いため、人間への感染は限定的である。それでも、感染した者(通常は農作業従事者や家畜に接触している者)には致命的な影響を及ぼす。過去の大流行時には 50% 以上の致死率を記録したこともある。幸いなことに、アメリカでは過去に感染者は 2 人しかいない。いずれも軽症であった。2022 年以降に限れば、H5N1 株感染者は世界規模で見てもわずか 20 数例に過ぎない。疾病対策予防センター( CDC )によれば、公衆衛生上のリスクは依然として低いという。

 私たちが飲む牛乳に H5N1 株が存在していても、それほど心配する必要はないかもしれない。H5N1 株を特定するための PCR 検査は、ごく微量の遺伝子の残骸でさえも検出してしまう。であるから、陽性の結果が出たからといって、H5N1 株が生きているわけではない。感染力が残っているわけでもない。アメリカで販売されている牛乳のほとんどは低温殺菌( pasteurize )されている。加熱することで潜在的な病原体は破壊される。もっとも最近では、多くの州が生乳の販売を合法化している。国レベルの公衆衛生対策に対する広範な反発の一環なのかもしれない。なお、保健当局は生乳の飲用は推奨していない。低温殺菌で H5N1 株を死滅させるか否かを判別するのに必要な検査には時間がかかるし、牛乳のサンプルに卵を注入する必要がある。しかし、食品医薬品( FDA )によれば、予備調査では生きた H5N1 株の痕跡は見つかっていないという。

 現時点の推定では、H5N1 株は昨年末に鳥から牛に初めて感染した可能性が高く、その後の数カ月に何の対策も取られなかったことで牛の間で感染が広まったと考えられている。H5N1 株に感染して後にウイルスを撒き散らした牛の多くは無症状である。そのため、どのようにして牛の間で感染が広がるのかは謎のままである。搾乳器具が最も有力な感染経路と推測されているが、呼吸器感染の可能性もある。これまでのところ、豚はこのウイルスに感染していない。それは豚にとっても人間にとっても吉報である。というのは、豚は鳥インフルエンザと人インフルエンザの両方の受容体を持っているからである。豚は両インフルエンザの混合容器として機能し、その容器の中で遺伝子交換が促進される可能性がある。つまり、豚が鳥インフルエンザに感染するようになると、人間に感染して新たなパンデミックを引き起こす可能性のある変異株が生み出される可能性が出てくるのである。

 万が一そのような事態が発生すればパンデミックが引き起こされると懸念する者もいる。しかし、新型コロナの時ほど苦境に陥ることはないと推測される。インフルエンザは世界で最も身近なウイルスを病原とする感染症である。そのため、インフルエンザウイルスのゲノム、毒性、感染パターンは何十年も研究されてきた。アメリカはタミフル( Tamiflu )を大量に備蓄している。他のインフルエンザと同様に鳥インフルエンザにも効果があり、感染者やその接触者に投与すれば感染拡大を防げる可能性が高い。保健当局はまた、H5N1 株に関する研究規模を拡大すると表明し、必要であれば毎年製造している国内向けのインフルエンザワクチンを H5N1 型にも効くタイプに変更する可能性もあると示唆している。

 H5N1 型に対する備えは万全のように思える。しかし、実際に感染が拡大した際には、必ずしも想定通りにことが運ぶわけでもない。H5N1 型に対するアメリカの初期の対応は、新型コロナの初期の数カ月の対応と非常に良く似ている。嫌なことを言うようだが、不吉な予感しかない。家禽が H5N1 株に感染しているかをスクリーニングするプログラムが普及していないため、どれだけの家禽が検査を受けたかと、検査をされた中で陽性反応が出た割合がどれだけだったかは、ほとんど分かっていない。農務省が乳牛が州境を超える時の検査を義務付けたのは、鳥インフルエンザに感染している牛がいることを認識してから 1 カ月後のことである。その後、農務省が明らかにしたのは、越境する乳牛の頭数にかかわらず、検査を受けなければならないのはその内の 30 頭のみであるということである。先月、連邦政府は疫学者などが研究できるように H5N1 株の遺伝子配列を公開した。しかし、そのサンプルがいつどこで採取されたかという情報は共有しなかった。他にも問題はある。農作業従事者がどの程度感染しているのかを知る必要があるのだが、未だ必要な抗体検査は実施されていない。多くの農業従事者が救急病棟に殺到し、その時点で初めて多くの感染者がいることが判明するという事態が発生する可能性もある。

 多くの医療機関は新型コロナの苦境からまだ完全には立ち直っていないし、疾病対策予防センター( CDC )等は新たな危機に立ち向かうほど人員も資源も十分ではないと懸念を表明している。しかし、より深刻な問題は、新型コロナがこの国に残した残存物である。アメリカは新型コロナパンデミックの影響で、単に疲労してしまっただけでなく、怒りに満ち溢れた国になり、分断されてしまった。鳥インフルエンザが人間にも感染するようになった場合、アメリカ国民のほとんどはウイルスと真正面から戦わず、分断された両陣営が互いに罵り合う事態となるのだろう。

 アルベール・カミュ( Albert Camus )の小説「ペスト( The Plague )」では、感染症を媒介するのは鳥ではなく鼠である。保健当局の動きは鈍く、死者数が増大するにつれ、市民は憂鬱になり、不信感を募らせ、やがて暴力的になる。やがて感染自体は収束するのだが、主人公の医師はペストの影響が永久に消えることはないと認識する。その医師は、「平穏な街に再び害毒をもたらすペストを媒介する鼠が跋扈する日が、いつか必ず訪れるであろう。それは、人間がより高みに到達するために味合わなければならない苦難なのかもしれない。」と指摘する。現代は交易が盛んであるため、病原体のパンデミックの発生を完全に無くすことは不可能である。しかし、その影響が甚大になるのを防ぐことは、決して不可能ではない。♦

以上