暗号資産業界の凄まじいロビー活動?どんだけお金つぎこむ?無敵やな?逆らえる政治家なんていないわ!

 A Reporter at Large

Silicon Valley, the New Lobbying Monster
シリコンバレー、新たなロビー活動の怪物

From crypto to A.I., the tech sector is pouring millions into super PACS that intimidate politicians into supporting its agenda.
暗号資産から AI まで、テック業界は政治家を脅迫して自らの政策を支持させるスーパー PAC に何百万ドルも注ぎ込んでいる。

By Charles Duhigg  October 7, 2024

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 2 月のある朝、ケイティ・ポーター( Katie Porter )はベッドでパソコンをいじっていた。過去 5 年間、ポーターはカリフォルニア州オレンジ郡選出の下院議員を務めていた。彼女は、強欲企業についてカメラに映りやすいようにホワイトボードを使って説明し、ビジネス界の大物たちを徹底的に糾弾することで有名である。少なくとも C-span(政治専門ケーブルチャンネル)やMSNBC(ニュース専門放送局)では大人気だった。当時、彼女は数カ月前に亡くなったカリフォルニア州選出の上院議員ダイアン・ファインスタイン( Dianne Feinstein )の後任の座をめぐって熾烈な争いを繰り広げていた。民主党予備選が 3 週間後に迫っていた。

 選挙スタッフの 1 人からのテキストメッセージがポーターのスマホ画面に飛び込んできた。そのスタッフは、フェアシェイク( Fairshake )という団体が彼女の立候補に反対するために放送枠を購入していることを知ったところだった。その団体は約 1,000 万ドルを費やす予定だった。

 ポーターは困惑した。彼女は選挙活動資金として 3,000 万ドルを調達したが、それには何年もかかった。彼女からすると、見知らぬ集団が突如として現れ大金を投じて彼女に対してネガティブキャンペーンを展開することは、想像すらできなかった。「私は『フェアシェイクっていったい何?』と思った」。

 ポーターは必死にググった。フェアシェイクが暗号資産業界に友好的な候補者を支援するスーパー PAC( super PAC:特別政治活動委員会)であることが分かった。主に 3 つの暗号資産関連企業から資金提供を受けている。コインベース( Coinbase )、リップル( Ripple )、アンドリーセン・ホロウィッツ( Andreessen Horowitz )である。下院で、ポーターは金融規制の積極的な支持者であるエリザベス・ウォーレン( Elizabeth Warren )上院議員や民主党の進歩派と緩やかに連携していた。しかし、ポーターは暗号資産について特に声高に批判したことはなく、この業界について中立の立場をとっていた。彼女はフェアシェイクの調査を続けたが、自分の中立性が重要ではないことに気づいた。フェアシェイクと連携し政治的主張を繰り広げているウェブサイトは、彼女を「アンチ暗号資産強硬派( very anti-crypto )」と決めつけていた。その根拠も示されていたが、明らかに事実誤認があった。そのサイトは、彼女が下院の委員会で暗号資産推進法案に反対したと主張していたのだが、実際には彼女は委員会のメンバーではなく、投票もしていない。

 その後すぐに、フェアシェイクはテレビで攻撃的な広告を流し始めた。広告は暗号資産やその関連技術のことには一切触れていない。もっぱらポーターを下げることが目的であった。いじめっ子( bully )や嘘つき( liar )と決めつけ、彼女が直近で大手製薬企業やエネルギー関連企業から選挙資金を受け取ったという虚偽の主張を繰り広げていた。その広告では、フェアシェイクが IT  業界と関係があること、暗号資産を支持していること、より大きな政治的狙いがあることなどは一切触れられていなかった。このネガティブキャンペーンには明白な効果があった。 当初優勢とみられていたポーターは、予備選ではわずか 15% の得票率にとどまった。3 位となり決定的な敗北を喫した。しかし、フェアシェイクに詳しい人物によれば、単に彼女にダメージを与えることだけが目的ではなかったという。フェアシェイクの支援企業等は、ポーターにはほとんど関心が無かったのである。その人物によれば、このキャンペーンの目的は、むしろ他の政治家に恐怖心を植え付けることにあった。「選挙に立候補する者に、暗号資産に反対すると政界から追われることになると警告するためだった」。

 しばらくして、このスーパー PAC と 2 つの関連団体が連邦政府に提出した書類で 1 億 7,000 万ドル以上を集めたことが明らかになった。この資金は 2024 年の選挙で使うことが可能である。資金は今後も増える見込みである。これは、ドナルド・トランプを支援するプリザーブ・アメリカ( Preserve America )や、民主党が上院で過半数を再獲得するのを目指すウィンセネート( WinSenate )などのスーパー PAC を上回る額である。大統領選等重要な選挙が目白押しの 2024 年のスーパー PAC への企業献金のほぼ半分は、暗号資産関連企業からのものだった。テック産業( tech industry )はアメリカで最大の企業献金者の 1 つとなっている。ポーターへの攻撃で明らかになったように、テック産業の資金力は注目に値する規模である。また、ハイテク産業のリーダーたちが自分たちの利益を守るためなら政治的蛮行も辞さないことが明らかになった。「メッセージはシンプルである」と例のフェアシェイクに詳しい人物は言う。「もしあなたが暗号資産に賛成なら、彼らはあなたを助ける。逆に反対なら、彼らはあなたをコテンパンにする」。

 ポーターの敗北によって、フェアシェイクのそうしたメッセージは他の政治家にも明確に伝わった。ニューヨーク州、アリゾナ州、メリーランド州、ミシガン州の候補者は、暗号資産に好意的な声明を発表し、暗号資産関連法案にこぞって賛成し始めた。ポーターは 3 人の子供たちに選挙の敗因を説明した。選挙結果は富に左右されることに言及せざるを得ず、現実政治( Realpolitik )につい説明した。「一夜で 1,000 万ドルもの大金が自分を下げるために使われる可能性があることを認識した議員は困惑するでしょう。多くの議員の正しいと信じることを為すという決意も萎えてしまうだろう」と、当時のことを回想して彼女は言った。「スーパー PAC は、重要な選挙の結果に影響を与えるために設計されたものである。凄まじい政治的パワーがあり、思い通りの結果を残せる」。

 実質的にポーターの敗北は、シリコンバレーをアメリカ国内で最も強力な政治組織に変えるという 10 年以上前に始まった戦略の集大成であった。ハイテク産業が支配的な経済力を持つようになったため、数十年前に「広大な右翼の陰謀( a vast right-wing conspiracy )」というアイデアを持ち出した政治工作員が率いる専門家集団が、シリコンバレーに政界での

ゲームの戦い方を指南するようになった。彼らの目的は、ハイテク産業のリーダーたちがウォール街と同様にワシントン DC や州議会でも力を持つようになることである。今後数十年は、彼らの影響力があらゆるところに及ぶだろう。大統領選や上下院議員選の結果だけではなく、アンチトラスト法や人工知能関連の法案なども影響を受けることになるだろう。ハイテク産業は知らぬ間にアメリカで最も強力なロビー活動勢力の 1 つとなった。多くの企業が資金を提供したかつての業界団体と同様に、その力を発揮している。国を脅迫し、なだめ、都合よく作り変えようとしている。