3.
テック業界にとって、トランプ政権時代は困惑の連続だった。トランプは、テクノロジープラットフォームが保守派に対して偏見を持っていると攻撃した。一方で、リベラル派はトランプの大統領就任の道を開いたとして、シリコンバレーのソーシャルメディア企業を激しく非難した。テック企業の経営者たちは、トランプ大統領のイスラム教徒入国禁止令や移民追放政策に直面した際には業界に数多く存在する移民をサポートすると表明した。また、人種差別、セクハラ、男女別トイレをめぐる従業員の抗議運動にも対処しなければならなかった。2020 年にジョー・バイデンが大統領選に勝利した時、シリコンバレーのテック企業の幹部たちは安堵した。バイデン政権はオバマ政権と同様の立場をとると考えられていた。オバマ時代はテック企業はクールだと考えられ、多くの政治家がマーク・ザッカーバーグと知り合いだと自慢したものである。バイデンの勝利はまた、民主党に深く根を下ろしたルヘインが、間違いなくシリコンバレーで政治家に顔の利く第一人者になることを意味した。多くの企業が彼と関係を持とうとした。彼の功績を惜しみなく認め、政府を企業寄りにしてくれたことを喜んでいた。そして何よりも、彼は一緒に働く人々に、正義の探求をしているような気分にさせた。数多くの民主党議員のアドバイザーをしたことで有名なピーター・ラゴーン( Peter Ragone )は、シリコンバレーを変貌させる一握りの政治コンサルタントの中で、「ルヘインの能力は頭抜けている。彼の情報処理能力は超速で息をのむほどである」と語った。
しかし、バイデンに対するシリコンバレーの熱狂は長くは続かなかった。バイデンはすぐに 3 人の著名なハイテク懐疑論者、ゲーリー・ゲンスラー( Gary Gensler )、リナ・カーン( Lina Khan )、ジョナサン・カンター( Jonathan Kanter )をそれぞれ証券取引委員会( Securities and Exchange Commission )、連邦取引委員会( Federal Trade Commission )、司法省の反トラスト部門( antitrust division of the Department of Justic )のトップに任命した。しばらくしてバイデン政権はグーグル、アップル、アマゾン、メタ、テスラ、その他数十社を提訴または調査するようになった。これらの訴訟や調査のいくつかはトランプ政権下で開始されていたが、バイデン政権下で証券取引委員会は暗号資産業界を特にターゲットにしていた。エリザベス・ウォーレン( Elizabeth Warren )の盟友であるゲンスラーが暗号資産関連企業の一部が法律に違反しており、そのほとんどは未登録の証券を販売することで違反しているとして、80 件以上の訴訟を起こした。証券取引委員会に訴えられた経営者の中には、民主党に多額の献金をしている者もいた。オバマ大統領の資金調達の金庫番を務めていた仮想通貨企業リップルの CEO のブラッド・ガーリングハウス( Brad Garlinghouse ) も法廷で非難された 1 人だが、明らかに被害者意識を抱いていた。彼はブルームバーグに、連邦政府は「いじめっ子( a bully )」のように振る舞っていたと語り、「民主党はゲンスラーの暗号資産に対する違法な闘争を容認し続け、アメリカで多くのイノベーションが花開くのを妨害している。共和党が暗号資産支持の姿勢を表明したのも不思議ではない。こうした状況を有権者は注視している」とツイートした(昨年、連邦裁判所はリップルに対する証券取引委員会の訴訟の一部を容認したが、一部を否認した)。
バイデン政権のアプローチを、いささか攻撃的であると感じている者も少なくなかった。ある暗号資産関連企業の幹部は、自宅の浄化槽が故障し、修理のためにお金を引き出そうとしたときに初めて、自分の銀行口座が何の説明もなく凍結されていたことに気づいたと話している。その頃、さまざまな規制機関が暗号資産業界がもたらすリスクについて銀行に警告を発していた。後にこの幹部の口座の凍結が解除された時、またしても明確な説明がなかったため、彼女はバイデン政権の目的は暗号資産業界を脅すことなのかという疑問を抱いた。なお、国法銀行法により連邦政府から認可を受けた金融機関などを監督する通貨監督庁( The Office of the Comptroller of the Currency )は、市中の銀行に個人口座の凍結を指示することはないと述べている。
しかし、2022 年にサム・バンクマン=フリード( Sam Bankman-Fried )が率いる巨大な暗号資産取引所やヘッジファンドを運営する FTX が 80 億ドル以上の資金が不正に配分されたり失われたりしていたことが発覚して破綻した時、バイデン政権の攻撃的な姿勢は正当化されたように思われた。バンクマン=フリードは多額の政治献金者であり、選挙資金法違反は彼が逮捕された犯罪の 1 つだった。別の暗号資産業界幹部の 1 人が私に語ったのだが、FTX のスキャンダルの後、「この業界の多くの人物がただ頭を下げて姿を消したいだけだった。目立たなければ目立たないほど良かった」という。
しかし、シリコンバレーで最も裕福な層の間では、撤退という選択肢はなかった。強力なベンチャーキャピタル企業アンドリーセン・ホロウィッツ( Andreessen Horowitz )は、暗号資産とブロックチェーンへの投資のためにすでに 70 億ドル以上を調達していた。スーパーエンジェル投資家のロン・コンウェイ( Ron Conway )は、自身のベンチャーファンドを通じて暗号資産企業に数百万ドルを注ぎ込んでいた。ルヘインは、ツイッター上でいがみ合う大手の暗号資産投資家や企業に対し、世間の風潮を変えることに専念する連合を結成するよう促した。彼はアドホック・グループ( The Ad-Hoc Group:専門家班の意)と呼ばれる非公開の集まりを隔週で開催し始め、そこで様々なコラボレーションについて議論した。やがて、アンドリーセン・ホロウィッツの元パートナーであるケイティ・ハウン( Katie Haun )は、自身が取締役を務めていた大手仮想通貨企業コインベース( Coinbase )に、ルヘインを顧問として迎えるよう勧めた。
ルヘインはコインベースの共同設立者であるブライアン・アームストロング( Brian Armstrong )に会い、Airbnb と同じように、危機と思われる時こそが実はチャンスなのだと諭した。「今は手をこまねいて黙している時ではない」とルヘインは彼に言った。「これは、あなたの会社と業界を決定付け、コインベースが FTX とは違うことを証明するチャンスである」。2023年、ルヘインはコインベースのグローバル諮問委員会に加わった。その 25 日後、証券取引委員会が同社を訴えた。
ルヘインは、反暗号資産の政治姿勢をとることが非常に痛手の大きい行為であることを多くの政治家に認識させることを主な目的として戦略会議( war room )を設置した。当時コインベースの従業員でフェアシェイクに詳しい人物は、「暗号資産の仕組みなどを説明することが目的の会議ではなかった。政治家が最も敏感な部分、つまり政治家が選挙に勝てる可能性を左右することが目的だった」と語った。アームストロングは 2023 年の暗号資産業界の会合でこの目的を明確にした。同氏によると、目標は選挙に出馬する候補者が暗号資産に賛成か反対かを確認することであった。その上で、味方であることが判明した候補には支持する広告を出し、そうでない候補には反対する広告を出すことも明確にした。
ルヘインの基本的な戦略は Airbnb の時とほぼ同じであった。Airbnb のキャンペーンは市長選等の地方自治体の選挙戦に焦点が当てられていた。しかし、暗号資産の取り組みは全国規模でより規模が大きい。上院選、下院選、さらには大統領選もターゲットにしており、はるかに多くの資金が必要になる。ルヘインがームストロングに提案したのは、暗号資産業界でロビー活動のために 5,000 万ドルを確保するということであった。アームストロングは「 1 億ドル確保しよう」と返答した。コインベース、リップル、アンドリーセン・ホロウィッツだけで、暗号資産のスーパーPAC(特別政治活動委員会)のフェアシェイクに 1 億 4,000 万ドル以上を寄付した。さらに他の企業の幹部たちが数百万ドルを寄付した。
ルヘインはフェアシェイクと緊密に協力し、暗号資産支持のメッセージを作成し、「草の根活動組織( grassroots army )」の構築に共同で取り組んだ。「暗号通貨に肯定的な投票行動をする有権者が少なくないことを示す必要がある」とルヘインはコインベースの経営陣に力説した。「暗号資産を所有するアメリカ人は何百万人もいる。彼らが暗号資産を守るために投票することを証明する必要がある」。
連邦準備制度理事会( FRB )は、2023 年に暗号資産を所有するアメリカ人は 2,000 万人に満たないと発表している。各種世論調査によれば、暗号資産に関する問題を選挙の際に優先事項と考える有権者は多くない。コインベースの幹部の 1 人は、この点をルヘインに指摘した。「暗号資産に肯定的な投票行動をする有権者など本当はいないのではないか?」
「それなら、私たちが作れば良い」とルヘインは答えた。