6.
ビットコイン愛好家のための年次総会は、通常政治家が出席するイベントではない。このイベントにはしばしば 2 万 5,000 人以上が集まり、その多くは政府に不信感を抱いている。ブースが立ち並ぶ会場を歩き回れば、午前 10 時に無料でウォッカが飲めたり、詐欺と空想の中間の脱税戦略( tax-avoidance strategies )について話し合ったりできる。エドワード・スノーデン( Edward Snowden )の T シャツや暗号資産をテーマにしたボードゲームも売られている。そこはパンティー・フォー・ビットコイン( Panties for Bitcoin:ビットコインサインがプリントされたパンティー)の熱狂的なファンにとっては安住の地なのである。しかし、このイベントが 7 月にナッシュビル( Nashville )で開催された時は、レッドネック・リビエラ・バー( Redneck Riviera bar )からほんの数ブロック離れた会場で、多くの女性たちが「ビットコイン・グッズ( that bit stuff:訳者注、bit はちょっとしたものの意もある)」と引き換えにシャツをまくり上げると申し出ていた。上院議員が 8 人、下院議員が 10 人など、連邦議会や州議会の候補者が数え切れないほどいた。テクノ音楽が止まるたびに即興スピーチを始める者も何人かいた。しかし、あくまで主役はドナルド・トランプだった。
このイベントに大統領候補がキャンペーンの一環で登場したこと、そしてトランプが選挙戦の貴重な 1 日を費やして勝利が確実視されている州に訪れたようとしたことは、ルヘインが始めた暗号資産業界のロビー活動が効果を発揮していることを証明している。ビットコインのロゴの色と同じオレンジ色のかつらをかぶり、「 Make Bitcoin Great Again(ビットコインを再び偉大に)」の帽子をかぶったトランプは、立見席の観衆を前に演説を行った。「大統領就任の初日に、証券取引委員会トップのゲーリー・ゲンスラー( Gary Gensler )を解任する」と宣言した。これにはスタンディングオベーションとトランプ支持の大合唱が巻き起こった。私の近くに立っていた男性は、自分の妻に FaceTime ( Apple の提供する無料ビデオ通話アプリ) で演説を見るよう強く勧めた。妻は娘の出産に立ち会うため分娩室にいた。
トランプが暗号資産を支持するようになったのは、180 度の転換だった。大統領であった時に、彼は暗号資産のファンではないとツイートしていた。暗号通貨は「通貨ではないし、麻薬取引や違法行為や不法行為を助長する可能性がある」と主張していた。また、「アメリカには本物の通貨は 1 つしかない。それはドルと呼ばれるものだ」とも主張していた。「ビットコインは 詐欺にしか見えない 」とも述べた。しかし、トランプは大統領職を退任後にブロックチェーン上にホストされるデジタルコンテンツの一種である非代替トークン( non-fungible tokens )の販売など、新たな収入源を模索し始めた。これによって、2023 年に彼は 720 万ドルを稼いだと報告されている。トランプは確信した。彼は今回の大統領選では、暗号資産業界による寄付を最初に受け入れている。つい先日、おそらく報酬と引き換えと推測されるが、マリファナ( marijuana )や減量薬等( weight-loss products )を販売していると報じられている起業家が率いる企業であるワールド・リバティ・ファイナンシャル( World Liberty Financial )の「暗号資産推進責任者」になると発表した。トランプはナッシュビルのステージに立つ前に、暗号資産業界の重鎮たちとの円卓会議をセッティングした。大統領選の資金を調達することが主目的だった。参加者の多くは参加費として 80 万ドル以上を支払った。会議主催者によれば、トランプはそこで 2,500 万ドルを調達したという。
そこでトランプが演説した時、ビットコイン支持者の言い方を借りれば、彼が「お金の力でオレンジ色に染められた」ことは明らかだった。彼がそこで口にしたのは、当選したら連邦政府に数十億ドル相当の暗号資産準備金を保有するよう指示するということであった。アメリカを 「暗号資産の中心地にし、ビットコイン超大国 」にすると宣言した。彼は暗号資産に関する決まり文句を繰り返すようになった。「我々がやらなければ、中国がやることになる!」
トランプのビットコインに対する新たな崇敬の念は、ルヘインを喜ばせたと思う者が多いだろう。しかし、そうではなかった。彼の選挙キャンペーンが上手くいきすぎているのは問題であった。Airbnb の場合と同様にルヘインは暗号資産業界が民主党か共和党のいずれかと密接に結びつくことを望んでいない。そうなると、暗号資産業界に関する法案を通過させることが難しくなるからである。トランプが推進する政策は、何もしなくてもすべて党派的な問題になってしまう。
バイデン大統領が 7 月に選挙戦から撤退すると発表したことで、暗号資産業界は民主党との関係をリセットできる機会を得たように見えた。カリフォルニア州出身でテック企業に友好的であることが過去の行動から明らかなカマラ・ハリス( Kamala Harris )副大統領が民主党大統領候補となったことは、民主共和両党間の均衡が取れる可能性を高めた。9 月の演説でハリスは経済政策について論じ、アメリカは「 AI や量子コンピューティング( quantum computing )、ブロックチェーン( blockchain )、その他の先端テクノロジーで優位を保つ」との公約を掲げた。両党間の均衡が取れる確率はより高まった。10 月 4 日にはバイデンを攻撃する動画に登場していたベンチャー・キャピタリストのベン・ホロウィッツは、同僚たちに、「私と妻はカマラ・ハリスとティム・ウォルズ( Tlm Walz )の民主党コンビを支援する団体に個人的に寄付をする」と告げた。これは、ハリス陣営と個人的に話し合った結果によるものである。彼女が大統領になったらバイデンの「極めて破壊的な」暗号資産政策を放棄するだろうという期待を膨らましたことが理由である。一方、ルヘインはハリスの選挙キャンペーンに 3 万 5,000 ドルを寄付した(トランプには一銭も寄付していない)。
しかし、その一方で、ルヘインが支援する暗号資産業界にも、アメリカ中を悩ませているのと同じ党派対立の悪影響が及んでいる。業界は一枚岩ではなくなりつつある。8 月、フェアシェイクに 50 万ドルを提供したカリフォルニア州で最も著名な投資家の 1 人であるロン・コンウェイ( Ron Conway )は、アンドリーセンやアームストロングを含むフェアシェイクへの他の資金提供者に電子メールを送った。フェアシェイクが民主党議員に敵対的過ぎると訴えた。「あまりにも近視眼的で愚かな行動である」と彼は書いている。オハイオ州でブラウン上院議員を落選させるためにフェアシェイクが寄付した行為は、上院院内総務のシューマーに対する「平手打ち( slap in the face )」だとコンウェイは非難する。「誰ひとりとして、こんなことをしていることを私に知らせなかった」と彼の主張は続く。その文には文法上の誤りがあり、億万長者がスペルチェックなどしないことを証明していた。「アメリカは現在 2 つに分断されている。穏健派とドナルド・トランプ派である… 「どうやら私は気づかないまま共通の価値観を共有しない人たちと一緒に仕事をしていたようである。でも、それに気づいたからには、袂を分かつしか道はない」と彼は続けた。「フェアシェイクは利己的な意図を隠していた。それが明るみになった今が潮時である。別れるべき時が来た。…妥協してフェアシェイクと協力したり手を借りるという選択肢は無い」。
共和党の指導者たちも同様の不満を抱えていたようである。今年の夏にアンドリーセンと仮想資産関連企業の多くの幹部がジャクソンホール( Jackson Hole )で共和党執行部と会った。居合わせた者全員が、フェアシェイクがアリゾナ州とミシガン州の上院選で民主党候補を支援する広告に資金を投じたという事実に憤慨した。両州の選挙結果はどちらの党が上院の支配権を握るかを左右する可能性がある。
ルヘインが関与した暗号資産業界が一枚岩の状態を維持できるか否かは別として、1 つはっきりしていることは、シリコンバレーのテック業界がしていることは、19 世紀中頃にボス・ツイード( Boss Tweed )がしていたことと何ら変わらないということである。ツイードはニューヨーク州選出の下院議員で市政を掌握した後、巨額の賄賂を受け取った。アメリカで政治腐敗と言うと真っ先に名前の挙がる人物である。ロナルド・レーガン( Ronald Reagan )の言葉を借りれば、暗号資産業界は世界で 2 番目に古い職業(訳者注:通貨偽造)を、1 番古い職業(訳者注:売春のはずであるが、ここでは買収?)のテクニックを学ぶことでマスターしようとしているのである。テック業界には莫大な資金力がある。それと巧みなロビー活動が組み合わされば、暗号資産、シェアリングエコノミー、無節操なソーシャルメディア等を営む企業は延々と利益を生み続けるであろう。証券取引委員会にとって、シリコンバレーがロビー活動を活発化させるようになったことは恐怖でしかない。「暗号資産業界が勝利を収めれば、どこかの金融機関が、自分たちの商品はブロックチェーン上にあると唐突に言い出し、法や規制の抜け穴を突いて何十億ドルもの資金を動かすようになるだろう」と、証券取引委員会の考えに詳しい関係者は語った。「過去に貯蓄貸付組合 ( saving and loan )や不動産担保証券( mortgage derivatives )やリパブリック・ファースト・バンクなどの地方銀行が引き金を引いて大惨事が発生したが、同様のことが発生しないようにしなければならない。何かが弾けるような事態となれば、多くの人々が莫大な損害を被る。ルヘインのロビー活動に携わった者たちでさえ、自分たちが正しいことをしているという確信は持てていない。「確かにシリコンバレーのテック企業のロビー活動は今では以前より洗練されているが、それは必ずしも一般消費者にとって良いことではない」と先ほどのコインベースの幹部は語った。「暗号資産が証券であろうとコモディティ( commodities:商品)であろうと、ほとんどの消費者は全く気にしていない。彼らにとって本当に重要なのは、どうやって自分を守るかということである。どの暗号資産が安全なのか。それはどうやったら分かるのか。しかし、そういったことはまったく議論されていない。暗号資産をもっと知ってもらうための啓蒙活動もまったくなされていない。暗号資産業界がしているのは、いじめっ子になるために莫大な資金を投じることである。自分が世の中で最も怖い存在であるということを皆に知らしめている」。