The Sputnik V Vaccine and Russia’s Race to Immunity
スプートニクVワクチンは眉唾ものか?
When the pandemic struck, scientists in Moscow set out to beat the West.
パンデミックは、モスクワの科学者たちにとって、西側諸国に対して優越性を示す機会となるか。
By Joshua Yaffa February 1, 2021
ロシアがワクチン承認一番乗りを果たす
昨年8月のある朝、モスクワ郊外にある大統領官邸でウラジーミル・プーチンは、閣僚たちとテレビ会議を実施しました。各閣僚は皆一様に厳しい顔つきをして、プーチンの机の前の大スクリーンに映っていました。クレムリン版の新型コロナパンデミック対策会議でした。会議は国営テレビでオンエアされていましたが、いささか芝居がかっていました。元々、会議の表向きの議題は、来年の教育機関の授業方法についてでした。しかし、会議冒頭の挨拶で、急にプーチンが重大なニュースを公表しました。プーチンが明らかにしたのは、国産で初のCOVID-19ワクチン、スプートニクVが承認されたということでした。プーチンは、そのワクチンについて、「非常に効果的で、免疫の獲得を助け、必要な治験を全てクリアしている」と言及しました。
実際には、スプートニクVの開発では、フェーズ1治験、ファーズ2治験の試験結果は公表されていません。通常それらの治験では、限定した数の被験者で、ワクチンの安全性と有効性を調べます。また、フェーズ3治験を行って、プラセボを投与する対照群と本物のワクチンを投与する治験群に分けて多くの被験者を参加させる必要がありますが、その時点では未だ始められていませんでした。しかし、スプートニクVはすでにロシア国内で接種され始めていました。そのテレビ会議内で明らかになったのは、すでにプーチンの娘の1人がそのワクチンを接種し、その後わずかな発熱があったものの、2日後には平熱に戻ったということでした。ある著名な文化人も同時期にワクチンを接種していました。彼は私に言いました、「ワクチンについて詳しい人からいろいろと教えてもらいました。それで、全くリスクが無いわけではないことは認識しました。でもパンデミックが拡がっている状況でしたから、試してみようと思ったんです。」と。
ワクチンの名前は、キリル・ドミトリエフの発案によるものです。彼はロシア直接投資基金(RDIF)の総裁です。ロシア直接投資基金(RDIF)は、そのワクチンの開発に出資しており、彼はワクチンが早期に承認されるよう強力なロビー活動を展開していました。彼がワクチンにスプートニクVという名前を付けたのは、2つの超大国が競い合っていた時代を懐かしんだからで、その時代の人工衛星の名前「スプートニク」を使いました。また、「V」は、ワクチン(vaccine)を意味しています。彼は、7月にCNNの取材を受けて言っていました、「1957年にソ連が世界初の人工衛星を打ち上げた時、アメリカを仰天させました。奇しくも同じ名前を冠するワクチンが、再びアメリカを驚かせるでしょう。COVID-19のワクチンが世界で最初に接種されるのは、ロシアになるでしょう。」と。ロシアでは、保健大臣ミハイル・ムラシュコが大々的にスプートニクVは世界初の新型コロナウイルスのワクチンだと喧伝していました。ロシア国営放送のニュースキャスターは次のように宣言していました、「60年以上前に世界を震撼させた名前が、今日、再び世界中で驚きを持って迎えられています。世界中でニュースとなっているロシア語の名前、それは”スプートニク”です。」と。そのニュースキャスターは、スプートニクVは、パンデミックとの戦いの切り札になると称賛していました。また、プーチンは、ワクチン開発者たちを称賛して言いました、「これは、ロシアと全世界にとって非常に大きな一歩だ。」と。
スプートニクVは、モスクワのガマレヤ研究所で開発されました。パンデミックが発生する前、その研究所は特に有名ではありませんでした。その研究所では、以前にエボラ出血熱とMERS(2012年にサウジアラビアで発生したCOVID-19に症状が似た呼吸器疾患)のワクチンを開発しました。しかし、ロシア以外にはほとんど承認した国は無く、ほとんど使われたこともありません。スプートニクVに関してはデータがほとんど公開されてないため、疑問を持たれています。それは、偉大な科学の成果なのか、それとも、間に合わせで作った眉唾物なのか、今のところ評価は定まっていません。
以前は、新しいワクチンを開発して市場に出すまでには数年を要しました。数十年かかることもありました。弱毒化ワクチン(はしか、おたふく風邪、風疹などのワクチンが該当)には、危険性のないレベルに弱めたウイルスが含まれます。それに対し、不活化ワクチンでは、インフルエンザの予防接種はほとんどがこれですが、不活化したウイルスが含まれています。いずれのワクチンも開発する際には、試行錯誤を何度も繰り返し、かなり細かい手作業が必要です。1990年代から研究が始まったmRNAワクチンの開発は、そうした旧来のワクチンとは趣が異なります。ウイルスの遺伝子コードを編集する技術が肝になっています。mRNA技術によるワクチンの開発は、コンピューターのソフトウェアのプログラムを開発するのと似ています。いずれもコードを書き換えるだけです。mRNA技術によるワクチン開発に特化し、2010年に設立された製薬企業モデルナ社は、2020年1月にmRNAワクチンの試作品を完成させました。3月中旬には製薬大手のファイザー社が、ドイツのバイオ医薬ベンチャーのバイオンテック社との協業を発表しました。ファイザー社は、ワクチン開発の協業先を20社ほど選定していましたが、4月初旬までには、4社まで絞り込んでいました。
スプートニクVは、いわゆるベクター・ワクチンです。英国のオックスフォード大学とアストラゼネカ社によって開発されたワクチン、中国のカンシノ・バイオロジクス社(康希諾生物股分公司)や米国のジョンソン&ジョンソンが開発したワクチンもベクター・ワクチンです。ベクター・ワクチンは、弱毒化ワクチンや不活化ワクチンと比べると遥かに新しい技術ですが、mRNAワクチンよりは多くの臨床データが残っています。1990年代に、多くのワクチン研究者が、遺伝物質をヒトの細胞に移植する際の送達者として、低毒となるよう改変したウイルスを使う研究を始めました(そのウイルスをベクターもしくはウイルスベクターと呼ぶ)。その初期の研究では、特に血友病と嚢胞性線維症の治療に焦点があてられていました。他の遺伝性疾患はあまり研究されていませんでした。まもなく、世界中の製薬会社や研究機関が、ウイルスベクターを使ったワクチンの開発について研究をするようになりました。コンスタンティン・チュマコフは、ロシア系米国人のウイルス学者で、WHO(世界保健機関)のアドバイザーであり、世界中のウイルス性病原体の追跡調査をしている国際的な団体「世界ウイルスネットワーク」のメンバーでもありますが、ウイルスベクターは「トロイの木馬」のようなものだと言います。つまり、運びたいものを内部に届けることが出来るのです。
スプートニクVがロシアで承認された時、モデルナ社とファイザー社は、フェーズ3治験の結果を発表しておらず、大規模なワクチン投与を開始するためにFDAに承認申請する前の段階でした。それらが為されたのは2か月後のことでした。医薬品開発の専門家の多くが、ロシアがワクチンの一般向け使用を承認した拙速さに懸念を表明していました。米国立アレルギー感染症研究所アンソニー・ファウチ所長は、ABCニュースの取材で次のように語っていました。「ロシアがワクチンが安全で効果的であることを証明するために科学的で厳格な手順を踏んだことを、私は願っています。しかしながら、かなり高い確度で言えますが、おそらくそうではないでしょう。」と。
新型コロナワクチンの研究では、過去に前例の無いレベルで世界中の研究者、研究機関が協力しています。しかし、そうはいっても、国家間、企業間の競争が根底にはあります。プーチンがスプートニクVを世界に向けて喧伝していた時、トランプ大統領は米国では秋にもワクチン接種が出来るようになると宣伝していました。一方、その頃中国では世界から信頼される大国としての役割を果たすべきで、パンデミック(元々中国発祥のウイルスによる)で困っている国々を助けるべきとの決定をしていました。一方、英国と欧州連合は、ブレグジットの最終合意の調整中でしたが、それぞれワクチンに関しては独自の戦略をとつていました。チュマコフは私に言いました、「悲しいことに、ワクチン開発は政治問題化してしまいました。ロシアだけではありません。どこの国もが一番乗りを果たしたいという競争になってました。」と。