スプートニクVは安全?ロシアが開発の新型コロナ用ワクチン

プーチン政権はワクチン開発一番乗りを自慢したかった

4月20日のテレビ会議で、プーチン大統領は担当閣僚に新型コロナウイルスのワクチン開発の進捗確認をするよう指示しました。ワクチン開発には国家の威信が掛かっており、研究者たちには非常にプレッシャーがかかる状況でした。ギンツバーグの研究チームも期待されており、進捗状況を問われることがありました。それで、プーチンにガマレヤのワクチン開発の進捗状況を報告しました。当時の状況は、まだ最初の動物実験を開始したところでしたが、COVID-19に対する抗体が作られていることが判明していました。プーチンは、進捗状況を聞いてかなり満足したようでした。
 ドミトリエフ(スプートニクVを支援するロシア直接投資基金(RDIF)の総裁)は、部下の何人かのアナリストと共に、ロシア国内で研究開発途上にあるワクチンを評価していました。さまざまな手法でワクチンが研究されており、20件ほどが調査対象でした。有名な国立の研究施設の中にも取り組んでいるところが沢山ありました。ドミトリエフは言いました、「なぜガマレヤの研究チームの支援を決めたかというと、そこではヒトアデノウイルスを数十年研究してきた実績があり、最も安全なワクチンだったからです。」と。ウイルスベクターに関する研究や論文は数えきれないほどありますが、過去にロシアでベクターワクチンの使用が承認されたのは1件だけで、それはヒトアデノウイルスを利用したもの(ジョンソン&ジョンソン社製)でした。そうしたことも、ドミトリエフがスプートニクVを支援先に選んだ理由の1つでした。
 昨年の秋、オックスフォード大学とアストラゼネカ社で開発していたワクチンは、困難に直面していました。英国で治験参加者の具合が悪くなったので、フェーズ3治験を延期していました。それにもかかわらず、FDAに必要な報告をしていませんでした。その結果、アメリカでの治験は6週間半延期されました。10月には、ロンドンのタイムズ紙が報じたところによると、ロシアは偽情報を流し、オックスフォード大学とアストラゼネカ社のワクチンに対して不信感や恐怖感を植え付ける諜報活動をしていました。その報道の中で、そのワクチンのことをドミトリエフがロシアのテレビ番組で「モンキー・ワクチン」と評していたことも記されていました。「モンキー・ワクチン」というのは、接種した者がサルになってしまうという意味で使われているようでした。それに対して、英国の外務大臣ドミニク・ラーブは、ドミトリエフの発言を公式の場で非難しました。それ以来、ドミトリエフはそのフレーズの使用を避けてきました。12月に私がドミトリエフと話した際、彼は言っていました、「決して、ロシア以外のワクチンを蔑もうという意図などありません。ロシアには、新型コロナワクチン開発で一番乗りを果たそうという野心もありません。ただ、世界中で沢山有効性の高いワクチンが開発されることを願っており、それに協力したいだけなのです。しかし、mRNAワクチンもチンパンジーのウイルスを使ったワクチン(アストラゼネカ社のワクチン)も、長期的な臨床データが不足していることには留意すべきだと思います。」と。
 ドミトリエフは、1990年代に、スタンフォード大学やハーバード大学で学び、マッキンゼー、ゴールドマンサックスで働いた後に、ロシアの投資ファンドで実績を積み上げていきました。彼の妻ナタリア・ポポワは、インノプラクチカの副所長をしています。それは、15億ドル規模の事業費をかけたモスクワ州立大学の研究施設です。その施設の所長は、カテリーナ・ティホノワです。彼女はプーチンの娘だと言われています。2000年頃、ポポバとティホノバは同じ大学で学びました(伝えられるところによれば、プーチンが娘に予防接種を受けさせたと発表していましたが、その娘とはティホノバのことだと言われています)。8月に放送されたロシア国営テレビの番組で、ポポワがガマレヤの研究室でログノフにインタビューをしていました。番組中では2人が夫婦であることは触れられていませんでした。その番組の中で彼女は得意げに言いました、「新型コロナウイルスについては、まだまだ不明な点が沢山あります。しかし、ロシアは間違いなく重要な役割を果たすでしょう。」と。
 「モンキー・ワクチン」という言葉を使った理由を、ドミトリエフはロシア語から英語に置き換える際に適切な言葉が存在しなかったために起きたことだと釈明していました。しかし、ギンツバーグの見立ては違います。その語が使われたのは、ワクチン開発競争が繰り広げられる中で、他国のワクチンの価値を下げたいという意図があったと推測しています。しかし、ギンツバーグは、「モンキー・ワクチン」という語が使われたことは多くの人々の耳目を集めることになりましたが、ワクチン開発の現場には何の影響も及ぼさないと推測しています。
 ログノフは、新型コロナのパンデミックに対処するには、過去の慣習にとらわれない取り組みが必要だと主張します。これまでのように各国がワクチン開発を競っている場合ではないのです。彼は言いました、「安全性が証明されたワクチンが出来て、人々を救うチャンスがあるのに、それが為されないのはとても非倫理的なことです。」と。ロシアの多国籍製薬企業の業界団体代表のスベルタナ・ザビドバの意見は違うようで、次のように語っています、「スキーの回転競技であれば、旗門を順番に通過していかなければなりません。だけど、早くゴールするために、滑降競技のようにまっすぐ突っ切って行くことに決めた者がいて、それで、ゴールして”やったぜ、一番乗りだ!”と言っても誰も評価しませんよね。それが今回スプートニクVの開発で起こったことです。」と。また、インバイオ・ベンチャーズ社のヤスンイは、言いました、「ガマレヤの研究員たちには全く問題は無く、責められるべきではありません。問題なのは、ロシアの政治家や官僚や報道機関などです。国威高揚につなげるための誇大宣伝と透明性の欠如が問題なのです。」と。
 バージニア・コモンウェルス大学の公衆衛生の専門家ジュディ・トゥイッグはそうした考え方に共感しています。彼女は言いました、「フェーズ3治験のデータが出揃っていないのに急いでワクチンが承認されましたが、それによってロシアの名声が高まったということは全くありませんでした。」と。ロシアは過去に国ぐるみで不正やスパイ活動をさんざんしてきましたから、そんな国が作ったワクチンにはどうしても疑惑の目が向けられてしまいます。近年でも、ロシアには厳しい批判の目が度々向けられています。批判されるのは当然で、それなりの証拠も出揃っています。オリンピック選手が組織ぐるみでドーピングしたり、元スパイのセルゲイ・スクリパルや野党党首アレクセイ・ナワリヌイが神経剤ノビチョクを盛られました。ドミトリエフは、ロシア製のワクチンが不信感を持って迎えられていることに驚いていました。彼が言うには、ロシアが何かすると必ず批判されるので、そういう意味では想定内だったとのことです。9月の英国のテレビ番組「デイリー・ショー」でロシアを揶揄する一コマがありました。そこでは、ナレーターはロシア人風に訛った英語で、次のようなセリフを言いました、「プーチンに殺されると思うと恐怖ですね。でも、実際にはCOVID-19の方が何倍も恐ろしいんですよ。ですから、皆さん、友愛的なロシアが提供してくれるワクチンを接種しましょう。有効性も安全性も検証済みですよ。どうやって検証したかって?そんなに疑わなくたって、ちゃんと熊に接種して治験済みですから。」と。