ロシアでワクチン一般接種開始、特に問題なし
12月2日、英国はファイザー社のワクチンの緊急使用を承認しました。その数時間後、それに対抗するかのように、プーチンはスプートニクVの一般への大規模な接種を始めるよう指示しました。ロシアのワクチン接種は、モスクワを皮切りに始められ、医療従事者や、教師など人と接触する機会が多く感染のリスクが高い人たちを優先する予定でした。しかし、9月に行われた世論調査では、ロシアの医療従事者の半数がスプトニクVの接種を望んでいないことが明らかになりました。拙速な承認プロセス、安全性と有効性に関する具体的なデータの不足から嫌気されたようです。モスクワに本拠を置く独立系調査機関レバダ・センターが実施した調査では、12月の時点で、ロシアでは約60%の人がワクチン接種を望んでいないことが分かりました。同時期に行われた調査によると、アメリカでワクチン接種を希望しない人は約25%で、欧州で最も反ワクチン運動の盛んなフランスでは約50%でした。
レバダセンターの副所長デニス・ボルコフは、世論調査の為にグループインタビューを何回も行っていました。彼は私に言いました、「ロシア人の多くは感染を全く恐れていないようです。もう新型コロナウイルスの話題は聞き飽きて、うんざりしている様です。」と。12月下旬に、ロシアの新型コロナウイルス対策本部長は、COVID-19による実際の死者数は政府発表の3倍、約18万人はいるだろうと認めました。それが事実なら、世界で3番目の多さになります。ロシアでは、テレビなどのメディアで新型コロナ関連の死者のニュースが大々的に取り上げられることはほとんど無く、また、政府高官もほとんど言及しません。ボルコフは、ロシアの宣伝工作が災いを拡大している可能性があると言います。というのは、ロシアは、自国で開発したワクチンの偉大さを強調することに注力していましたが、もっと大切なことを伝えることを怠ってきました。新型コロナウイルスの怖さや危険性こそ国民に伝えるべきだったのです。
モスクワでワクチン接種が始まって6日目、12月10日にモスクワの中央環状道路の近くの市立病院に車で行きました。案内板によると、スプートニクVの接種を希望する人は2階の待合室へ直行するようになっていました。待合室の先の壁は一面ガラス張りになっていて階下に幼稚園を見ることが出来ました。院長のアンドレイ・ティアゼルニコフは、既に秋に接種を受けていました。彼が私に言ったのは、ロシアのワクチンに懐疑的な人には、彼がワクチンを接種された時の光景を見てもらいたかったということです。彼が接種された頃は、この病院では救急車でひっきりなしに感染者が運び込まれ、ICUの空きは無く、毎日何人も亡くなっていました。彼は、そんな状況を見ていて、状況を変えるにはワクチンを皆に接種するしかないと確信しました。彼は、接種された後、控室で2時間ほど休憩しました。その間に20人ほどが予防接種を受けに来ました。ある人は、「私は一番最初に接種を受けて、みんなのモルモットになって安全性を証明したい。」と言っていました。また、ある人は「ロシアはパンデミックとの戦いの最前線で奮闘している。」と誇らしげに言っていました。
12月中旬までに、モスクワ市は接種対象者を工場労働者、運輸業労働者、ジャーナリストにまで拡大しました。市は接種を希望する人たちのワクチンを十分に確保しており、余剰分もかなりありました。私が知っているロシア人ジャーナリストの多くも接種しました。モスクワ在住の私の同僚のアメリカ人特派員1名も接種しました。
新型コロナウイルスについて考えたのですが、スプートニクVの有効性には疑問符が付きますが、ワクチンを接種しないということもリスクが高いと思います。去年の春の時点では、私の知人で感染した人は0人でした。それが、現時点では12人になりました。ソビエト時代に建てられた展示場内に間に合わせで作った救急病院に1週間入院した知人もいました。昨年の秋以降、モスクワでは5,000~6,000人の新規感染者が連日出ました。私は、アガサ・クリスティの小説「そして誰もいなくなった」の登場人物のように、恐怖を感じていました。いよいよ次に死ぬのは私なのではないかと感じていました。私は、スプートニクVを自宅の近所の医院で接種することに決めました。何故そうしたかというと、ここでワクチン接種の機会を逃してしまうと、早々に接種できる目途が立たない状況だったからです。
それで、年末に、午後でしたが、私は雪の中を歩いて、スプートニクVを接種しに病院まで行きました。その病院は、ミハイル・ブルガーコフの小説「巨匠とマルガリータ」の冒頭で悪魔が現れるパトリアーチ池の角を曲がった静かな脇道に面して建っていました。受付の若い男が私の接種申込書のチェックをして、内線電話をかけて直ぐに接種可能であることを確認してくれました。医師の問診を受けた後、接種してもらいました。あっという間に終わり、ほとんど痛みもありませんでした。受付に戻ると、接種証明書を手渡されました。
その晩、少し腕が痛くなりましたが、熱や悪寒はありませんでした。気分が悪くなることもありませんでした。3週間後に2回目の接種を受けましたが、やはり全く問題ありませんでした。1月下旬にCOVID-19の抗体検査を受けました。結果は、発病を防ぐに十分なレベルの抗体量が出来ていました。これで、私が感染する可能性は低くなりました。ワクチンを接種する前に、チュマコフに言われたことを思い出しました。彼は言っていました、「どうやら、ロシアはワクチン承認を急ぐあまり、手抜きをしたようです。でも、そのこととスプートニクVの有効性とは何の関係もありません。今のところ、有効性では他のワクチンと遜色ないのです。後々、スプートニクVが優れたワクチンであることが証明されたら、その時には誰も手抜きがあったことなど覚えていないでしょう。」と。