3.緩やかな対応策 批判する人も多い
ストックホルム県議会議員であるタラ・トワナは、パンデミックが始まった頃、老人ホームで感染者が増加していることを知って、自分の年配の両親が自宅で暮らしている幸運に感謝していました。彼女は49歳で髪を長く伸ばしています。彼女と家族は皆イラク出身のクルド人です。彼女の父親はペシュメルガ(クルド人の自由のために戦うクルド人ゲリラ組織)の指導者の一人でした。クルド人独立のために活動していました。1988年にトワナと家族はイラクから亡命し、スウェーデンのサラの収容所に辿り着きました。「サラの住人たちはとても親切でした。」とトワナは私に言いました。彼女は、大学に入った後、左翼の政党に加わって、政治活動を始めました。その後、県議会議員となってからは、公衆衛生の改善と女性の地位向上に特に力を注いできました。
パンデミックが始まった頃、トワナはスウェーデンの緩やかな対応策に肯定的でした。彼女は言いました、「私はスウェーデン政府に大きな信頼を寄せています。私のように考えている人がスウェーデンでは多いと思います。」と。スウェーデン政府の推奨する緩やかな対応策に従い、彼女の家族は少しは行動を控えました。しかし、マスクの着用はしませんでいた。そうして3月末になって、トワナの母親(67歳)のパリが頭痛と高熱で倒れました。トワナは、母親を入院させようとしました。そうすれば、高齢(83歳)の父親アブドゥラへの感染が防げると思ったからです。しかし、診断した医者からは自宅療養するよう指示されました。また、マスクの着用は不要だが、自宅では適切な距離を確保するよう指示されました。それで、トワナ家では各人がそれぞれの部屋にとどまって、会話が必要な時にはスマホを使いました。
一週間後、アブドゥラの様子が少し変でした。自分の寝室内で少し混乱している様子もあり、自分のいる場所を正しく認識できていない感じで、パリにトイレの場所を聞いたりしました。トワナが救急車を呼んで、アブドゥラは病院に搬送されました。アブドゥラは陽性と判明しました。熱も40.6度まで上がりました。トワナの母親パリの病状も急激に悪化したので、入院することになりました。トワナの両親は同じ病室に入りました。2日後、アブドゥラの血中酸素濃度が下がり始めました。トワナは父親に最期の別れを告げるつもりで、スマホでFaceTimeを使って会話をしました。3か月前、クリスマスにアブドゥラはトワナに本をプレゼントしていました。それは、全て手書きしたもので、クルド人の歴史を記したものでした。トワナは感想を聞かせてほしいと言われていました。彼女は忙しくてその本を読んでいませんでした。しかし、FaceTimeであの本は面白かったと伝えました。彼女は私に言いました、「それを聞いて、彼はとても嬉しそうでした。私は、彼の本を出版すると約束しました。」と。彼はその16時間後に亡くなりました。
トワナは、スウェーデン政府の新型コロナへの緩やかな対応策に失望しています。トワナのように失望しているいる者は、少なからずいるようです。54歳の公務員アレクサンドラ・レンホルムもそうです。彼女は1月に夫を亡くしました。彼女は私に言いました、「テグネルが主導して決めた対応策はあまりにも遅く、不十分なものでした。その結果、私の夫のように高齢で無いのに亡くなった者が12,000人も出たのです。きちんとした対策がとられていれば、私の夫は感染することも無く死なずに済んだはずです。」と。52歳の小児病棟の看護師ナナツ・ファシアは、最初からスウェーデンの対応策には懐疑的でした。彼女は病院で働く際にマスクを着用しようとしましたが、許可されていないとして拒否されました。(現在では、スウェーデンのほとんどの病院でマスクの着用は可能になっているようです。)12月25日、彼女の父親は新型コロナに感染して83歳で亡くなりました。彼女は首相が社会保健省が主導する自国の緩やかな対応策を賞賛しているのを何度も耳にしてきました。しかし、彼女は私に言いました、「首相は緩やかな対応策は上手く機能していると言っていました。どういう根拠でそんなことを言っているんでしょうね?」と。トワナは、スウェーデン政府がより厳格な対応策をとることを望んでいます。情報を入手して分析し、人々の生活を守るのが政治家の仕事だと考えています。また、彼女は言いました、「今でも私はスウェーデン政府を信頼しています。しかし、パンデミックへのアンデシュ・テグネルが主導して決めた対応策には非常に失望しています。」と。