トランプが破壊したアメリカ経済は復活しないのか?いや、明るい未来が待ってるぞ!!

The Financial Page

Can the Global Economy Be Healed?
世界の景気は回復するのか?

A noted Harvard economist presents an optimistic vision of a world after Donald Trump.
著名なハーバード大学2のエコノミストがドナルド・トランプ後の世界の楽観的なビジョンを提示する。

By John Cassidy  November 3, 2025

 先週、ドナルド・トランプ( Donald Trump )が韓国で習近平( Xi Jinping )と会談した。その数時間前に、私はハーバード大学のエコノミスト、ダニ・ロドリック( Dani Rodrik )と対談した。彼の著書” Shared Prosperity in a Fractured World ”(未邦訳「分裂した世界における共有の繁栄」くらいの意)に関して話を聞いた。そこで彼が論じているのは、戦後の世界経済秩序の残骸の上に前向きなものを生み出す方法である。アメリカと中国は貿易戦争をエスカレートさせないことで合意しているものの、トランプの包括関税やその他のアメリカ第一主義的な施策は依然として死んでいない。繁栄の重要な原動力である自由貿易体制が崩壊したと嘆いているエコノミストは多い。しかし、ロドリックは彼らと違って楽観的である。彼は、トランプが大統領選に出馬するきっかけとなった無制限のグローバリゼーションを批判したことで、1990 年代に有名になった。「希望を抱く理由がある」と彼は書いている。「今日のグローバル経済における考え方や実践は依然として流動的である。包摂的で持続可能な経済を創造するための進歩的な選択肢は確実に存在している」。

 私は、ロドリックが長年教鞭を執ってきたケネディスクール( Kennedy School )にある彼の研究室で話を聞いた。彼の楽観的な見方は、トランプ政権の政策ではアメリカの製造業がかつての栄光を取り戻し、生活水準を向上させることはできないという確信に基づいている。そのことで新たなアプローチを生み出す余地が生まれるという。なおかつ、ロドリックは、トランプ政権以前のグローバルな貿易システム、つまり世界貿易機関( WTO )などの多国籍機関が強制する画一的な貿易ルールに依存していたシステムに戻ることはあり得ないと考えている。彼は、このシステムの崩壊を嘆いていない。崩壊が、現代を決定づける 3 つの経済課題の克服に繋がると指摘する。3 つの課題とは、アメリカをはじめとする西側諸国における中流階級の復活、依然として貧困状態にある国々における貧困削減、気候変動である。それらを解決するための新たな余地がアメリカ国内で生み出されると主張する。「アメリカはグローバル経済と国際協定のために多くの時間と労力を費やしている」と彼は説明する。「しかし、アメリカ国内だけでできることはいくらでもある」。

 ロドリックが提唱しているのは、中国の目覚ましい産業発展を教訓として学ぶこと、製造業よりもサービス業に重点を置くこと、グリーンエネルギーの劇的なコスト低減をさらに活用することなどである。彼が強調しているのは、連邦政府には果たすべき役割があるということである。それは、労働者のスキル向上、低賃金労働者の組織化による交渉力強化、戦略的産業への資源配分、社会的に必要だがリスクの高い投資分野への資金提供などである。しかし、彼は統制主義的なアプローチ( dirigiste approach )ではなく、実験的( experimental )なアプローチを取る必要があると主張する。そして、極右派( the far right )や極左派( the far left )が主張する、ゼロベースから始めるべきという主張を否定する。「こうした革新的なアプローチの芽は、すでに世界中の既存の慣行の中に存在している」と彼は記している。「私たちに必要なのは革命ではない。既存の数々の政策に優先順位を付けて再構成することである」。

 ロドリックのグローバル経済に関する考え方は進化している。1997 年の著書” Has Globalization Gone Too Far? “(未邦訳:「グローバリゼーションは行き過ぎたのか」の意)で、ますます緊密化するグローバル経済の統合によって、雇用喪失、賃金停滞、その他の混乱が引き起こされ、「社会の崩壊( social disintegration )」がもたらされる危険性があると論じている。反グローバリゼーション派の一部も概ね同様の主張を展開していたが、長年自由貿易とグローバリゼーションを推進してきた国際通貨基金( IMF )で勤務した経験を持つアイビーリーグ出身のエコノミストがそのような主張をするのは斬新だった。私はロドリックに、彼が「ハイパーグローバリゼーション( hyperglobalization )」と呼ぶものへの人々の反発があるのではないかと聞いてみた。実際、トランプのような右派ポピュリストはそうした市民の反発心を巧みに利用しているわけで、彼の主張には正当性があると感じる。「何の慰めにもならない」と彼は答えた。「私が言っていることは、かなり明白なことだったのだから」。

 世界中の多くの政府が自国にとって重要と考える産業の保護に動いている。現状では、IMF や世界貿易機関( WTO )といった国際機関は脇に追いやられている。トランプ政権の終焉後、世界の二大経済大国であるアメリカと中国が、新たな国際貿易のルールを決定づけることになるだろうとロドリックは考えている。彼が特に関心を示しているのは、中国が 20 年にわたって再生可能エネルギーの推進に取り組んできたことである。これは他の国々にも適用できるし、経済の他の分野にも適用できるモデルとなり得るという。中国での技術革新が大きな要因となり、太陽光発電は現在非常に安価になり、テキサス州のような共和党支持の州でさえ太陽光による発電量が急増している。また、世界最大の自動車市場となった中国の電気自動車産業の成長により、安価な中国製電気自動車が多くの国に輸出されている。「私たちは、グリーントランジション( the green transition:化石燃料依存の経済・社会システムを、再生可能エネルギーなどのクリーンエネルギー中心の持続可能なシステムへと変革していく取り組み)において、誰もが想像していたよりもはるかに前に進んでおり、それは誰も予測していなかったメカニズムによって実現したのである」とロドリックは語る。

 著書の中で彼が主張しているのだが、中国のグリーンエネルギー普及成功の鍵は、活用したツールの幅広さと、それらを柔軟に適用した点にあるという。中国政府は電気自動車のスタートアップ企業に対して、開業資金、補助金、カスタマイズされたインフラ、専門的な技術研修、必要な原材料への優先的なアクセス等々を提供した。しかし、トップダウン型の生産計画を押し付けるのではなく、多くの詳細は各企業に委ねた。「中国の開発主義( developmentalism:国家の経済発展を最優先する考え方や政策)の特徴は、実験的なアプローチにある」とロドリックは記している。「中央政府が広範な目標を設定する。そして、様々な産業や地域に多様な産業政策を展開し、綿密に監視をし、それを拡大させ、そして必要に応じて施策を微調整していった」。

 ロドリックが指摘しているのだが、補助金、税額控除、産業研究への公的支援を提供することでグリーントランジションを加速することを目指したバイデン政権の産業政策には多くの利点があった。トランプはこれらの政策の多くを解体することに躍起になっている。ロドリックは将来的にこれらの政策を復活させることを支持している。また、アメリカを含む各国が重要と考える特定産業を保護するために対象を絞った関税を活用することを認めるべきだと提唱する。しかし、アメリカの労働力の 10% にも満たない製造業だけに焦点を当てるのは間違いだという。彼がアメリカの真の課題であると指摘しているのは、アメリカの労働者の 80% 以上を雇用する広大なサービス部門の賃金引き上げである。「好むと好まざるとにかかわらず、サービス部門は引き続きアメリカ経済の主要な雇用エンジンであり続けるだろう」と彼は書いている。サービス業でも一部の管理職などは高給であるが、小売や介護業界など多くの分野は低賃金のままである。 「結論は明らかであるが、雇用が維持される好調な経済を維持するためには、サービス分野の生産性を高めて労働者の質を高める政府の能力が重要である」。

 ロドリックは、これを達成するための実証済みの公式は存在しないと認識している。彼が提唱するアプローチは、国レベルおよび地方レベルの政府機関、教育機関、民間企業、そして労働者を包含するという点で、中国のモデルを模倣している。彼はサービス業従事者を労働組合に組織化する取り組みを支持し、マサチューセッツ大学アマースト校( the University of Massachusetts, Amherst )のエコノミスト、アリン・デューベ( Arin Dube )が提起している産業、職種、地域ごとに異なる最低賃金を設定するための賃金委員会を設立する可能性についても論じている。ロドリックは、年収中央値が 12 万 6 千ドルの診療看護師( nurse practitioner )と低賃金の介護従事者との違いを挙げ、教育訓練( training )、技術( technology )、規制改正( regulatory reform )が大きな役割を果たす可能性があると主張する。そして、科学的分析( scientific research )の方向性も重要だと主張する。

 ロドリックは、国防総省の機関である DARPA (国防高等研究計画局)の労働者版の設立を呼びかけている。DARPA は、インターネット、GPS 、COVID -19 ワクチンの製造に使われた mRNA 技術の開発に資金を提供してきた。DARPA は軍事的影響を及ぼす可能性のある研究に焦点を当てているが、ロドリックが提案する「 ARPA -W ( Advanced Research Projects Agency for Workers )」は、「労働者に優しい技術( labor-friendly technologies )」の開発に焦点を当てるべきであるという。AI の研究なども含まれる。多くのエコノミストが AI によって多くの労働者(その多くは高給)の職が失われると予測するが、ロドリックは MIT のエコノミスト、デビッド・オーター( David Autor )、ダロン・アセモグル( Daron Acemoglu )、サイモン・ジョンソン( Simon Johnson )と同じ意見で、テクノロジーの進歩に再び焦点を当てる必要があると主張する。ARPA-W 設立の提案に関連して、彼は「 全体的な目標は、労働者がすでに行っているタスクを AI に引き継ぐことで彼らを排除するのではなく、現在できないことを労働者にできるようにすることである」と書いている。

 過去 70 年間、製造業における輸出主導型成長のアジアモデル( Asian model of export-led growth in manufacturing )は大きな成功を収めてきた。しかし、ロボット工学( robotics )や 3D プリンター( 3-D printing )の急速な進歩を含むオートメーション( automation )が容赦なく普及拡大している。このことは、多くのアフリカ諸国をはじめとする最貧国にとって悲劇的である。製造業が膨大な数の人々に雇用を提供する現実的な手段ではなくなる可能性があることを意味している。ロドリックが主張する唯一の代替案はサービス業重視の経済発展を目指し、その生産性と賃金を向上させることである。彼はそれが容易でないことは認めているが、いくつかの成功例を挙げている。インドの 2 つの成功例を列挙している。ハリヤナ( Haryana )州では、州政府と 2 つの大手ライドシェア企業、ウーバー( Uber )とオラ( Ola )が提携し、数千人の失業中の若者に運転手の仕事を提供する。ウッタル・プラデーシュ( Uttar Pradesh )州では、州政府主導の産業振興策の一環で、地域の医療従事者に診断と治療の指示を顧客管理プログラムに統合したスマートフォンアプリを提供する。プログラムが進むにつれて、従事者の知識が深まり、「カウンセリングや、緊急の医療ケアを必要とする病気の新生児の特定において、より熟練した能力」を身につけたという。経済的な観点から見ると、彼らの生産性は大きく向上している。「サービス分野重視経済モデルは急速な成長をもたらさないかもしれないが、それが生み出す成長はより包括的で公平なものになる」とロドリックは記している。「これは、発展途上国においても、大規模な中産階級を築くための最も直接的な道筋となる」。

 ロドリックは社会全体の生産性を最大限に高めるという目標を掲げ、繁栄を社会全体で共有するためのレシピを提示している。彼は自身の提唱するアプローチを「生産性主義パラダイム( Productivist Paradigm )」と呼ぶ。これは、いわゆるアバンダンス運動( abundance movement )の考え方と似ている。しかし、アバンダンス運動の提唱者の多くがゾーニング規制など、成長を阻害する政府の政策の撤廃について語るのと違い、ロドリックは政府の介入に焦点を当てている。彼は、介護従事者による日常的な医療行為を妨げる規則の撤廃など、規制改革には一定の支持を表明している。しかし、彼がもっとも強調しているのは、教育、訓練、科学研究、インフラ整備、グリーンテクノロジーの開発といった、民間企業が単独では対応しきれない分野への政府の資金援助の必要性である。同時に、彼は従来からの政府の介入主義( interventionism )とは距離を置き、「テクノクラート的な解決策( technocratic solutions )よりも、協調的で実験的な解決策( collaborative, experimental solutions )」を重視するアプローチを提唱する。

 ロドリックの考え方を楽観的すぎると感じる者も少なくないだろう。たしかに、トランプが生み出しているダメージを修復するチャンスが確実に訪れ、アメリカの政治システムがその課題に確実に対処できるという前提は、あまりにも楽観的すぎるかもしれない。私と彼の対談に先立つパネルセッションで、ハーバード・ビジネス・スクールのレベッカ・ヘンダーソン( Rebecca Henderson )教授が聴衆に指摘したのは、テック企業関連の多くの超富裕層がこぞってメディア企業の買収に躍起になっていること、大企業がトランプ関連のプロジェクトに多額の寄付をしていることなどである。こうした進展を見ると、大企業に AI 投資の方向性を労働者支援重視に転換するよう説得することが容易ではないと認識せざるを得ない。決して明るい兆しとはいえない。約 190 カ国が炭素排出量の削減を誓約した京都議定書( Kyoto Protocol )のような、大規模な多国間協定( grand multilateral initiatives )の見通しが不透明であることも、新たな課題を提起している。この協定の実現が見通せない状況となっている。そこで、私がロドリックに尋ねたのは、長年提唱されてきた包括取引( grand bargain )、つまり先進国が途上国のグリーンエネルギーへの移行に資金提供して見返りとして途上国が排出枠を譲渡するという合意を、どうやって実現するのかということである。「その質問は、まさしく私が楽観視になれない点を突いている」とロドリックは答える。彼は著書の中で、フランスとブラジルが支持する、グリーンエネルギーへの移行資金を賄うために超富裕層に世界的な課税を課すことを提案している。その提案を披露し、「このような課税には欠点がない」と主張する。しかし、実現は程遠いようにしか思えない。

 ロドリックは、トランプの当選とその後の行動によって、昨年執筆を始めた頃と比べて楽観視できなくなったことを認める。当時はバイデン政権が進める産業政策が過去からの重要かつ永続的な脱却になると考えていた。それでも、彼は悲観的にはなっていない。特にグリーンエネルギー分野において、「トランプの破壊的な施策の数々は私が恐れていたほど有害ではない」と彼は述べる。トランプの強い要請で共和党が可決したいわゆる「ビッグ・ビューティフル・ビル( Big Beautiful Bill )」は、今年末に家庭用ソーラーパネル購入に対する税額控除を廃止するが、テキサス州を含む全米各地での産業規模の太陽光発電所の建設を阻止するには至っていない。「今では太陽光パネルは非常に安価になっている」とロドリックは述べる。「太陽光発電を取り巻く環境は一変した」。

 ロドリックが主張しているのだが、前章の太陽光の事例が示しているのは、適切な政策が採用されてそれが時間をかけて粛々と実行されれば、他の分野でも同様の進歩が見込めるということである。バイデン政権は矢継ぎ早に各種産業振興施策を繰り出したが、民主党は支持を伸ばせなかった。彼はその失敗は政策の本質的な性質には無いと主張する。タイミングが悪かっただけであるという。「首尾一貫した選択肢が提案されて実行されても、有権者の多くがその効果を実感し理解するには最低でも 4 年以上は必要である」と彼は書いている。彼の著書がそのような選択肢の構築に関する最終的な結論ではないことは確かである。また、彼自身もそう主張するつもりはないが、彼の主張は示唆に富んでいる。♦
以上