米国農業ルポ!オーガニック食品に関する大規模詐欺事件の顛末!主犯ランディ・コンスタントは起訴後に自殺!

12.コンスタント 養魚場を始める マネーロンダリングが目的?

 パム・コンスタントは、夫のランディ・コンスタントと同じでチリコシー高校からミズーリ大学へ進学し卒業しました。いずれは、ロースクールへ進学したいという希望を持っていました。しかし、彼女が地元の新聞記者に語ったところによると、結婚して最初の10年間は、近くに通学可能なロースクールが無いところに住んでいたので、その希望を叶えることを我慢するしかなかったとのことです。コンスタント夫妻が故郷の町に戻ってからは、パムは統一メソジスト教会でパートタイムで幼稚園児の教育に携わり始めました。その3年後には、チリコシー高校の英語教師になりました。

 ランディによると、「quixotic(空想的な)」という語を企業名に使ってはどうかという提案をしたのは、パムだったそうです。それで、キャノンシティのティラピア養魚事業をする会社は、Quixotic Farming(以下、キクサティック・ファーミング社)と名付けられました。2014年に、キクサティック・ファーミング社は、チリコシーの南端の以前はウォルマートの店舗が建っていた土地に、2つ目の養魚場をオープンさせました。キクサティックという名前は、コンスタントが取り組んでいる事業がとてつもなく冒険的であることを強調するものであると、コンスタントはかつて水産業界誌で語っていました。(なお、私はパム・コンスタントにこの件で取材を申し込みましたが、一切の回答を拒否されました。)

 コンスタントは、養魚事業では穀物の取引で得た知見を生かすことができると考えていたのでしょう。穀物の取引では、販売時点で検出するのが難しいオーガニックという品質に対してプレミアム価格が上乗せされていて、コンスタントはそこに詐欺行為の機会を見出していました。しかし、現在の米国の魚類の取引ではそうした機会はないのです。というのは、天然魚は農産物と違って生産されたものではないので、米国農務省はそれがオーガニックか否かを判断する立場になく、養殖魚にはオーガニック認証制度がないからです。そこで、コンスタントは、自分自身をオーガニック農業のパイオニアと称するようになり、自社製品を健康的でサステイナブル(持続可能)なものと位置づけようと試みました。チリコシーの養魚場でオペレーション・マネージャーを務めたスティーブ・ホワイトサイドは、地元新聞の記者の取材に応じたのですが、キクサティック・ファーミング社の魚の品質を問われて、中国の下水道のような環境で育てられた魚よりはマシだと答えました。

 ホワイトサイドが中国に言及したのには意味があります。というのも、コンスタントがキクサティック・ファーミング社を設立した目的の1つは、中国産の魚類を国内産と偽ることだったと疑われるからです。キャノンシティのキクサティック・ファーミング社の養魚場で運営管理者を務めたタイ・ディックが私に言ったのですが、コンスタントはかつて彼に、「中国の養魚場を知っているか?ティラピアが1ドル50セントで手に入るんだぞ。ここで手をかけて養殖するよりもずっと安いぞ。」と言われたことがあるそうです。ディックは、「そんなものをホールフーズに売るわけにはいかない!信用を裏切ることになるでしょう。」と抗議をしたそうです。コンスタントは、中国産を納入してもバレやしないだろうと答えたそうです。ディックによると、後にコンスタントは、オーガニック農産物で味を占めたやり方をティラピアにも適用しようとしたそうです。コンスタントは、「ティラピアの切り身を中国から仕入れて、調味料で味付けして、ブランド名を入れたら、国内産ティラピアの切り身の完成さ!」と、うそぶいていたそうです。

 実際には、コンスタントは中国産の魚を国内産と偽って販売することはありませんでした。その代わりに、彼は、ミズーリ州や他の地域の農場が生み出す何百万ドルもの収益を少なく見せるために、キクサティック・ファーミング社をフル活用しました。キクサティック社から、コンスタントの息子レーン、娘のクレア、娘モーガンの夫エリック・エリーに6万〜10万ドルの給料が支払われていました。(彼らに、この件について取材しようとしましたが、いずれも拒否されまた。)彼らが実際に現場に来て仕事をすることはありませんでした。養魚場の管理も十分にはされていませんでした。コンスタントが雇っていた者の内の1人は言っていました、「適切な管理をしていないと魚は簡単に死んでしまうんです。放っておいても勝手に草を食って生きていける牛や羊とは違うんですよ。」と。

 ディックはキャノンシティーの養魚場で働く前は、シェフやケータリングの仕事をしていました。彼は、時々、数百万ドルも投資した養魚場の運営を任されていることに不安を感じることもあったそうです。ディックが私に教えてくれたのですが、当時、彼はコンスタントに電話してばかりだったそうです。それで、「どうして養魚場を見に来てくれないんだ?管理方法とかもっと教えてくれよ!」というようなことを言っていたそうです。しかし、コンスタントは、「行けないけど、君がいれば問題ないよ。いや、おまえならできる! おまえはいい仕事をしている!そのまま続けろ!」と言うだけで、実際に来ることは無かったそうです。

 キャノンシティの養魚場で働いたことのある元囚人、ヘクター・サンチェスは、非常に手際がよく、意欲的な働き手でした。彼は、ブルックリン生まれで、過去には麻薬密売人をしていました。凶器による暴行で有罪判決を受けたことがあります。サンチェスは、2015年に仮釈放されました。その直後にコンスタントは彼をチリコシーの養魚場のマネージャーとして雇い入れました。年俸は5万ドルでした。無料で住む場所も提供されました(コンスタントが近くに持っていた建物に住まわせた)。サンチェスは私に言いました、「俺はあいつが大好きだったんだ!俺は、悪いことは一切せず、真面目に働いたよ。あんな暮らしをしたのは初めてだったんだよ!」と。

 コンスタントは、サンチェスを雇って直ぐに養魚場と関係無い仕事も手伝わせました。サンチェスは、トレントンの潰れたポップコーン工場に車を走らせました。そこには、潰れる前から置かれている穀物貯蔵庫が3つあったのです。サンチェスの仕事は、その穀物貯蔵庫からトラックに穀物を積み込むことでした。サンチェスは、コンスタントからは何の説明も受けていませんでした。サンチェスは、「私は何にも聞かされていなかったんです。」と言いました。当時のサンチェスは知る由もなかったでしょう。現時点で明らかになっているのは、コンスタントはオーガニックでない穀物をオーガニックと偽る作業を、サンチェスに手伝わせていたということです。サンチェスは、詐欺的な企てであるということは一切知らされていなかったのです。

 コンスタントは、仮釈放されたばかりの者を雇い入れ、犯罪行為を手伝わせていたわけです。非常に不誠実な行為であると言えます。サンチェスは私に言いました、「私は、コンスタントが不誠実だと非難するつもりはありません。彼は、誰かを傷つけるようなつもりは無かったんですよ。たぶん、彼はお金に目が眩んでしまったんですよ。お金に執着しすぎたんです。お金を稼いで、次はもっと稼ごう. . .となってしまったんです。たぶん、中毒みたいになってしまったんですよ。」と。