5.
Zoom で患者の家族に悲惨なニュースを伝えなければならないたびに罪悪感が私を襲いました。それに対処するための奇妙な習慣が身につきました。私は机の下で拳を握ったり握ったりしていましたが、看護師に指摘されるまでそんなことを繰り返していることに気づきませんでした。サラのビデオが戻ってくるのを待っていると、雨が窓ガラスを濡らし始めました。私の右拳が緩んだのは、彼女の顔が再び現れた時でした。
サラは目頭を押さえながら、どうしてウイルスが夫をここまで病気で苦しめるのかと聞いてきました。私は、新型コロナウイルスがエルネストの肺の構造にダメージを与えたことを説明しました。人工呼吸器が彼の両肺の回復を助けるかもしれないことも、しかし、傷ついた心臓が回復する保証はどこにもないことも説明しました。ニールが、各種検査結果とX線写真に関する質問に答えました。エルネストの腎臓は衰え始めていました。彼は言いました、「私たちが彼に施している処置がすべて効果があったとしても、残念ながらエルネストの命が助からない可能性もあります。」と。
私はサラに、エルネストのことを教えてくれるように頼みました。彼女は弱々しく微笑み、エルネストは誇り高い男だと言いました。また、決して機械に繋がれて生きたいとは思わないだろうし、家で家族と共に過ごすことを望むだろうと言っていました。彼女は後ろに貼られたたくさんの写真を指さしました。二人の結婚式の写真がありました。家族の集合写真などもありました。それらの写真から、何十年にもわたる二人の充実した生活が窺い知れました。
私は彼女に言いました、「私たちがエルネストのためにしていることすべてが、最終的に彼が家に帰る助けになることを願っています。でも万が一に備えて、プランBについても話しておかなければなりません。」と。付け加えて私が言ったのは、たとえ人工呼吸器をつけていても、肺の具合が悪くなることがあり、そうすると心臓に十分な酸素が供給されなくなるということです。それから、私は彼女に言いました、「そうなると、心臓が止まります。その時点で、何もしなければ死にます。ただし、心肺蘇生法(CPR)という処置を開始することがあります。心肺蘇生法(CPR)って知っていますか?」と。
サラは言いました、「はい、知っています。蘇生させるために胸部を圧迫する処置のことなら。」と。彼女は、救急救命に関する講座を受けたことがあったので、心肺蘇生法(CPR)に関する知識が全く無いわけではありませんでした。
私はエルネストの状態を嫌というほど説明した後、心肺蘇生法(CPR)に関する説明をしました。私は言いました、「おそらく、心肺蘇生法(CPR)を行っても、人工呼吸器をつけていても、彼の肺が生命維持のために十分な酸素を身体に供給できるようにはならないでしょう。」と。ナンシーは、メモを取りながらうなずいていました。私は、続けて言いました、「人工呼吸器、血圧調整剤、抗生物質の投与は続けられますが、もしそれらの治療の効果が無ければ、彼の心臓は止まってしまうかもしれません。その場合には、心肺蘇生法(CPR)を行っても、心臓が止まってしまった原因に対処できるわけではありません。当然、家に帰ることもできません。その時点で、私たちができるのは、彼の苦痛を緩和するための薬を投与することだけです。心肺蘇生法(CPR)をするつもりはありません。」と。
ナンシーは言いました、「どうして彼を救おうとしないのですか?彼は根っからのファイターです。闘うことを止めないはずです。」と。
ニールが言いました、「私たちは彼を救うために最善の努力をしています。」と。私は言い添えました。エルネストの生きる意志とは裏腹に、彼の身体は限界に近づいていることを。
私はナンシーは言いました、「私たちが決めることではないのですね?」と。
その質問にどう答えるかについては、医学界でも議論の有るところで、定まった答えがあるわけではありません。これは、私がナンシーと十分に話し合って決めるべきことです。以前の私なら、ナンシーの質問を医師に対する不信感として受け止めたでしょう。しかし、その時の私は大変興味深いことで含蓄があることとして受け止めました。彼女が心肺蘇生法(CPR)に何を期待しているのかということをもっと深く知る機会だと感じたのです。私が彼女に尋ねた時、彼女は決断を下す権利を主張しませんでした。その代わりに彼女が口にしたのは、父親を失う準備が未だできていないこと、心肺蘇生法(CPR)の話を聞くことで父親の病状が末期的であることを認識せずにはいられなかったということです。
サラはナンシーを見ながら言いました、「あなたの言うとおりなのかしら。彼は心肺蘇生法(CPR)を望まないような気がするわね。」と。ナンシーは、頷いていました。
私は言いました、「とても深い痛みを伴う問題ですが、私たちはこのことについて十分に話し合わねければならないのです。」と。私は、DNR指示がアーネストに必要な他の治療を施すことを何ら制限するものではないことを強調して説明しました。その数日後、私はナンシーに電話して様子を聞きました。彼女は、心肺蘇生法(CPR)を施しても全く役に立たない状況であることをまったく認識していなかったと言っていました。彼女は言いました、「たいていの人は、心肺蘇生法(CPR)をすることで心停止している人も蘇ると勘違いしているのではないでしょうか。でも、あなたが丁寧に説明してくれたことで、私は心肺蘇生法(CPR)を正しく理解できました。おかげで、心肺蘇生法(CPR)をするという決断をすることへの罪悪感から私たちは救われました。」と。
それから1週間後にアーネストの腎臓は機能しなくなりました。彼の血中酸素濃度は下がり、目から生気が無くなりつつありました。Zoomで、ニールと私がエルネストの死期が近づいていると告げると、サラは涙を流しました。その日、彼女はナンシーと一緒にアーネストの病室まで来ました。彼が息を引き取った時、ICUは静かで、安らかでした。♦
以上