英首相ボリス・ジョンソンンの後任選びは、リザ・トレスが優勢!その手腕はいかに?たぶん、ダメじゃね!

Letter from the U.K.

The Inadequate Answers of Liz Truss, Britain’s Likely Next Prime Minister
英国の次期首相はリズ・トラス?党首選は優勢だが手腕は未知数!

Boris Johnson’s probable successor is offering little comfort as a recession looms.
ボリス・ジョンソンの後継者と目される人物は、景気後退に対する適切な対処をできなさそうです。

By Sam Knight  August 17, 2022

 イギリスでは、晴れた日が何週間も続き、その間雨は降らず、焼け付くような夏が続いています。7月のイングランド南部の降水量は、1836年に記録を取り始めて以降で最少で、たったの10ミリ強でした。8月12日には8つの地域で干ばつ状態であるとの宣言が出され、洗車が禁じられました。イギリスのどこもかしこも暑さに襲われており、それが恐ろしいほど持続しています。それはこの国がこれまで将来発生するであろうリスクときちんと向き合ってこなかったことが原因なのかもしれません。英国経済も破綻しかけています。イングランド銀行は、10月にはインフレ率が13%に達すると予測しています。それは、1980年代前半以来の高い数値です。景気後退に陥る可能性もあります。誰も信じられないようなスピードで、燃料価格や電気代が上昇しています。夜は非常に暑く、子供たちは眠れないような状況です。

 ボリス・ジョンソン首相は、任期があと数週間ほど残っているのですが、結婚パーティーを開いたり、スロベニアやギリシャで休暇を過ごしたりしていて、既に隠居モードに入っています。7月の閣僚等の大量の辞任が彼の失脚につながったわけですが、それは、政府がほとんど機能していないことを意味しています。さまざまな危機にどう対処するかという方針を定めたり、その方針を実行に移すという権限を担おうとしている者はどこにもいないようです。現在は、だらだらと保守党の党首選びが続けられています。約15万人の保守党員、つまりイギリスの全有権者の0.32%が、次期首相を選ぼうとしている最中です。その勝者は9月5日に決まります。ボリス・ジョンソン首相の後任が決まって、山積している問題に対処してもらわなければならないのですが、はたして誰が選ばれるのでしょうか。

 そうしている間にも、英国ではさまざまな不具合が発生しています。6月以降、ロンドン地下鉄と全国の鉄道網は、全国鉄道・海運・運輸労組(略称RMT:National Union of Rail,Maritime, and Transport Workers)が主導する計画的なストライキによって混乱しています。RMTは、インフレ率を下回る賃金提示を拒否しています。拒否しているのは、RMTだけではありません。賃金上昇率と物価上昇率の差は、20年余り前に比較可能な記録が付けられ始めて以降で最大となっています。先週、エセックス州のアマゾンの倉庫の食堂で、約800人の労働者が1時間あたり35ペンス(3%)の賃上げに抗議して座り込み抗議(sit-in)をしました。GMBユニオン(6万人以上の会員を擁する英国の合同労働組合)によると、抗議行動は少なくとも他の5つの倉庫でも行われており、1時間に1個の小包を摘むようなスローペースで働く従業員もいるそうです。いわゆる”UK cost of living crisis(英国の生活費危機:英国の多くの必需品の価格が家計所得よりも急速に上昇し始め、実質所得が減少した2021年から始まる期間)”という語がイギリスではしきりに話題になっているわけですが、どこの国でも同じような状況ではないでしょうか。イギリスでは、昨年以降で牛乳は20%、ガソリンは40%値上がりしています。最近、フードバンクに関する調査が行われたのですが、その80%近くが食料の調達が十分にできていないことが判明しました。「袋に入ったパン粉とひよこ豆の缶だけを配らなければならない時には、とても心が痛みます。これ以上、物価が上昇すると運営を続けられなくなる可能性もあります。」と、西ロンドンにある慈善団体ダッズハウス(Dads House)の責任者のウィリアム・マクグラナガンは今週初めにインディペンデント紙に語っていました。

 今月末には、葬儀業者、廃棄物処理業者、郵便事業者、港湾労働者等のストライキが予定されています。1916年に設立された王立看護大学(Royal College of Nursing)の組合員は、ストライキに突入するか否かの投票を実施中です。もし、看護師がストライキに突入するとなると、イングランド、スコットランド、ウェールズでは歴史上初めてのこととなります。先日、国民医療保健サービス(National Health Service)は、パンデミック時の奮闘が評価され、女王陛下から民間人としては最高の名誉であるジョージ十字勲章(George Cross)を授与されました。しかし、すでに人手が充足しておらず、手一杯の状態です。現在、650万人以上(これは保守党員数の約50倍に相当します)が病院の治療待ちリストに載っています。それは、パンデミック前の水準と比べると50%も増加しています。もし、看護師がストライキを実施するような事態になったら、どうなってしまうのでしょうか。想像もできません。

 英国のインフレ圧力の概ね半分はエネルギー価格の上昇によるものです。それはほとんどウクライナ戦争の影響によるものです。2019年以降、イギリスではエネルギー規制当局がエネルギーの価格上限を決めています。それは、3カ月ごとに更新されます。あからさまな暴利から消費者を守るための措置です。しかし、上限は一方向に動くだけです。昨年の冬は、平均的な家庭で年間1,277ポンドの負担となるように設定されました。今月初めに市場予想が明らかにされたのですが、2023年の春までに上限は4,266ポンドとなり、ほぼ4倍になる可能性があるとのことでした。IMF(国際通貨基金)によれば、イギリスの最貧困層20%の家計は、まもなく、エストニア以外のヨーロッパのどの国の家庭よりも高い割合(約15%)をエネルギーに支出するようになるそうです。金融ジャーナリストで消費者保護団体を運営しているマーティン・ルイス(Martin Lewis)は先週BBCに語っていました、「これは、非常に大きな危機です。看護士がストライキに突入したら大変なことになりますが、エネルギー価格が高騰しているのに何の対策も為されていないのも大問題です。」と。価格比較サイトのUswitchによれば、既にイギリスの4分の1の家計が、次の値上げが実施される前であるにもかかわらず、電力会社に200ポンド以上の支払い義務があるそうです。金融危機の時に首相をしていた労働党のゴードン・ブラウン(Gordon Brown)は、政府がエネルギー価格をコントロールするよう要求しています。現労働党党首のキア・スターマー(Keir Starmer)は、政府が費用を補填し、少なくとも6ヶ月はエネルギー価格を据え置くことを提案しています。補填額は約290億ポンドほどになると予測されています。

 しかし、英国の次期首相になることがほぼ確実視されている人物は、価格のコントロールも補填もしないと明言しています。世論調査では、リズ・トラス(Liz Truss)外相が、22ポイントの差をつけてリシ・スナク(Rishi Sunak)前財務相をリードしています。スナクは、財務相を辞任することでジョンソン首相退陣のきっかけを作った人物です。47歳のトラスは8年間閣僚を務め、その間、毎日、何らかのメッセージを発信し続けてきました。彼女はブレグジット(Brexit)に反対するキャンペーンを行ったこともあります。しかし、後にブレグジットを熱烈に支持するようになりました。外相をしていた際に、トラスはマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)の真似をしていました。自分が戦車に乗っている写真を報道陣に撮らせるように仕向けてそれを発信させました。ロシアに対しても怯まない強い女性のイメージを世界に発信したかったのだと推測されます。トラスは、自由貿易、減税、中国式の数学の教え方などが好きなようです。ちなみに、彼女の父親は数学の教授でした。2012年に彼女は共著で「Britannia Unchained」(未邦訳)という本を出しています。それには、イギリスの労働者は「世界最悪の怠け者」であると記されています。また、イギリスは肥大化した政府と過剰な規制によって活力がそがれていると記されています。トラスは、彼女が”保守的経済学 “(Conservative economics)と呼んでいるものを信奉しているようです。

 ジョンソン首相の後継者争いで、トラスは自らを改革派と位置づけています。「過去20年のイギリスの経済政策は成長をもたらさなかった。」と彼女は言います。その20年間の内の12年間は、彼女が所属している保守党が政権を担ってきたことを考えると、これは大胆な発言だと言えます。トラスは、高インフレ率やエネルギー料金の高騰に対処するため、減税、規制の緩和、気候変動税の停止が必要だと主張しています。気象変動税を停止しなければ、ほとんどの家庭で150ポンド以上の支出増となりますし、インフレ率をさらに悪化させます。トラスは、討論会等では事前質問を受け付けません。彼女は、有権者が関心を持っていることについて話すことはあまりありません。それよりも、難民をサハラ以南のアフリカに追い返すというイギリスの不道徳な取り組みへの支持について語ることが好きなようです。そうして、自分は実務的で信頼できる人物であるとアピールしたいようです。彼女は、ダーリントンで先週開かれた党員集会で言っていました、「私は、率直なヨークシャーの女性として、女性が女性であることの意味を知っています。」と。その数日後、彼女は「反ユダヤ主義(antisemitism)に走る公務員文化」に対処するための計画を発表しました。

 スナクは、現在の状況を苦々しく思っているのではないでしょうか。彼は、ちょっと前まで保守党の国会議員の中で最大の支持を得ていました。また、政府の新型コロナ景気対策を主導していたという実績もあります。2021年末の時点で、スナックの支持率は、ジョンソン首相やニコラ・スタージョン(Nicola Sturgeon:スコットランド国民党党首)を上回っていて、イギリスで最も人気のある政治家でした。ノミ屋の予想でも、次期首相の一番手とされていました。彼は、この冬のエネルギー価格高騰対策もきちんと考えています。彼は、自らが今年の春に財務相として開始した助成金プログラムを延長し、貧しい家庭への給付を続けると主張していました。先週、スナクは言っていました、「もし、そうしなければ、何百万人もの人々が苦しむでしょう。それをしなければ、保守党は選挙で惨敗します。イギリス国民は、保守党がそれをしないことをを許さないでしょう。」と。スナクは、かつてゴールドマン・サックスに勤めていました。彼は、異常なほど活動的な人物です。どの郊外のショッピングモールに行っても、つま先立ちで跳ぶようjに歩きながら、その場にいることを楽しんでいるように見えます。彼は、財務相をしていた時に人気絶頂でしたが、パーカーを着て、夜遅くまで公文書を読み込んでいました。しかし、少なくとも保守党の支持者層の間での支持は思ったほど広がっていません。やはり、ジョンソン首相を追い落としたことで不誠実に見えてしまうのかもしれません。そのことと彼自身の極端な都会的傾向は、保守党の党首候補として致命的なように思えます。ちなみに、スナクの義父はインドのIT系企業の創設者で大富豪のナラヤナ・マーシー(Narayana Murthy)です。ここ数日の間に、スナクを支持していた3人の保守党議員が、トラスが選挙戦で圧倒的に優勢になったと主張して、トラシ陣営に公然と寝返りました。

 トラスは、首相になったら、おそらく安定した政権を築こうとするでしょう。何かに固執したりせず、柔軟に対応していくと思われます。彼女は、ダーリントンの党員集会で言いました、「私は、人々が望むものを提供します。」と。ガーディアン紙のコラム欄にギャビー・ヒンスリフ(Gaby Hinsliff)がトラスについて記していました。トラスと働いたことのある元スタッフの言葉を引用していました。トラスは、数学的な思考が得意で、なおかつ、種々の問題に対処する際には柔軟なアプローチをとることができるそうです。「彼女は逆張り相場師のようでした。9割の人が『このやり方がいい』と言ったからといっても、彼女はそれを受け入れる気はなかった。」と、側近の1人がヒンズリフに語ったそうです。これまでのところ、トラスは保守党の党員からの支持は高いようです。保守党の党員は、年齢層は比較的高く、どちらかというと裕福で、男性もそれなりに多いようです。しかし、裕福な人たちでさえも、今後もインフレが続き景気後退が始まるかもしれないという恐怖をひしひしと感じているはずです。保守党の党員を対象にした世論調査では、労働党が提案している冬場のエネルギー価格を凍結するという案を支持する割合は85%でした。9月の党首選に勝利した場合、トラスは就任初日に減税を行い、その後、不況の影響を最小限に抑えるための補正予算を組むと公約しています。イギリスの有力紙がストが頻発している今年の夏の世情を「不満の夏」(Summer of Discontent)と名付けました。保守党の党首選の結果が判明する頃までに、さらに状況は悪くなり、全く別の様相を呈しているかもしれません。不安が募るばかりです。ストライキは続くでしょう。トラスは数字に強いようですが、その頃の経済指標はどうなっているんでしょうか。♦

以上