Donald Trump Can’t Dodge the Costly K-Shaped Economy
ドナルド・トランプはコストのかかるK字型経済から逃れられない
After insisting for months that his tariffs weren’t raising prices, the President has virtually admitted the opposite by moving to scrap the duties on beef, coffee, and other foodstuffs.
大統領は、関税は物価上昇につながっていないと何カ月も主張してきたが、牛肉、コーヒー、その他の食料品への関税撤廃に動いたことで、事実上その逆を認めたことになる。
By John Cassidy November 17, 2025
年末商戦に突入しアメリカではどこもかしこも慌ただしくなっているが、ドナルド・トランプは依然としてアメリカ経済は万事好調だと主張し続けている。先週初めには、「アメリカ経済は驚くほど好調である。史上最高の状況にある」と、フォックス・ニュース( Fox News )のローラ・イングラム( Laura Ingraham )記者に語っている。イングラムが指摘したのは、直近で行われたニュージャージー州、ニューヨーク州、バージニア州の選挙で住宅価格高騰が大きな争点となったことである。それに関する有権者の懸念が高まっているという。トランプはそれを「民主党のペテン( a con job by the Democrats )」であると一蹴した。彼はこの週末も過ごした別荘マール・アー・ラーゴ( Mar-a-Lago )へ向かったが、その際にもソーシャルメディアで「ペテン( con job )」という言葉を繰り返した。しかし、大きな進展があった。彼が、輸入牛肉、コーヒー、バナナへの関税を撤廃する大統領令( executive order )に署名したのである。これらの食品は、今年初めに包括関税が課されて以来、価格が急騰している。この変更は、他の数十種類の食料品にも適用される見通しである。
トランプは大声で騒ぎ立てる一方で、自身が政治的な危機に陥っていることを明確に理解している。最近のいくつもの世論調査でそれは明らかである。ユーガブ( YouGov )とエコノミスト( The Economist )誌による最新世論調査では、「インフレ/物価( inflation/prices )」が依然として有権者の最大の懸念事項である。「雇用と経済( inflation/prices )」がそれに続いている。この調査では、アメリカ経済が「非常に良い( excellent )」状態にあると考える回答者はわずか 3% である。40% が「悪い( poor )」と考えている(ちなみに、22% は「良い( good )」、32% は「まずまず( fair )」と回答している)。食品関税に関する方針転換以前から、トランプは住宅価格高騰対策案を発表すべく奔走していた。50 年住宅ローンの創設、連邦政府の資金を個人の医療貯蓄口座( personal health savings accounts )に直接入金すること、彼が課した包括関税で得た資金を使った 2,000 ドルの関税配当( tariff dividend )の支給などを検討しているという。
彼の苦境は、関税の影響だけが原因ではない。アメリカ経済は非常に多くの問題を抱えている。いずれも構造的な問題である。過去 5 年ほど、物価上昇が賃金上昇の恩恵の大部分を打ち消している。特に低・中所得層は(その多くが大統領選でトランプに投票したわけだが)、生活が苦しくなっている。同時に、株価の高騰と不動産価格の上昇で 50 兆ドル以上の新たな富が生み出された。そのほとんどはアメリカの上位 10% の家計(アメリカの富の70% を所有している)に蓄積された。特に上位 1% の富裕層への富の集中は凄まじいものがある。この限られた階層では、経済的な負担は全く問題にならない。彼らが懸念することと言えば、ファーストクラス、もしくはプライベートジェットに座席を確保し、超高級ホテル( upscale hotels )を予約できるか否かということぐらいである。実際、超高級ホテルはどこも繁盛している。 「富裕層と超富裕層には感謝しかない。おかげで私たちのビジネスは大繁盛である」と、インターノヴァ・トラベル・グループ( Internova Travel Group )の執行副社長、アルバート・ヘレラ( Albert Herrera )はウォール・ストリート・ジャーナル( the Wall Street Journal )に語る。
この分断( disjunction )はトランプ以前から存在している。これを「 K 字型経済( K-shaped economy )」と呼ぶエコノミストが多くなっている。トランプの政策はウォール街の AI バブルと相まって、分断をさらに深めた。直近では多くの企業の決算報告( earnings call )が続いているが、チポトレ( Chipotle )、コカコーラ( Coca-Cola )、マクドナルド( McDonald )などの企業が、低所得者層の顧客の一部が支出を削減していると発表している。対照的であるが、デルタ航空( Delta Air Lines )は、プレミアムキャビンが非常に混雑していると発表する。近い将来には、エコノミーキャビンの方がはるかに座席数が多いのだが、プレミアムキャビンの収益がそれを上回るという。先週、ウォール・ストリート・ジャーナルにオックスフォード・エコノミクス( Oxford Economics:米コンサルタント企業)のエコノミストのバーナード・ヤロス( Bernard Yaros )のコラムが掲載された。それによると、今年の消費者支出の伸びのほぼ 4 分の 3 は、エコノミストが資産効果( wealth effect )と呼ぶものによるという。しかしながら、誰しも純資産が増大しても、増えた富のほんの一部しか消費しない。
トランプは 2 期目を目指して大統領選を戦っていた頃、民主党を激しく非難していた。歳出削減と労働者世帯への支援に取り組んでいないと指摘していた。さて、今や彼は 2 期目の大統領を務めているわけだが、彼自身も共和党と同様に、K 字型経済を脱する有効な手立てを打てていない。牛肉などの一部の食料品への関税を撤回したが、彼が導入した関税のほとんどは依然として有効である。何百万人ものアメリカ人が年末を迎えるに当たって、医療保険料の高騰にあえいでいる。ここのところ彼が打ち出した政策は、いずれも医療費負担増という問題に対処するには不十分である。彼の医療保険改革案は事態をさらに悪化させる可能性すらある。
トランプが 50 年住宅ローンの構想を思いついたのは、 MAGA の忠実な支持者である連邦住宅金融局長官ビル・パルト( Bill Pulte )の影響が大きい。パルトは、住宅購入者の月々の支払いを少なくする方法としてこの構想を売り込んだと伝えられている。しかし、パルトはいくつかの重要な事実を伝えなかったようである。住宅ローンの借主は、元金が大幅に減る前にローンの利息の大半を返済する形になるため、50 年住宅ローンを組んだ者がまとまった資産を築くには数十年かかる可能性がある。また、ローンの期間が長いため、短期ローンよりも金利が高くなってしまう。UBS 証券のアナリストによれば、トランプの 50 年住宅ローン構想では、42 万ドルの住宅ローンを抱える典型的な借り手は月々の返済額を 119 ドルを節約できる。しかし、支払期間が 20 年長くなる為、最終的には金利を 2 倍支払う計算になる。
しかし、この案には批判も多く、反発が多かった。そのため、この件に関するトランプの熱意は萎えたように見える。ポリティコ( Politico:政治に特化した米のニュースメディア)が報じたのだが、トランプの側近の何人かがプルテに激怒しているという。大統領に「ごまかし( a bill of goods )」を売りつけたとしている。プルテも態度を軟化させ、トランプ政権は別の選択肢を検討していると述べた。それは「ポータブルモーゲージ( portable mortgages )である。これは、住宅所有者が既存の物件のローンを別の物件に移管できるようにするものである。この選択肢は、金利の高い新たな住宅ローンを組まなければならないという理由で多くの人が転居をためらっている現状を打破するものである。しかし、プルテはローンの移管がどのように行われるのか、あるいは銀行がそれに同意するかどうかについて、詳細を明らかにしていない。
トランプは家計への直接給付を最初の大統領任期中に 2 度実施した。新型コロナのパンデミックの影響を緩和するためだった。彼は再び直接給付を検討している。関税配当という形で復活させようとしている。しかしながら、それは非常に問題が多い。そもそも、関税だけで全ての家計に 2,000 ドルの小切手を送るための費用を賄うのに十分な歳入は得られない。連邦予算委員会( Committee for a Responsible Federal Budget )は、この提案には 6,000 億ドルの費用がかかると見積もっている。しかし、これまでのところ、トランプの関税措置は約 1,000 億ドルしか生み出していない。不足額を考えると、直接給付は追加の借入によって賄わざるを得なくなる。おそらくこれが、スコット・ベッセント( Scott Bessent )財務長官が、この案にあまり乗り気ではない理由であろう。ベッセントは、かねてよりトランプの政策が最終的に膨大な財政赤字を削減すると主張している。ちなみに、先週、ベッセントは「選択肢はたくさんある」と言及した。
医療費の高騰は過去のどの大統領にとっても頭痛の種であった。トランプ政権は、この問題をさらに悪化させた。バイデン政権が新型コロナパンデミック中にオバマケア補助金を拡充したが、それを今年末で段階的に廃止する「ワン・ビッグ・ビューティフル・ビル法( the One Big Beautiful Bill Act )」にトランプは署名した。これによって、医療保険取引所を通じて保険に加入している者の 10 人中 9 人が拡充された補助金の恩恵を受けているのだが、そのうちの多くが保険料の大幅な値上げに直面している。政府機関閉鎖中、民主党は共和党に拡充した補助金の復活を要求した。トランプ大統領は政府機関閉鎖の責任を民主党に転嫁することを目的として、共和党上院議員ビル・キャシディ( Bill Cassidy )が提唱する代替案を支持した。キャシディの案は、個人の医療貯蓄口座( health savings accounts )に直接お金を預け、個々人がそのお金を使って保険を購入するというものである。
医療保険の専門家の多くは、この提案は見当違いで危険だと厳しく批判する。もし個人の医療貯蓄口座に直接お金を預ける形になり、個々人が好きな保険プランを購入できるとしたら、オバマケアの保険取引所で提供されるプランを選ぶ者は激減する。若い健康な者の多くは、既往症をカバーせず、重病の場合の支払額にも上限がある、より安価な「ジャンク( junk )」プランを選ぶ可能性が高いだろう。これでは、ジャンク保険の加入者が重病になった場合に苦境に陥るのが目に見えている。そのことはオバマケアの保険に今後も依存するすべての人々にも悪影響を及ぼすだろう。なぜなら、アメリカでは高齢化が進行しており、高齢者が増え、平均的に病状も悪化するからである。保険会社の「リスクプール( riskpool:複数の主体がリスクを共同で管理することで、個々の主体が負うリスクを分散し、損失を軽減する仕組み)」が悪化するので、保険料はさらに上昇するしかない。一部の専門家は、これが制度崩壊と無保険率の急上昇につながる可能性さえあると指摘する。
トランプの数々の提案には瑕疵が多いわけだが、悩ましいのは、そのことによって彼がそれらを実行に移すのを躊躇することが無いことである。というのは、彼は他に提案できる選択肢を持っていないからである。輸入牛肉への関税を撤廃する前に、彼は食肉加工会社を標的にした。司法省に食肉加工会社の調査を命じ、アメリカの消費者を犠牲にして犯罪的に暴利を上げているか否かを調べさせた。この動きで思い出すのは、2022 年 1 月にインフレがピークを迎えた頃のジョー・バイデンの行動である。バイデンは、農務省( the Department of Agriculture )に食肉業界における競争を促進するよう命じた。この取り組みは大きな変化にはつながらなかったわけだが、同様に今回のトランプの行動もそれほど成功するとは思えない。長年の干ばつと飼料価格の高騰を受け、アメリカ国内の畜産農家は飼育頭数を減らしており、需要が供給を上回っている。アルゼンチンからの安価な輸入品を入れれば価格にいくらか下押し圧力がかかるかもしれない。しかし、それでは MAGA 支持基盤の一部であるアメリカの畜産農家のトランプ支持が弱まってしまいかねない。
つまり、トランプは完全に行き詰まっていると言える。ガソリン価格の低下と感謝祭のディナーの安さを大々的に宣伝しているが、その主張はいささか誇張的であると言わざるを得ない。全米自動車協会( AAA )によると、全米のガソリン 1 ガロンの平均価格は、1 年前の 3.10 ドルが 3.08 ドルと僅かに下がっただけである。直近でウォルマート( Walmart )が 2025 年の感謝祭用料理の価格を 40 ドルにすると発表している。2024 年の 55 ドルより安くなっている。しかし、FactCheck.org (米の非営利・無党派の政治専門ファクトチェック・ウェブサイト)は、「食材の使用品目数が減り、使われているブランドも異なる」と指摘する。同一条件で比較すると、コスト低下率は約 6.5% で、トランプの主張する 25% とはかけ離れている。また、ウォルマートの感謝祭の料理には、価格が高騰している牛肉などは含まれていない。消費者物価指数( the Consumer Price Index )によると、食料品の価格は 9 月時点で前年比 2.7% 上昇している。
歴史的に見れば、これは特に高いインフレ率ではない。しかし、近年の物価高騰に未だに苦しんでいるアメリカの有権者が本当に望んでいるのは、物価上昇率の低下ではなく、下落である。ジョー・バイデン( Joe Biden )とカマラ・ハリス( Kamala Harris )は大統領選時にこのことを痛感させられた。9 月の総合インフレ率は前年の 2.4% から 3% に上昇している。アメリカの有権者にとっては残念なことであるが、物価は低下していないし、上昇率の低下さえしていないのである。
アメリカ経済はたくさんの困難に直面しているわけだが、トランプは間違いなく、アメリカ経済は史上最高の状況にあるという主張を続けるだろう。しかし、一部食品の関税に関して方針を転換したことは、彼の施策に対する信頼性が失われたことを示唆している。本人も内心ではそれを自覚しているのではないか。いや、自覚していないはずがない。ユーガブ( YouGov )とエコノミスト( The Economist )誌は、先述のものとは別の世論調査も実施している。トランプが就任した数日後の 1 月 26 日時点の「インフレ/物価( inflation/prices )」問題に関する支持率は約 5 %だった。現在、非支持率が約 33% である。いつの時代も物価問題は、現職大統領にとって痛いところになりがちである。無能な現職大統領にとっては、なおさらである。♦
以上
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